3-2

 梶田と別れて駅へ向かう途中だった。何を考えるわけでもなくボーッと歩いていると、遠くのビルの上に人影が見えた。


 最初は単に珍しいと思った。今時、屋上を開放しているビルなんてあるんだなって。でもその考えが楽観らっかん的すぎるとすぐに気づく。流れ作業のように、人影がフェンスをよじ登って落ちていったのだ。


「はぁ?」


 足を止めて気の抜けた声を出してしまった。

 今、僕は何を見た?


 何かの見間違えだろう。飛び降りたといってもいさぎよすぎる。


 頭の中で色々な憶測おくそくが飛び交うが、それだけ僕は気になって仕方がないということなのだろう。つまりは、僕はあの人影が落ちた場所に向かうための、理由を探しているのだ。自分を理解させるための。

 

 そして、見つけたのはよりにもよってアズサのことだった。彼女もそういえば飛び降り自殺だった。そして、今僕は彼女の死の理由を探している。あの人影が落ちた場所に向かえば、何か気づくことがあるのかもしれない。


 そんなわけはないのに、駅への道を外れてビルの方へと向かっている。僕はアズサの死を、好奇心を満たすためのダシに使ってしまった。キリキリと胸を締め付ける罪悪ざいあくかんは、僕の足を止めるに足らない。


 人影が見えたビルはそこまで大きなものじゃなかった。ここら辺の建物全体は大体同じくらいの大きさだ。駅近なこともあり、大体がぼつせいなオフィスビルなのだ。


 しかし、かつては賑わっていたであろう場所も既に衰退すいたいの時期。中には、はいきょになったまま取り壊されることもなく存在し続けるビルもある。僕がたどり着いたビルもそのたぐいのものだった。


 人が落ちたのは、裏側だ。僕の目の前には中の使われてない感を見せつけるようなガラス張りの入り口が不自然に開いたままになっている。中に入るためにきたわけじゃない。今は、あの人影を追って裏側に回る。


 裏側はどうやら駐車場になっているようだ。僕はそこに人の死体があるのか、ないのか。ハラハラしながら進む。角を曲がると、その回答が見えるだろう。


「あっ……」


「えっ?」


 そこにいたのは、不味いものを見られたような微妙な表情の少女だった。見た目は高校生くらい。しかし、服装はかなり派手で、髪も金色に染めている。


 迷彩柄の大きすぎるパーカーはチャックが中央辺りで止まっていて、中のピンクを基調としたシャツの派手なロゴがしっかりと見える。下に履いているであろうものは、かなり短く、大きめのパーカ―のせいであってもなくてもな存在と化している。素足をさらして、これまた派手な色のスニーカーを履いていた。


 僕は、こういった女性が苦手だ。色合いというか、なんというか。どことなく攻撃的な印象を覚える。


「……どうしたの? こんなところで」


 それは、僕が言いたいセリフなのに、少女は不敵に笑いながらそう言ってきた。……やっぱり苦手かもしれない。


「いや、なんとなく……。ゴメン、人がいるとは思わなくて……」


 期待していたモノはない。飛び降りた人のことが気になるが、単なる見間違いだったのかもしれない。でも、こんなところに一人で少女はいた。あの影と関係があるかもしれないが、関わりたいという思いは失せている。好奇心も微妙に満たされたところで、僕はその場を離れることにした。


 少女は、特にその行為を咎めることもなく、見送ってくれた。数日前合った自称霊感持ちの少女の様に、気が滅入めいる様な絡みをされなくて少しホッとする。


 一瞬緊張状態になったが、このくらいなら大丈夫だろう。もし、耐えられそうになければ、このもらった酒で流せばいい。僕は酒にはめっぽう弱い。飲んですぐにトロンとなり、さらに飲めば眠たくてしょうがなくなる。大体、お酒は寝るための道具として使っていることが多い。


 そんなこんなで、来た道を戻る。頭の中で渦巻くのは、あの時みた光景の正体についてだ。飛び降りた影と少女とが何かしらの関係を持っているのか。


 見た感じ、あの屋上から飛び降りればそのまま落下だ。そして、もし落ちたのがあの少女だったら。彼女は幽霊だったり。


 待てよ。それならこうも考えられる。もともと、飛び降りた人影も幽霊のイタズラで、僕を誘うための罠だった。もし、あのままあの場所に居続けたら、取りかれてあの人影と同じ目に……。


 いい感じの怪談が完成してしまった。馬鹿馬鹿しいなと、少しだけ笑っていたら駅に着いた。早いものだ。


 そしてまた、切符の高さで憂鬱な気分になるのだった。

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