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 蛇とは常に利用される存在だった。時にはあがめられ、時には鞄や財布の素材として使われ、食べられもして、だっした後の抜け殻さえもおまじないのしょくばいにされる。


 僕はこの呪いとの生活を続ける中で、ある考えを浮かべるようになった。それは、これもまた、何かしらの利用ができるのではないのだろうかということだ。


 または、逆に僕が利用されているのではないか。そのねんはこの息苦しい生活の中ではささやかな希望でもあった。


 だからと言ってそれは、希望でしかない。僕はただ苦しめられるだけでこの呪いには進展がない。つまりは慣れれば特になんともないのだ。僕の生活の中心には呪いがあり、それ故に僕は異常になれる。


 もし、呪いを消せることになったとき、僕はすぐに回答を出すことができるのだろうか。今言われたら出せない。僕を僕にしているのものは呪いなのだ。呪いがなくなれば僕はまた一から人生をスタートさせなければいけない。


 だから、妄想してしまうんだろう。呪いを利用し、共存していく世界を。死ぬことは救いじゃない。生きる未来にこそ希望きぼうがある。


 時間的に乗った電車は混雑していて、座ることもできないまま僕は音楽と妄想を混ぜ合わせていく。


 隣で駄々だだをこねながらも、立つことを強制されている子供にどうじょうしながら、自分をなげいている。


 もし、ここの電車に乗っている全員が、何かしらの呪いを持っていたらどうだろう。僕は蛇、あの子はきつね。今トイレに入っていったスーツの男性は人間ヒト


 様々な呪いがあって、それぞれに異常がある。異常は異常じゃなくなり、僕がここにいることに申し訳なさを覚えなくなる。


 弱い人間だということは百も承知だ。


 窓から、絶妙な角度で西日が入り、僕の妄想は消え去られていく。なにもかも、一緒に消え去ってくれればいいのに。


 ふと、真っ白になった脳裏に浮かんだのはせいちゅうのことだった。寄生虫は、多くの人々が体内に宿やどしている異常だ。中には性格や行動を歪ませるものもいるだとか。逆に、体内環境を整えてくれたり、アレルギー反応をおさえてくれたりもしたり。


 利用し、利用される関係がそこにはある。稀に利害が一致せず異常反応を引き起こすものもある。


 僕をおびやかすこの呪いは後者なのだろうか。お互いに利用することなく、ただおかしていくだけなのか。


 溜息ためいきと同時に、スーツの男性がトイレから出てきて、アナウンスで最寄り駅に到着することが知らされる。

 こういう、邪魔が存在するときに限って最も安心できる妄想に浸れる気がする。そして、邪魔された後一気に現実に戻され、茫然ぼうぜんと脳内を白に染めてしまう。


 スーツの男が席に戻るために自動ドアをくぐっていく。そのとき、ふいに見えた。隣車両の席に座っている、あの廃墟ビルの裏で見た派手な少女の姿が。


 目と目があった一瞬、僕はどんな妄想よりも深い、妙な安心感を抱いてしまっていた。




「飲めるかな……」


 梶田からもらった一升瓶は、まぁ当然ながら僕が普段飲んでいるようなチューハイやビールとは比べものにならない。日本酒ってどうやって飲むものなんだ? イメージとしては、ロックだったりお湯割りだったり。でも、ロックは無理だ。一口飲んでダウンだろう。


 かなり度数が高い。どれくらい飲めばいい? 寝る前の一杯って感じで飲んでいいものなのか?


 二十歳になりたてで、その手の知識を持った友人なんていない僕にとって、この酒は未知への挑戦そのものだ。


 挑戦には準備とゆうが必要だ。今の僕にはその両方を持ち合わせていない。


「でも……今日は眠れそうにないんだよなぁ」


 そう、今日一日でいろんなことがあった。梶田との会話で嫌な過去を思い出し、アズサの死を出しに好奇心を満たした罪悪感、あの少女は一体何だったかの謎。


 色んなものがグルグルと頭の中で周り、一を忘れようとすると他が主張してくる。一度リセットするか、酒の力を借りるかしないと難しい。


 一番の選択肢は、安い酒を今から買いに行くことだ。


 なんて、あれやこれやと考えるわけだけど、結局はもう外に出たくないし、酒も飲む気になれないし。まぁ、いつも通り眠れない夜を過ごすのだろう。というか、まだ午後六時だ。酒を飲む時間でもないし、意外と寝るときになれば眠れるだろう。


 そういえば、昨日図書館で借りた本があった。アズサが読んでいてた僕の知らない本。アズサは僕にその本について語ってくれた。でも、彼女は語ることに関しては他の小学生と大差なかった。あの時はそこまで興味を持たなかったが、今更になって読みたくなったのだ。


 僕は、その本を手に取り、じっくりと文章を目で追い始める。


 思ったより調子がいい。スラスラ読める。というより、この本が読みやすいのか。それもそうだろう。その本はいわゆる児童文学。中学生辺りを想定した書かれたもので、難しい言葉や回りくどい表現があまりない。それでいて面白いのだから驚きだ。


 その割には、かなり暗い内容。やっぱり他作品と同様。主人公にうつ面影おもかげがある。これは主人公にというよりも作者のそういった側面が主人公に宿っているといった感じか……。


 気が付けば、二時間ほど時間が経っていた。いつもそうなのだが、物語がクライマックスになると、僕は読む手を一度止めてしまう。そして今日も例外なくそうで、腹が減ったことに気づいて、しおりを挟んで本を閉じた。


 ベッドから起き上がった直後に呼び鈴が鳴り、ドアを叩く音が聞こえた。ふと思い出すのは、アズサが死んだことを教えてくれた警察のことだ。こういった時は、大概たいがい悪いことが起きるんじゃないかと身構えてしまう。


 ドアを開ける前に、穴をのぞく。


「えっ……!」


 ドアの前にいたのは、廃墟ビルの駐車場で立っていた少女だった。パーカーのフードを深くかぶっていて、表情は読み取れない。

 目を離して、少しだけ考える。流石に恐怖だ。なんのためにここまできた? まさか本当に幽霊ゆうれいなのか。


 怯えながらもドアを開けてしまう辺り、僕は本当の恐怖というものを知らないんだと思う。単なる好奇心というよりも、開けないとやばそうなんていう思いの方が強かったかもしれない。


 しかし、対峙して彼女の目を見た瞬間。本物の恐怖とは何かを教えてもらった。その目はまるで、ものを食い殺さんとする蛇のようで……。彼女の目をみた獲物であろう僕は指すら動かせなくなっていた。


「お邪魔します」


 低い声で呟き、少女は玄関に入ってくる。ドアを閉めて彼女は軽く深呼吸をした。


「ゴメンね」


 そういうと、少女は僕の首に両手を絡めてきた。そして、力を込める。最初はしっかりと締められてなくて、喉が痛いだけだったけど、探るように手を動かし、彼女はしっかりと見つけてきた。そして、僕の喉は完全に締められる。


 力がまだ弱かったためか、少女は僕を押し倒して、馬乗りになり体重をかけてさらに締め付けてきた。流石にもう、無理そうだった。


 幸いにも、過去を思い出してみじめなまま死ぬことはなさそうだった。苦しい……とか、死にたくないとか。そんなことに支配されたまま、暗闇に連れて行かれる。


 朦朧もうろうとした意識の中で一瞬、リビングに置いてある等身大の鏡に目がいった。そこに写っていたのは、僕の首に巻きついた蛇の姿だった。


 そこで、完全に意識はなくなった。




 まさか、目が醒めるなんて思わないだろう。だから、走馬灯も見なかったし大した後悔もなかったのかもしれない。未来とは案外決まっていて、心のどこかでそれを知っているのだろうか。


「あっ……起きた?」


 その声が聞こえた瞬間。ビクッと体を震わせてしまったが、別に高圧的なものでもなく、どこか優しさすらある響き。そこまで警戒しないでいいということはすぐにわかった。


 目の前で、梶田からもらった日本酒を飲む少女の姿があったからだろう。彼女は、まるで水を飲むかのように、グラスに注がれたものを飲み干した。


「君も飲みなよ」

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