蛇に呪われた僕は不老不死の君に殺されない

渡会ゼゼ

chapter1「加速していく非日常」

1-1

 不老不死になりたい。それは僕、寺沢ルイという人間が昔から願ってやまない理想。


 飾り気のない部屋の中で唯一こだわった等身大の鏡。そこに映るのは、細身でボサボサの髪、死にそうな目をした少し童顔の青年。こんな僕が、不老不死になりたいなんて考えているとは誰も思わないだろう。でも、僕的にはこれが丁度いいんだ。


 重い制約せいやくに苦しみながらも、死ぬこともなく生きていく。何回も妄想した自分。苦しめば苦しむほど生に近づける……。とにかく昔から僕は、永遠の『生』を妄想し続けてきた。


 死ぬのが怖いとか、消えてしまうのが恐ろしいとか、そんな理由じゃない。僕は何もしないまま、存在し続けたいだけなんだ。人生の中にあるちょっとした喜びを感じるたびに、またこの喜びを味わいたいと思う。永遠の命が手に入ればそれは、永遠の喜びに等しいのだ。


 制約や苦しみはその対価。そう考えると、何だかやけに現実的に思えて、妄想もはかどった。


 でも、それは妄想でしかない。だからといって僕は生きることを諦めたくはなかった。花火のように開いては消えていく、そんな幸せをもっともっと感じて、満たされるはずのないこの欲望よくぼうを満たしていきたい。


 そんな、貪欲どんよくな男に死という現実と向き合うことを教えたのは、一人の小学五年生の少女だった。全てが少女のお陰ではない、でも始まりは確実にその少女からだった。最も有意義な夏の終わりに、僕の歯車は加速して、ここじゃない何処かに連れいていこうとしだした。




 ペットの散歩、ランニング、学生の寄り道。いろんな使われ方をされている近所の公園。その中心にある遊具が一式揃えられた広場は、休日になるとちいさい子供たちのちいさな王国へと変化する。


 ほう秩序ちつじょもないような世界だ。それ故に、残酷ざんこくな一面を見せる。でも、そこにいるのは笑顔で暴れまわる子供たちだけ。僕はそんな世界を観察するのがなによりも好きだった。


 大学生二年になると、もう二十歳。立派な大人だ。不審者だと通報される可能性は十分にある。できるだけ明るめで清潔感のある身なりを意識して、何かあった時にごまかすための本なんかも用意して観察に向かうことにしている。こんなことをしてまでその子供の世界にこだわるのだから、やっぱり僕は不審者なのかもしれない。


 世間的な休日には、必ず公園に向かう。僕にとっての習慣みたいなもので、一週間を乗り切るためのルーティーンだ。


 方向性を間違えた努力のお陰か、子供たちは僕のことを近所のいいお兄さんとして見てくれていた。ある日、一緒に遊んで欲しいなんて言われたときは、流石におどろき、戸惑とまどってしまったものだ。でもあの輝かしい世界に入る気にはなれなくて断った。


 そんなことがあった次の日から、彼らは僕を見るなり元気に挨拶あいさつをしてくれるようになったのだ。少しだけ、この空間は僕にとって居心地がいい。


 彼女、アズサと出会ったのはそんな、日々を続けてえたある夏の始め頃だった。


「なにを読んでいるの?」


 持ってきた本がやけに面白くて、子供王国よりもそっちに集中していた僕は、その声に少しだけ動揺どうようした。大人なキスをしている場面を読んでいたことも原因だった。


「難しい本だよ」


 しおりを挟んで本を閉じる。声を掛けてきた少女は、いつも王国の外側にいた子だった。僕と同じように、彼らの世界を観察して、時に本の世界に浸る。そんな女の子。


「君は、混ざらないの?」


 向こうで遊ぶ子供達を目線でして、少女にいた。今は本に集中したい。そう思って少し意地悪をしてみた。こうすれば、機嫌を悪くして離れていくだろう。そう思っていたのに、少女は僕の横に座ってきた。


 いつの間にか、日陰から逃げられていたベンチ。少女が座ったところはかなり熱くなっていたのだろう。一度立ち上がり、タオルをいて座りなおした。


「私は、あそこに入る資格を無くしちゃったから」


 少女は、無邪気に遊ぶ同年代くらいの子供たちをじっと見つめながらそう言った。それは、とても弱弱しい声だった。


 ――ちいさな女の子の口からそんな言葉が出るとは。


 その瞬間。僕は子供王国や、やたらじめじめとした内容の小説よりも、この少女に興味きょうみを持ってしまった。


「君、名前は?」


「……藤井ふじいアズサ」


 じっと、子供の王国を見つめながら、少女は呟いた。

 アズサは僕の視線を無視するように、持ってきたブックカバーの付いていない本を読み始めだす。絶妙ぜつみょうな角度で、本のタイトルはわからない。


 読書をするアズサを数秒眺めていたが、とくに反応はなかった。仕方なく、僕も読書を再開する。しおりを挟んだページを開いて、キスシーンとその続きが行われる場面をとばしてから読み始める。


 沈黙ちんもくは夕方まで続いた。五時を告げるチャイムが鳴ると同時に、アズサは立ち上がり「かえるね」と小さく手を振ってきた。「じゃあね」と僕も手をる。


「明日も来る?」と訊かれ、「くるよ」と返す。満足したような絶妙な笑顔を僕に向けてアズサは離れていった。


 始まりはその程度だった。彼女が僕に興味を持ってくれて、僕も彼女に興味を持った。その後、僕はアズサとよく二人で遊ぶようになる。


 僕には中学生の頃に、近所をふらついていた不思議な女性になついて、毎日のようにその人を探して回ったなんて時期がある。アズサが僕に対して抱いているのもそれと似たものだろうと思っていた。


 僕はある理由で人と余り関係を作れないタチだから、懐かれていることに悪い気はしなかった。でも、思い返せば夏休み前半のほとんどの時間を共に過ごしていた。通報されなかったことが驚きだ。むしろ周りからは兄妹や親戚に見えていたのかもしれない。もう少し、僕はそこら辺のことを考えておくべきだったのだと後々になって思ってしまう。


 そんな日々の中、アズサは時折ときおり「あなたと私は似ていると思うの」なんて言ってきた。大学生の僕と、小学生のアズサが似ているというのは変な話だけど、それを聞いて僕はみょうに納得してしまった。


 公園に集合して、読書をしたり、観察したり、お話ししたり。それだけなのに、僕にとってそれは今まで経験したどの夏休みよりも輝いていた。


 最初は公園に集合して、公園で解散していた僕たちだったけど、日が進むにつれて場所を変えていった。散歩するだけだったり、図書館で読書したり。僕はアズサに連れ回されるままだったけど、彼女の世界を少しづつ理解することができてきているんじゃないかと思うと悪くはなかった。


 もちろん、彼女の家に行ったり僕の家に招いたりはしなかった。わきまえるところはしっかりしないといけない。僕はそういったたぐいの不審者ではないのだから。


 何回かアズサの秘密基地に案内されたこともあった。秘密基地というか、河川敷の林の中でびだらけになった自動車だった。夏は虫が鬱陶うっとうしく、冬は寒い。秋の中頃か春の中頃限定らしい。


 彼女とともにいる中で、気づいたことがいくらかあった。


 アズサは思った以上に子供らしく、それでいて子供らしくない何かを持っている。その何かのせいで周りとの違いを感じて、同級生と仲良くできていないのだ。


 その何かはは彼女の読解力にあると僕は考えた。


 アズサは、読書が好きで。多くの本を読み、また本にえていた。僕が読んだことのある小説を何冊か貸してあげたこともある。中には、小学生には難しいような内容のものもあったけど、彼女は言葉少ないながらも、感情豊かに物語を感じ取っていた。時折、僕でも感じ取れなかったものを見つけることもあったくらいだ。


 そんな彼女の能力に対して僕が抱いた感情は、やっぱり興味だった。これを読んだら、どう読み解くか。彼女はどんな物語に感動するのか。


 心のどこかで、この関係は長くは続かないだろうと考えていた僕は、少しでも早く彼女が見る世界について知りたいと思い、色んなことについて語りあった。でも、語れば語るほど、興味は深くどこまでも存在し続けたのだ。

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