第10話 △
「え?」
素っ頓狂な、場違いすぎる疑問符を飛ばしたわたしに、睨み合っていたふたりがきょとんとして視線を向ける。
「三瀬くん、わたしのこと好きなの?」
一拍、間をおいて、いずみくんがあきれたような視線を、何が原因か知らないが細かく身体を震わせている三瀬くんに向けた。
「ほら、伝わってなかった」
「うそでしょ……」
「え、ほんとうにそうなの?」
突然発覚した事実に目を剥くと、三瀬くんがわたしの両手を掴んで包んだ。線が細いわりには大きな手だった。うつくしい、こわいくらいまっすぐな瞳が、じっとわたしの心の奥底を覗き込もうとするように見つめてくる。
「俺、七緒ちゃんのこと」
そう呼んでもいいのか微妙なところだったモテ期という感覚が、にわかに現実味を帯びてきてしまった。突然、年下の男の子ふたりから求愛されているこの状況をモテ期と呼ばずしてなんと呼べばいいのか。ふたりともやめて、わたしのために争わないで、そんなセリフを自分が言う日が来ようとは。
ただ、これを手放しで喜ぶほど、わたしはこどもじゃない。
「三瀬くん」
「はいっ」
「偽装結婚の話はなかったことに」
たとえばわたしの年齢が三瀬くんと同じなら。たとえばわたしがまだ、いずみくんと同じ歳なら。
わたしはきっとこの三角関係をどきどきしながら困ったふりをして喜んでいた。
「なんで」
三瀬くんの澄んだ瞳ががらんどうのように、色を失くす。
「……三瀬くん、自分の立場とか年齢、分かってる?」
彼は御曹司だ。どこの馬の骨かは知らないが、いずれは経営者、トップとして歩んでゆく。玉の輿だって喜ぶのは、わたしが彼と同じ年齢だったらの話だ。七つも年上の女に、一族や世間はいろいろ言うだろう。そんな重責を愛だけで乗り越えていけるほどこどもじゃない。もう三十路、覚悟を決めるのには腰が重すぎる。
そもそもここに愛はないのだ。
「愛があれば年齢なんて……」
「愛があればね」
「っ」
露骨に傷つけられた表情をして、三瀬くんは顎を引いて顔を伏せた。カウンターに右腕で頬杖をついて事の次第を見守っていたいずみくんに、向き直る。
「……七緒さん、振り方えぐいですね」
「中途半端に優しくするよりましじゃない」
「そんで、俺も今からその牙の餌食になる、と」
「よく分かってるね」
ため息をついて、いずみくんが頬杖を解いて腕を組んだ。そのまままぶたを下ろし、口元を片手で覆う。
「いずみくんはわたしをからかってない、本気だ、っていう前提で言わせてもらうけど。やっぱり五歳の差は誤差じゃない」
「……」
「それに、わたしもう…………しばらく恋愛はいいかなって思ってる」
いずみくんは、顔の下半分を手で覆ったまま、剣呑な鋭い目つきでわたしをじっと見ている。そのまま、しばし睨み合う。
……。ああ~、かっこいい~。
「今七緒さん、俺の顔かっこいいと思ったでしょ」
「思った思った思いました~、だからなに? 目の保養にしたっていいじゃんイケメンはそこにいるだけで罪なんだから?」
「目の保養という表現がもうババア」
「あ?」
眉を吊り上げて睨みつけると、横からカットソーの裾を弱弱しく引っ張られた。思わずそちらに視線を流すと、泣き出しそうな顔をした三瀬くんが、わたしの服を握ってそっと頤を上げた。
「俺、諦めない」
「玲生」
「諦めないよ、七緒ちゃんは俺が絶対幸せにする!」
「……」
「俺だったら絶対泣かせないっ……」
「え……?」
言葉の途中で、彼ははっとして口をつぐむ。泣かせない、その言葉に秘められた意味を問いただそうとする。
しかし、わたしが口を開くよりも早く、彼はきりっと眉を寄せ、言い放った。
「愛があれば年齢なんて障害でもなんでもないって、七緒ちゃんの口から言わせてやる!」
うつくしきかんばせが、ほんのりと興奮の朱に染まり、目尻が濡れている。それらは、彼の覚悟を示しているのかもしれなかった。わたしに自分を愛させてみせると宣言した彼が溜めていた息を吐いて、震える手でわたしの両手を握りしめて何か言おうとしたとき。
「玲生、気が合うな」
「……」
再び、カウンターに頬杖をついたいずみくんが不敵に笑い、わたしをじろりと見つめた。
「俺だって、年の差はなんの妨げにもならないって、この人に言わせてみせるよ」
「ほんとマジでいずみさんは黙っててくれるかな」
笑顔を凍りつかせて、三瀬くんの背後にダイヤモンドダストが散ったように見える。よっぽど、三年前の傷が深いようだ。
凍りついた笑みをふにゃりと溶かし、彼はわたしに向き直る。
「だから、結婚の話は一回白紙に戻そう。七緒ちゃんとはフェアでいたいから」
「いや、あの、待って」
「聞かない。七緒ちゃんが俺と付き合えないって言うのは自由だけど、だったら俺がアタックするのも自由じゃない?」
ん? ほんとうにそうかな?
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