第14話 バー営業終了のお知らせ
ラインの画面をめちゃくちゃ長い時間睨みつけていることに気づいたのは、十二月になったばかりの週末のことだった。
シャントのバー営業が終わるのは、十二月二十九日。最後にギムレットで追い払われて以来、いつ行ってもお客さんでいっぱいで入れない日が続いていた。
それもこれも、いずみくんが貼り出した「シャント、バー営業終了のお知らせ」がひそひそと、常連になりつつあった女子たちの間で拡散されたからだ。
おそらく今頃いずみくんは、バーに押しかけた女たちの処理に追われている。
「……」
わたしが送った「やっぱり壮行会したいよ」というメッセージも、既読がつかない。
たぶんさせる気がないから、未読無視なのだ。
睨みつけたところでいきなりいずみくんが既読をつけてくれるわけでもない。わたしは、長々と見つめていた画面を暗くして、知らぬ間に詰めていた息を吐いた。
それから、思うところあってもう一度ラインアプリを起動して、今度はブロックリストを開く。
スパムアカウントやエロ単語などに混ざっている母親の名前は、滑稽だった。
「んん……」
先日父親に言われたからというわけでもないが、半年経って、だいぶわたしも落ち着いてきたし、今度こそきちんと話をすることができるかも、という淡い期待もわいてくる。
それに、反省するまで絶対に許さない、と決めたところで連絡を絶っていたらいつ反省したのかも分からないし……。
少し迷ったけど、でも、やっぱりブロック解除には至らなかった。
きっと、結婚に関してわたしと母親は相いれない。分かり合えない。そんな確信がある。
だから次に母親に連絡を取るとき、それは、それこそわたしが結婚するときだろうなと思った。
「そんなときは来るのか?」
自問してもとりあえず今のところ予定はないので、いいえ、としか言えない。
もう、母親のことはいったん考えるのはやめよう。今はいずみくんのことを考えなければ。
年末に店を閉めて、いつ日本を発つのだろう。年明けすぐ? まさか今年のうちに、ってことはあるまいな?
いずみくんならそういう強行スケジュールもありえそうであるが、さすがに二十九日に店を閉めて、そのあといろいろやることもあるだろうし……。
そしてわたしは、駄目だと分かっていて探りを入れてしまうのである。
「いずみくんって、いつ日本出るのか知ってる?」
玲生くんにそうメッセージを送りつけると、数秒で返事が来た。さては暇だな。
『うん』
「教えて」
『知ってどうするの?』
お、いっちょ前に焦らしてくるな。
「いずみくんと連絡取れないから、とりあえず出発日を聞いておいて、どうにかする」
『どうにか? なんの話?』
「ああは言われたけどちゃんと送り出したいでしょ」
玲生くんは、それもそうだね、と送ってきたあとで、日付を続けて送ってきた。
一月十三日。
「ほんとに?」
『ここで嘘ついてどうすんの』
「たしかに」
カレンダーをちらりと見ると、すごい勢いで月曜だった。航空券が安いとか、空いてるとかあるのかもしれないけど……。
もうメッセージのやり取りが面倒くさくなって、玲生くんに電話をかける。
『もしもし~』
「何時の飛行機?」
『さすがにそこまでは……』
「だよねえ。成田? 羽田?」
『さあ……あ』
電話の向こうで鼻歌を歌いながら、玲生くんがちょっとお待ちをなんて言っている。おとなしくちょっと待っていると、パソコンのキーボードを打つ音がした。
『んっとね、十六時二十五分羽田発ロサンゼルス行き』
「え、なにで調べたの? 今何してたの?」
『いずみさんにラインで聞いた』
「あいつ玲生くんのラインには返事するんだね……」
苦々しい気持ちになりながら毒づけば、けらけらと笑われる。
『だいじょぶ、いずみさんも、俺がこれを七緒ちゃんに伝えることはどうせ織り込み済みでしょ』
「そう~?」
『素直じゃなくて怖がりだからねえ』
「なに、玲生くんが伝えればわたしが来てくれるって思ってるの~?」
玲生くんがくすくす笑う。
「行かないぞ、行かないからな」
『さっきと言ってること違うんだけど』
「うっ」
結局きっとわたしは十三日、有休をとってしまう。そして空港に行ってしまう。そこで何をして何を話すかまでは決めていないが。
そうしないと、もう二度といずみくんには会えないような、そんな気がしている。
「玲生くんは、行かないの?」
『え、なんで俺が行くの、それはちょっと気持ち悪くない?』
「なんで? お兄ちゃんの旅立ちだよ?」
『お兄ちゃん~? あんなワルなお兄ちゃん嫌だよ~』
いい弟分、と愛おしげに言っていたいずみくんの顔を思い出す。おそらく、彼はわたしが行くよりは玲生くんが行ったほうが喜ぶのではないだろうか……。
と言うと、そんなわけないじゃん、と即答されてしまった。
『そんなわけないじゃん、七緒ちゃん馬鹿なの?』
「うっわひどい」
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