私事ですが結婚します
宮崎笑子
本編
第1話 私事ですが破局しました
フェイスブックの投稿記事をずらりとスクロールする。いつものメンツでバーベキューとかいうリア充報告や、海辺にて三十歳とは思えぬ落ち着きのないはしゃぎっぷりを披露している写真とか、そういう、なんていうんだ、こう、一言で片づけてしまえば「当人たち以外にはどうでもいいようなこと」、または「当人たちにもわりとどうでもいいこと」だらけの投稿をスルーしながら適当に親指ボタンを押していく。
わたしのフェイスブックの友達は、半分以上が顔見知りレベルの、年に一度も会わないような人たちだ。小学校・中学校・高校・大学の同級生たちのうち、一生ものの友人なんてそうそういない。でも、出身校を入力したり、そんな一生ものの友人とつながると必然的に、この人も友達では? といらぬおせっかいを焼いてくるのだ。
そしてそんな、たしかにこの人も友達かもね? みたいな人たちとつながってしまった結果、わたしのタイムラインはわりと混沌としている。
それなりに順当に学生時代を生きてきたので、顔見知りの同窓生は多い。なのでタイムラインはいろんな職種のいろんな人たちでいつも賑やかだ。
わたしだって、二年に一度くらい趣味で行く海外旅行の写真は投稿している。まあさすがに友達と食べたおしゃれなカフェのスイーツまでは投稿しないが。
SNSツールを馬鹿にしつつ、海外旅行の写真をアップするこの矛盾は、集団心理的なものだと思っている。ページを開けばみんなが充実した日々を送っているように見えて、そうでないのはわたしだけのような気がして。それで慌てて、わたしだって友達と海外行ったりするんですよ、とアピールしてみんなの輪の中に入りたいだけだ。
特別珍しい国や地域に行っているわけじゃない。王道のハワイや近場の台湾が関の山なわたしの旅に、特に面白いことなんかない。
誰も本気で「いいね」なんて思わない。
「……ん、あれ」
投稿をスクロールしていると、ふと、目についた文章と男女の笑顔。
高校時代同じクラスだった、
コメントにはこう書かれている。「私事ですが、このたび広瀬愛子と
「……」
常々考えているんだが、慶弔事を私事と表記していいのは、「公」がある人のみだと思う。著名人とか芸能人とか政治家とか。
だって彼らには公的なものがあるのだから、当然私生活のことは私事だ。
しかしおまえらは違う。
いつものメンツでバーベキューに行くのも、海辺ではっちゃけるのも、かわいい我が子の成長も最近のニュースに関して思うこともすべて、おまえらの場合は私事だ。公なことなどひとつもない。
なのになぜ、慶事に関してだけ殊勝な顔して「私事ですが……」なんて言い出すのだ。
ほんとうに腹立つ。それなら「私事で恐縮ですが昨日昔馴染みの友達とパーティしました!」とか投稿しろというものだ。
そして指が勝手にいいねを押した。
どうせたくさんいいねをもらう投稿だ。お祝いのコメントもたくさん来るだろう。わたしのいいねなんか、彼女たちはどうでもいいし、わたしだってわたし自身のいいねをどうでもいいと思う。
三十歳独身の絶賛恋人募集中のわたしの眉には皺が寄り、だんだん、愛子ちゃんの顔が自信満々に見えてきて、ともすればこちらを見下しているようにも感じてきてしまう。
女性の社会進出が目覚ましい昨今、三十路で未婚の女なんてごまんといるだろう。ただわたしはそういう一般論を語っているのではない。
わたし自身にそこまで強い結婚願望はない。ただ、うちの親が前時代的でよくない。
二十五歳を過ぎたあたりからぐっと風当たりが強くなってきて、二十九歳の誕生日に久しぶりに電話してきたかと思えばお祝いもそこそこにお見合いを勧められた。
お見合いから恋が始まればまだいい。うちの親が勧める男なんて絶対にわたしと馬が合う気がしないし、それだったらわたしは自分で相手を決めたいのだ。と突っぱねた。
彼氏いるので、とそのときはそれでかわしたものの。
二十五歳のときに出会って付き合った彼と、ああ結婚するんだろうなあ、と親のプレッシャーもあり考えていたわたしは先月足元からがらがらと崩れ去った。四歳年上の彼は、あっさりとわたしよりもかわいくない、背の低い鼻がぷちゃっとした女を選んでさっさと去って行った。
なんでだよ。
五年も付き合って、なあなあなりにプロポーズも済ませて式場の下見だとか婚約指輪をやり取りしていたというのに、彼の「ごめん俺会社の後輩を妊娠させてしまった」という言葉で奈落に突き落とされたのだ。
わたしというものがありながらどうすれば会社の後輩を妊娠させることができるのか。正座させて三時間ほどねちねちと問い詰めたい。
「いいなあ」
思わず、独り言が漏れる。
結婚したいと強く思っているわけではないけど、彼氏や連れ添う人がいるのはわたしにとっては幸せのひとつだ。だから、いいなあ、となる。
こうなってくると、言い方は悪いがデキちゃったもん勝ち、みたいなところがあるよな。結局、デキたら男は責任を取らざるを得ないし、いやもちろんわたしというものがありながらよろめいた彼が百パーセント悪いんだけど、でもそれでもやっぱりその会社の後輩に持ってかれた感は否めない。
土曜日の夕方、ひとり住まいの部屋でノートパソコンを膝に乗せてベッドの壁際に背を預け、缶チューハイ片手にするめをむさぼっている三十歳。ディスプレイに表示されているのは、知り合いの幸せなご報告。
こんなにも非生産的な土曜日の夕方がほかにあるだろうか。昼寝でもしていたほうがまだ建設的だ。
これではいけない。と思い立つ。
「よしっ」
顔を洗って化粧をして、それから服を着替えて出かけよう。
どこへ? 誰と? 何をしに?
バーに! ひとりで! やけ酒だ!
◆
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