第11話 衝撃の新事実?

 あれ以来玲生くんから連絡がないのである。

 やっぱり駄目か、と思いながらトーク画面を開いて何度か文字を打ち込んでは消す、を繰り返す。

 ごめん。は絶対違う、元気? も何か違う。この間のこともあってデートに誘うのは言語道断だし、当たり障りのないことを聞くのもご機嫌伺いみたいで駄目だ。

 やっぱり、わたしのほうから連絡を取るのはやめたほうがいいのかなあ。

 うだうだ悩んでいるうちにお昼休憩が終わってしまった。


「あれ、ナナ~」


 歯を磨きにトイレに行く途中の通路で、外回り帰りと思われるちゃみが声をかけてきた。

 となりに並んだちゃみは、外が寒くなってきただの、今日の営業先クソだっただのと喋っている。


「お昼は食べたの?」

「食べて帰ってきた、だから今から歯磨きする」


 だそうで、ならばと一緒にトイレに向かう。パンツスーツを颯爽と着こなしたちゃみは、鏡の前の台にバッグを置いて歯ブラシセットを取り出し、歯磨き粉をにゅるりと大量に出しながら、そういえばさあ、と言った。


「んー?」

「シャント、バー営業なくなっちゃうの残念ね」

「んー……んん?」


 歯ブラシを咥えていて、リアクションが一瞬遅れた。口から歯ブラシを吐き出して、ちゃみのほうを見る。


「どゆこと? なんの話してんの?」

「あれ、知らなかった? あたし先週行ったときにさあ」


 けっこう行ってんだな、気に入ったのか?


「来月末でバー営業は閉めるんです~ってあのイケメンが言ってたよ?」

「え、聞いてないんだけど、何それ、ちょっと待って、何それ」


 口の中を泡まみれにしながらちゃみに食らいつく。肩を掴んでぐらぐら揺さぶると、歯ブラシを咥えたまま目を回している。


「落ち着け、落ち着けよ」

「落ち着いていられるかよこれが」

「とりあえず、歯磨き終わってから話そうか」

「おす」


 はやる気持ちを抑え込み、歯を磨くことに集中する。

 うがいをして口をゆすいで、わたしは口回りの水分を拭うのもそこそこにがばりと詰め寄った。


「いずみくんがそう言ったの?」

「うん。理由は、一身上の都合~って濁されたけど」

「……なんでわたしには教えてくれないのよ……」

「ていうか、最近あの店流行ってんだね、人いっぱいいた」

「いや、それはちゃみのせいだからね」


 あたしィ? と素っ頓狂な声を上げたちゃみを放って、いずみくんのトーク画面を開く。シャント閉めるってどういうこと。と打ち込み送ると、既読がついた。


『ちゃみさんに聞いたんですか?』

「そう……ほんとなの?」

『嘘言ってどうすんの』

「なんで?」


 なんで?

 なんでバー営業やめるの? あんなに流行ってるのに。

 なんでわたしには言ってくれなかったの? それなりに仲が良いと思ってたのに。

 きみもわたしの前からいなくなるの?


「……」

「返事きた?」

「…………こない」


 なんで? に既読がついたあと、スマホは沈黙した。

 メイクを直しているちゃみにならい、わたしも簡単にメイクを直し、軽く五秒くらい目を閉じる。


「よし」

「なにがよし?」


 きょとんとしているちゃみに別れを告げ、ダッシュでオフィスに戻り仕事を始められる状態になって、スマホを開く。

 玲生くんのトーク画面を迷いなく開いた。

 いや、駄目だって分かってるよ、今この状態で玲生くんにいずみくんのこと聞くの、駄目だって分かってるんだけど。

 でも、これはいずみくんのことじゃなくて、シャントのことだ。


「シャントのバー営業閉めるの、知ってた?」


 それだけ送って、ほんの少しだけ既読がつくかどうか待ったあと、諦めてスマホを鞄にしまってパソコンに向き直る。

 仕事しながら、そわそわと鞄の中に入れたスマホが気になって、でもよく考えたら玲生くんは営業だし、タイミング次第だよなあ、とため息をつく。

 というわけで仕事中ずっとそわそわして、たまに鞄に手を突っ込んでこっそりスマホを見たけど、新着メッセージは入っていなかった。

 退勤時間になって、席に座ったままラインを開いてみた。


「……うそ」


 既読にはなっていたのだ。でも、返事がない。

 いろいろ可能性を考えた。けれど、やっぱり原因はどう考えてみたところで、寝てしまって気まずい状態でほかの男の話題を出したことで、これは玲生くんの明確な意思による無視、としか思えなかった。

 三十歳にもなって人の気持ちを慮った上で無茶なことをしてしまう自分にうんざりする。


「…………帰るか」


 ため息をひとつ、席を立つ。お疲れ様です~とかかたちだけの笑顔を繕ってエレベーターホールへ向かう。

 なんかもう、最近全然いいことないな……と自虐しながらエレベーターを待って、乗り込む。

 ほかの階のほかのテナントの人たちも拾って一階に着いたエレベーターを降りてビルのガラス戸を開けた。


「七緒ちゃん」

「……え」


 外に出てすぐ、声をかけられた。玲生くんに。

 思わず、え、と言ったあとで素通りして二度見して、三度見する。


「え、なんでいるの」

「なんでって、ラインくれたの七緒ちゃんでしょ」

「ん? いや、説明になってなくない?」


 玲生くんがこれ見よがしにため息をついてくれやがる。え、なんだ、わたし何もおかしなこと言っていないよな?

 いずみくんがバー営業をやめるっていう話を持ち出したらなぜ職場のビルの入口で待ち伏せされなければならない?

 ……とにかくここは社内の人間が多くて駄目だ。


「玲生くん、ちょっと場所変えようか」

「そうだね」


 すんなりと歩き出した玲生くんは、なんだか確固たる目的地を持っているかのような淀みない足取りである。


「どこ行くの?」

「どこって」


 追いかけるわたしをちらりと振り返り、玲生くんは少しうつむきがちに目を伏せてから、しっかりとわたしを見た。


「シャントだよ」


 ◆

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