第10話 あいつの収入源

 というわけで、久しぶりの金曜シャントである。実に二ヶ月ぶり。

 玲生くんとの一件があって、なんとなく気まずくて足が遠のいていたのである。

 控えめにドアベルを鳴らして中の様子をうかがうと、一時期ほどでもないがそこそこの客入りであった。見事に客は女の子ばかり。


「いらっしゃいませ……、おお」

「おお、じゃないよ。モヒートお願い」


 空いていた、カウンターの一番端の席に腰かけて注文する。

 いずみくんがカクテルとおしぼりを差し出しながら、そうだ、と口を開いた。


「そうだ」

「ん?」


 ひと口あおる。


「玲生とヤったんだって?」

「ぶーっ」


 含んだ酒をグラスに戻して咳き込む。


「おあ、きたねえ」

「だれ、誰のせいだと……」

「俺か? 違うだろ」


 というか、後悔しないでほしいとか俺は後悔しないとか言っていたけれども、まさかいずみくんに申告するとか思わないだろ。わたし口止めしたし!

 しかしよくよく思い返してみれば、口止めはしたもののそれを了承された記憶はない。なんせ、玲生くんとの思いの食い違いのせいで気まずくなってしまってその話題は宙に浮いてしまったからだ。


「……玲生くんから聞いたんだよね……」

「わりと信じてるほうに傾いてる半信半疑だったけど、マジだったんですね」

「……まさかかまかけられた?」

「いや、ただの確認作業なんで気にしないでください」


 ほかの客へだろう軽食を準備しながら、いずみくんが遠い目をしてあらぬ場所を見つめるようなしぐさをした。


「七緒さんから、俺には言わないでほしいって提案されたって聞いて……あ、すげえかわいそうって思った」

「うう」

「玲生はけっこう貞操観念固いんだから、あんまりそういうことしてやるなよ」

「……面目ないです……」


 貞操観念が固いということは、ほんとうに、わたしとのあれは勢いがきっかけだっただけの本気のマジだったというわけだ。

 カウンターに突っ伏して反省の意をあらわすと、で、と促された。


「で。玲生とのこと、どうすんの」

「どう……って?」

「たぶんもう今まで通りにはいかないよ。あいつそんな器用じゃないんだ」


 あ。

 いずみくん、地味に怒っているな、と気づく。それも、好きなわたしと恋敵が寝たことにじゃなくて、わたしが玲生くんにちょっかいをかけたかたちになったことについて。つまり彼は今この瞬間玲生くんの味方である。

 ……やっぱり、仲良いなあ。

 場違いにしみじみした気持ちになってしまい、突っ伏したまま深々とため息をつく。


「…………どう、かあ……」

「玲生のことどう思ってんの」

「……正直に言うとね」


 顎をカウンターに預けて顔を上げていずみくんを見上げた。


「セックスはできるけど、性愛じゃない……」

「え? なんで? それはおかしくないですか」

「なんで……?」

「なんでって、だって、こういうので男女差持ち出したくないけど、わりと女のほうが、好きじゃないとセックスできないって人が多いんじゃないの」


 いずみくんは根本的な勘違いをしている、と思った。


「玲生くんのこと好きだよ」

「んん?」

「好きだから触られてもなんにも嫌悪感はないけど、でも友愛なの」

「……友達とセックスできるか?」

「残念ながら、酔ってればできる」


 我ながら最低の言い草だとは思うものの、これが事実なのだから仕方ない。

 そう、これを言い訳にしてしまうのはほんとうに大人としてどうなんだ、と思うんだが、あのときわたしは酔っていたのだ。

 でもだから、許してほしいとは思わない。酔っていたとは言え自分の意志で玲生くんと寝たことに、わたしは一応責任を感じていて、どうにかして償いたいと思っているのだ。


「どうしたら玲生くん許してくれるかなあ……」

「許してほしいの?」

「そりゃ……」

「許してもらって、どうするの?」

「……また、前みたいに……は、虫がよすぎるかあ」


 誘導尋問みたいな問いかけに、わたしは自分がどれだけ甘ちゃんなのか気づかされる。

 このふたりとの関係は、彼らの懐の大きさによって支えられていたのだなあ、と今更ながらに身につまされる。

 いずみくんが、つくり終えた軽食をテーブル席のほうに持って行くのを尻目に、モヒートをひと口。いつも通り、美味しい。

 この美味しさを玲生くんと分け合うのが好きだったのになあ。

 この上ない自己嫌悪に苛まれながら、カクテルの中のミントの葉をぶすぶすとマドラーで刺す。


「ため息ばっかついて、辛気くせえ」

「うるせーわたしだって落ち込むことくらいあるんだよ!」

「自業自得ですよ」

「だから落ち込んでるんじゃん!」


 あきれたように目を細め、いずみくんはふと眉を寄せた。


「なんか、そんなんだと不安だよなあ……」

「何が?」

「いや……」


 しかめっ面で何やら悶々と考えている様子のいずみくんが、何か伝えようとするように何度か口を開いては閉じた。

 なんだなんだ、と思っていると、またお呼びがかかって、彼は営業用の笑顔を浮かべて立ち去ってしまう。

 ……なんだ?


「なんだあ?」


 思ったことがそのまま声に出る。

 まあでも、大切なことならそのうち言ってくれるだろう。そう思ったので、あまり深く追及しないことにする。

 それにしたって、一時のフィーバーからは落ち着いたものの、相変わらずシャントらしからぬ客入りだ。

 前に、わたしはぶしつけにもいずみくんに、バーは赤字経営ならきみはどうやって生計を立てているんだ、と聞いたことがある。

 答えとしては何ともまあボンボンなもので、このビルは伯父さんの持ち物のため家賃はかからず、光熱費のみを彼が支払っているかたちであるらしい。そして、それでも足りない生活費については、ちびちびと投資だのFXだのをやって稼いでいるらしい。

 バー経営が趣味みたいになっていると教えられ、わたしは正直「こいつ社会を舐めてるな?」と思った。

 でも、いずみくんらしいのが、その投資についてはギャンブル的なものをしないよう気をつけて堅実に儲けることを信条にしているらしく、一発当てる、などは絶対にしないそうだ。

 バーが黒字なら、いずみくんは投資をやめるんだろうか。

 相変わらず女の子たちに必要以上に絡まれているいずみくんのつくり笑顔を横目に、やっぱりここの酒は美味しいな、と思った。


 ◆

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