第一章 転生者の化石
転生者の化石
〈転生者〉が戦っている音が聞こえる。
剣戟の音。あるいは、鉱山の石切場のような、硬質な音。岩石がぶつかり合い、千の細片に砕け散る音。
化石となってもなお戦い続け、そして“無双”することを運命づけられた、英雄達の成れの果て。異界から持ち込まれた〈
それが、転生者の化石。
リデュケは転生者の化石を求めて、
彼女は森の守護者であるドライアドという種族の若い個体であり、その種族特有の駿足で、夜明け前の
たくさんの青い光点が、空を覆う樹冠や、地を這う苔を象って、散りばめられている。
ドライアドの棲む森は、彼女達によって保護される、青い色素を持った植物で満ちている。暗くなるとそれらが各々、若い恒星のような青色の光を灯す。
青は、魔力を象徴する色。魔素代謝菌(マナバクテリア)の色。
彼らが魔素を産生することで、この惑星にマナが満ちていく。人間や亜人が魔法を使えるのも、彼ら微生物のおかげ。古来から、精霊と呼ばれ、崇拝されてきた存在の正体である、原始の生命達。それらの菌と共生する地衣類が繁殖するための胞子は、生物発光によって夜の森を朧げに照らしながら、蛍のように漂う。
幽光をかきわけて、リデュケは軽やかな跳躍で、倒木や小川、石塊を飛び越えて、目的地を目指す。
そう、ドライアドには
上半身を一見すると
人間に説明する場合、セントール(ケンタウロス)の屈強な馬部分を、もっとスリムな鹿に変えたものと言うのが最も手っ取り早い。
ドライアド(Dryad)。他の言語では、ドリアーデ、ドリュアス等と呼ばれる。この種族についての詳しい説明は、目的地に着いた後、人間達に対してすることになるだろう。
リデュケの長い耳が、物音の方向に対して動いた。先程からしている、石や金属がぶつかり合うような音が近くなったのだ。すぐそばだ。
リデュケはこっそり近づいて、枝葉の間から観察することにした。大きな緑色の瞳で。まだ人間に仕えると決まったわけではないのだから、どちらかに加勢するということもない。
見えたのは、動く化石である〈転生者〉とオークという種族の集団が戦っている光景。両陣営ともに十数体同士の、小規模な集団戦。
オークの巨躯に対して、細身で猫背の転生者兵が対峙している。
転生者の化石の外見は、人間族の遺体が良好な状態で鉱物置換されたらこうなるであろうという、滑らかなヒト型。だが、各部が装甲化していたり、逆に骨格が見えていたりして個性がある。大抵の個体が目の部分を装甲で覆われており、顎部の表皮がなく歯が剥き出しなので、表情からは敵意くらいしか読み取れない。
鉱石であることを忘れたかのように駆動する転生者達。持たされた単純な剣や盾を振るうその動きは人間と比べてぎこちないが、ところどころで突然俊敏になる。まるで、放心した役者が取るべき演技を思い出したかのように。
転生者は淡々と巨体のオークの群れに挑み、そしてあっけなく玉砕していった。文字通り、砕け散る。
オークの巨大な
破片の色は、様々。黒曜石のような漆黒、陶器のような乳白色、珪化木のような褐色、オパールのような遊色。化石化の際に取り込む元素によって、色彩に個性が出るのだ。稀に、原色の宝石のように色とりどりに輝く破断面などの様子は、とても兵器とは思えない。
無人兵器。化石はそう呼ばれるが、明らかに人型であるのにそれを打ち消す名称は、自己矛盾にすら思える。
数で勝る転生者兵器の集団だが、強靭な緑色の体躯のオーク達によって次々と破片に変えられていった。
しかし、後衛の位置にいる転生者は、金属のニードルを撃ち出す機械式のボウガンを使っており、集中砲火によって少しずつオークの頭数を減らしている。
ついに転生者側の前衛が、先に壊滅してしまった。オークは鉄の矢によって針山のようになりながらも、全く意に介さず後衛に迫る。
緑肌の膂力の前に、転生者の小隊は全滅してしまうのだろうか?
その時、一体の後衛転生者の、目にあたる部分の装甲の亀裂が光ったように見えた。それは一本の矢を把持してから、ボウガンを捨てた。
転生者は自分の右腕にニードルを突き刺して、刺突武器のように構えた。鉱石の指には十分な摩擦力がないから、という判断だろうか。どこかで遠隔操作している人間の判断なのだろうけれど、中々割り切った発想だ。人間の形をしているというのに、損壊にためらいがない。
オークの持つ、切るよりも砕くことを意図された、ハンマーのような戦斧。
それが振り抜かれたと思うと、転生者の頭部が粉々になって空中に散逸していった。やはり無謀だったのか?
リデュケはスローモーションで散っていく煌めく破片を、シダの葉を揺らした後の朝露程度には美しいと思ったが、その遅延は、単なる印象から来るものではなかった。
実際に、破片の飛び去る速度は遅くなっている。
ついには空中で静止してしまった。絵画のようだが、しかし視点を移動すれば、宙で燦めく細石は立体的に位置関係を変える。シャンデリアのように。
その後破片は、あろうことか、進行方向を反転し始めた。破砕の瞬間に飛散した、微細な粉塵までを吸い込みながら。逆行する石礫は、転生者に殺到し、一瞬後には元の頭部を形成していた。
リデュケは目を疑った。珪素の結合を操る土属性魔法でも、あのような力学的法則に反した挙動はしない。一体何の作用が、系全体の運動を反転させたのか?
オークがリデュケと同様に驚愕している間に、転生者の武器はオークを傷つけていた。堪らずオークは斧を振り戻して反撃する。
しかし、砕かれたその細片は、またも吸い込まれるように自らの一瞬前の姿に収束し、オークの渾身の連撃を徒労に変えていった。
火花のような破砕のすべてが、熱を奪われたように萎む。
まるで、真空で出来た泡のように。自然がその空隙を嫌うかのように。
自己修復する転生者が前衛を買って出たことで、その小規模な集団戦の形勢は逆転した。
転生者は横列となって機械式のボウガンを連射しながら前進し、掃討と表現するべき冷然さで、オークを追い詰めていった。
戦闘が終わったとき、地面はオーク部隊の力尽きた巨体と、さながら採石場のような化石の破片で埋め尽くされていた。
破壊されなかった数体の転生者は、待機状態となり、項垂れて黙祷するように佇立している。
これが転生者無人兵器。もう新しい展開はないと思い、立ち去るリデュケ。その心のどこかはざわめいていた。
普通の魔法で使役されるゴーレムとは違うとは聞いていたが、何かもっと根本的な法則に反しているような挙動。物理法則に対する“
あくまでエントロピー増大則を破ることなく自然を操作する技術として魔法を理解してきたリデュケにとって、それは既存の魔法体系に対する不吉な異論に思えた。
であるならば、なおさら理解して、その謎を調伏しなければならない。
人間達は、すでにそれらの原理の一部を解明しつつあるらしいが、外部には公開してくれない。そのうえで、転生者鉱山を占有しているのだ。
そのような隠蔽体質は、好奇心の種族であるドライアドの最も嫌うものだ。暴きたい。晒したい。
リデュケは種族特有の衝動に突き動かされ、ノルディニア王国の辺境領リレサントへと続く、草木に囲まれた獣道を急いだ。
ところで、あのように不気味な異界の兵器を使役するのは、どのような人物なのだろう?
*
その戦場から少し離れた野戦陣地。
王国と連邦国の同盟軍〈アライアンス〉の軍人達が守るテント。そこには転生者化石を遠隔操作するための設備が設置されていた。
転生者特科の主任技師が言った。
「見事な戦いでした。ヒルダ様」
ヒルダと呼ばれた年端も行かない少女は、小型のピアノのような装置の前に立って、盤上の黄金の光の群れを見ている。立体映像としての光は転生者やオークの形を取っていたが、粒子として霧消していった。
技術兵達が会話している。
「〈レベルアップ〉した転生者もいるようだ。すぐに回収班を向かわせろ」
「しかし、騎士が三人がかりでやっと一体と互角というオークを、ほぼ同数で倒すとは。転生者兵器は、人間の兵士以上か」
「いいえ。〈チートスキル〉がなければ、ただの愚鈍な石人形であります」少佐の襟章をつけた女性の軍人が言った。「ヒルダ様は最初の数体を囮として、後衛に〈経験値〉を集中させ、自己修復の〈チートスキル〉を迅速に取得させた。それが戦況を覆した。操演者の手腕による勝利であります」
その間、ヒルダと呼ばれた少女は動かない。酷使した指をわずかに震わせながら、曲が終わったことに気づいていない指揮者のように。
女性の主任技師が声をかけた。
「ヒルダ様、大丈夫ですか?」
「気にしないで」ヒルダは言った。「数えていたの。消えていく光を」
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