大量絶滅と竜の化石


「この竜は、眠っているの?」

 点描されたような画像上で、朧げに形を結んだ竜の影を見て、ヒルダが質問した。

 ドワーフの地質学者は、自分で髭を触りながら答えた。

「この地域には、この竜が活動した記録が存在せん。有史以来の、どんな些細な伝承の形でもな。数万年語り継がれる神話となる古龍はいるが、ヒトが登場する前に現れたさらに古い存在は、神話にすらならん。皮肉なことだ。おそらく二億五千万年前に一度活動してから、その後は、転生者と同様にただの化石として、沈黙しているのだろう」

 リデュケはヒルダのために補足した。

「二億五千万年前といえば、古生代の終わり。地球上の、実に九割以上の生物種が死に絶えたとされる、大量絶滅の時期ですね」

 絶滅したのは転生者だけではない。古生代の終わりと中生代の終わりに、惑星規模の生物大量絶滅があった。

 中生代末期のものは、巨大隕石の衝突とともに語られ、古龍のほとんどの種が絶滅したことで有名だ。迫りくる地殻津波を背景に、断末魔の咆哮を上げる古龍というイメージは、ビジュアル的にドラマチックだからだろう。

 しかし、古生代末期の大量絶滅の方が、それよりさらに多数の生物種を消し去ったものだということはあまり知られていない。

 ヘイゼンレストは自慢げに言った。

「そう。転生者と、生物大量絶滅の関係。今まで謎とされていたそのメカニズムが、今回明らかになったと言っていいだろう」


 シェフのパンディエン(Pandien=パンダの獣人)が、辛そうな料理を運んできた。ノームの調理師の奥に、こんな異国の料理長がいたのかと、リデュケは驚いた。

 ヒルダが疑問を呈した。

「そもそも、なぜ竜なの?転生者には、そんな変身のチートスキルがあるのかしら」

「碑文にある彼らの神話には、人間以外への転生についての記述もある。それに、この地で転生者兵器に演目を彫る刻印師達から聞いたが、どうしても人間の形では使用に無理があるスキルツリーの存在も確認されている。そこから逆算して、そのような初期スキルもあるのではないかということだ」

「転生者が竜となって、大量絶滅を起こしたっていうの?火を噴いて?たしかに、経験値としては美味しいでしょうけど、一体で地球隅々まで殺して回れるものかしら?」

「結論を急いではならんよ、領主の娘。この竜と大量絶滅の関係について知るには、ひとまずこの化石が竜の形であることは忘れ、地質学的な対象として扱わなければならん」

 そう、直接殺して回るのは割に合わない。とリデュケは思った。大量絶滅を起こすなら、もっと大きな力に任せたほうがいい。


 ヘイゼンレストはリデュケに向かって続けた。

「転生者が大量出現したとき、底部は七十八億体の圧力が生む熱で溶融していたことは知っておるな」

「はい。転生者周囲の岩石には、溶けた痕跡があります。でも、転生者は長い時間をかけて本来の人型の形を取り戻しました」

「そうだ。しかし、溶融したまま一旦化石化したあとに、さらなる地中深くへ沈降していった転生者の塊があったことは、知られていなかった。今回見つかった空洞は、そのことを意味していたのだ」

「さらなる地下深くへ?地殻を抜けて、マントルへ達したとか?」

「その下じゃ。惑星の核。その外縁に接するあたりまで」

「そんな!ありえない」

 リデュケの耳がすごい勢いで立ったのを見て、ヒルダが聞いた。

「ありえないの?」

「ヒルダ様、地球の半径――つまり地上から地球の中心点までの距離は、およそ6400kmあります。その断面図を考えてください。まず、表面に数10km乗っかってるのが地殻で、その下はマントルと呼ばれる岩石の層が、2900km続きます。さらにその下は、惑星の核。重い鉄やニッケルが集まって出来た、星の中枢です」

「卵の黄身や果物の種のようなものかしら」

「はい。我々は、いくら地面を掘削したところで、せいぜい表面から数kmの、卵の殻の層で遊んでいるに過ぎません。地表から核まで進行するということは、その千倍、2900kmを移動することです。それも高圧で、温度は1500~3000℃にもなる固体――マントルの中を」

「それは、いくら転生者とはいえ無理そうね」ヒルダが同意した。

「そう、普通はありえない。しかし、自然界には元々、そのような現象が存在するのだ。なぜそんなことがわかるかというと――」

 ヘイゼンレストはそう言うと、また新しい紙を広げた。

「これは、地球の断層写真のようなものだ。わしは船による冒険のついでに、世界各地に魔石地震計を設置していた。天然に起こる、本物の地震を利用した観測方法だ。地震波は、地球内部の構造の密度差などによって、地表に届く速度が異なる。それを各地の、魔法で正確に同期した地震計で計測することで、このように惑星内部の構造図を描くことが出来るのだ」

「ドワーフの技術、進みすぎてない?惑星規模って」ヒルダがつっこんだ。

 リデュケが答えて、「ドワーフは、魔法をもっぱら索敵や支援に使う文化があったので、観測技術に応用できたのでしょうね。彼らは攻撃魔法を使わないんです。

 というのも、そもそもドワーフの代名詞である製鉄というのは、鉄鉱石という酸化鉄を還元して酸素を追い出し、純度の高い鋼鉄にする作業でした。その過程で、魔素も一緒に追い出してしまうんですね。製鉄と魔素の相性が悪いんです。

 たまに〝魔力が宿った剣〟などというものが売られていますが、あれは表面の錆防止加工である酸化ケイ素などに微量の魔素が混ざったもので、剣全体ではそんなに魔素の含有量は高くありません。まあ、お守り程度の魔力です」

「よく武器屋で売られている魔法剣が、魔石を柄の部分にはめているのは、そういうことなのね。鉄自体は魔素を持てない」

「はい。ドワーフは魔力のない武器、つまり純粋な鋼鉄と優秀な火薬を使うだけで、十分な戦力を持っていました。戦いにおいては、むしろ魔法を使わないことが誇らしいという文化までありました。その代わり、呪文体系は魔石工学に特化して発達したみたいです」


 リデュケが話している間に、ハーフウォーゲンのウェイトレスが飲み物を置いていった。

 ウォーゲンは進化によって生まれた種族ではなく、獣化魔法が得意だった古代エルフのドルイド達の、堕落した末裔なのだという。


「わたしのメイドは、物知りでしょう?髭のおっさん」

 急にヒルダが自慢した。たしかに、リデュケはヒルダの部屋を経由して抜け出す際に、メイド服を着てきたが。

 ヘイゼンレストが答えた。

「ドワーフの文化について、知っていてくれてありがとう。もっとも、最近のドワーフ科学は、蒸気機関を持った連邦国との交流のおかげで発展しているのだが。話を戻していいかの?」

「どうぞ」

「地球深部の構造の観測によってわかったのは、一言で言えば、マントルが対流しているということだ。ちょうど沸騰した紅茶ポットのような流れが、惑星の各所にある。

 その対流のきっかけは、深部の熱さではない。表層の冷たさだ。地表で冷やされたプレートが海溝に沈み込み、マントルを数億年かけて沈降していく。この冷たい下降流をコールドプルームと言う。

 それが、やがて桁違いに熱いコア、紅茶ポットの火にくべられた底に達し、その反動で巨大な熱い上昇流が、地表まで上がってくる。これがホットプルームだ。

 この上昇流はやがて地表に達すると、通常の火山とは比べ物にならない規模の噴火を起こし、惑星環境を激変させ、大量絶滅の直接の原因になる」

「竜はいつ出てくるの?」ヒルダが急かした。

「もうすぐだ。冷たい、つまり熱を奪う物体。聞き覚えがないかの?」

「竜の形をした転生者化石の塊が、熱を奪いながらマントルを潜行する、〝冷たい下降流〟を発生させた?」リデュケが推測した。

「そうだ。なぜなら、どうやら二億五千万年前に、海溝も何もない場所で下降流が起こっていたからだ。プレートの沈み込みが原因ではない、こう言って差し支えなければ、〝人為的〟なマントルの対流。その結果は、地球生命が経験したことのないほどの、破局的な火山活動だ」


 ヘイゼンレストは、その破局的な惑星規模の災害について簡単に説明した。

 現在、転生竜が眠っている地域は〈洪水玄武岩〉と呼ばれる地質で、その名の通り洪水のような玄武岩質マグマの流出を意味する。

 火山噴出物である粉塵が太陽光を遮蔽し、光合成生物が激減した。それに伴う酸素濃度の低下により好気呼吸生物も死滅した。

 硫酸の雨、寒冷化、地磁気の消滅による宇宙放射線。

 それらが、地層から現れる化石を、ある層において一変させた原因であり、古生代の終わりの定義そのものだった。


「転生者は、最も効率的な虐殺の方法を知っていたということね?自分で殺して回らなくても、惑星の核を刺激してその激怒を買えば、大地が勝手に生命を死滅させてくれる。

 間接的な殺しは経験値が入らないと、あの商人は言っていたけれど、転生者が遠隔操作されていない場合はその限りではないのかもね」

 ヒルダは、この惑星規模の環境変動を、美味しい経験値稼ぎという観点から考えているようだ。

「転生者が意図的にやったことなのかはわからん。そこまで踏み込むのは地質学の仕事ではないよ」

「でも、おかしいわ」ヒルダが疑問を呈して、「転生者は、無限に熱を吸収できるわけではない。それは、防衛戦の最後、炎の極大魔法で示されたはず。吸熱で得たエネルギーを消費する方法がなければ、転生者は崩壊してしまう。大陸の欠片が奪うような莫大な熱と同程度を、ちっぽけな転生者化石の塊が消費できたとは思えないわ」

「それは鋭い指摘だ。この仮説の理論的な穴と言ってもいい。しかし、わしは転生者の専門家ではないのでわからん。むしろ、君たちはどう思うかね?」

 しばらく考えていたリデュケが、口を開いた。

「以前から思っていたのですが、転生者が最初に大量出現したとき、深部の転生者達はすぐさま復活していても良かったはずです。先程も話に出たように、底部の転生者は高熱に晒され、修復用のエネルギーに事欠かなかったはずだからです。でも、そうはならなかった。それは、複数の転生者が同時に修復しようとしたことによる、修復阻害と呼ばれる現象です」

「ふむ」

「この前、オークから魔素のアクセス権を奪う戦いをしていて、思いついたんです。転生者は自分を構成していた元素を一つ一つ覚えているわけではないのだから、どれが自分の所有物かは、その時の力関係によって決まる。転生者同士で、熱や構成要素の奪い合いが起こったのではないかと」

「なるほど。溶けた転生者それぞれが、個体の形を取り戻そうとする闘争か」

「はい。これが自分の構成要素であるという、領土争いのようなものが繰り返され、その際限ない、相互に阻害しあう修復にエネルギーが使用されたので、入力と出力のバランスが取れたのでしょう。

 数百万年に及ぶその過程のどこかで、いわゆる〈竜転生〉のチートスキルを持った転生者が優勢となり、勝利を収めたのです。構成要素の所有権争いに、その競合者の死をすべて自らの経験値にして」

「あの商人の言うことも間違っていなかったわね。チートシステムは、競争と奪い合いの象徴である」ヒルダが言った。

「ええ。チートシステムには、転生者同士の〝共存〟という観点が抜け落ちています。まるで、転生者は必ず、一度に一体しか現れないことを前提に作られているように。

 でも、竜が意図的に、絶滅を引き起こすために潜っていったとは断言できません。

 それはおそらく、最初に過剰な熱を供給されたせいで、レベルに見合わない巨体になっていました。さらなる経験値を得るために地上に出るという判断も、化石化した無意識の中では出来なかったのでしょう、走光性の原生動物のように、ただ熱を求めて潜行していった。

 クジラより深く潜る、深海古龍のように。

 殺意も目的もなく、ただ自分の存在を維持するために」

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