ランプと酒場


 領主の演説は、ダンスホールを出て、中庭で始まった。

 屋外は、屋敷の使用人や、兵士としての亜人に開放されているので、ドライアドがいても不自然ではない環境になった。

 しかし、リデュケは隅の方で、壁に並ぶランプの灯りの陰にいることにした。

 ヒルダは疲れた様子で、その柔らかい下半身に寄りかかっている。

 この国にはまだ連邦国のような煌々と明るいガス灯もなく、大量のオイルランプも、気だるい薄明りしかもたらさない。

 宴の酩酊した空気にあてられたのか、お酒はほとんど飲んでいないはずなのに、ヒルダの顔が赤くなっている。

 その顔を、リデュケの獣部分のドレスに押し当てて冷やそうとしている。そのままスカートの生地をフィルターのように使って呼吸するので、布が熱くなった。

 ヒルダがこんなに無防備な様子を見せたことはあっただろうか?

 リデュケは他人からここまで依存されたことがなかったので、どうしたらいいかわからなくなった。

 ただし、何もしなければ冷たい印象を与えそうなので、とりあえず後頭部に手を置いて、ほとんど摩擦が発生しない程度に、髪の流れに沿って撫でた。

 周囲からはどう見えているだろう?介抱しているメイドに思われていればいいが、それにしては服が派手すぎる。

 本当は、この退屈なパーティーよりも、もう少しヒルダが楽しめるであろう別のパーティーが開催されているのだが、疲れているようなので、リデュケはこのまま、領主の演説を聞くことにした。ヒルダが寝てしまったら、寝室まで乗せていこう。

 

「今宵は、この凱旋パーティーにお集まり頂き、ありがとうございます」

 領主の挨拶に、貴族や将校達から、ゆるやかな拍手が起きた。

「皆様のご支援の元、新たな転生者鉱山を、オークの手から取り戻すことができました。今回入手した転生者鉱山は、南東領域の奪還作戦において、大きな戦略的価値を持っています。

 この鉱脈は埋蔵量も大きく、前線に近い。この地から侵入者を一掃するために、転生者は文字通り、身を粉にして働いてくれるでしょう」

 聴衆から、笑いはかすかにしか起こらなかった。石に関する慣用句を使った冗句は使い古されて、皆飽きている。

「いささか尚早ですが、次の作戦についての話題から始めたい。

 南東の交易都市――かつては美しい運河を誇っていた、水の都シュトラスホルム。それを不当に占拠し、不遜な氷の居城を構えた、〝凍てついた軍勢〟と呼ばれている勢力。その玉座にいるのが何なのか、もはや皆さんならお察しでしょう。

 自らの活力に変えるために、周囲から熱を奪い続ける存在。冷熱源。それが一点に集中していることが、最新の観測で明らかになりました。これまで、人為的にレベリングした転生者には見られなかったほどの冷気が、一箇所から発生していたのです。

 それは、逃げ延びたわずかな生存者の証言を裏付けるものです。〝高レベル転生者のようなものを見た〟という。一般的な転生者化石とは違い、髑髏のような眼窩に、赤く光る双眸を持っていたそうです」

 領主は、一呼吸置いて続けた。

「〈むくろの王〉――我々は、それをそう名付けました。

 我々の敵の首領は、転生者なのです。それも、自我を持って、自律した」


 貴族からはざわめきが起きたが、リデュケは驚かなかった。

 敵地に、単体の高レベル転生者が存在している。軍の転生者特科では、早期に検討されていた可能性だ。

 ただし、それが自我を持っているか、そしてそれがリーダーであるかは、まだ確定していないはずだ。極寒の地と化した領域においても、魔族の呪術師は耐えられるだろう。彼らが独自の冒涜的な技術で操演する、ただの傀儡かもしれない。

 領主があえて、〈骸の王〉に自我があると断言する理由はなんだろう?


 領主が続けた。

「〈骸の王〉は、なぜ意識を持つに至ったのでしょう?

 転生者の、意識の有無の問題に関しては、我々の擁する古生物学者や脳科学者のほとんどが、〝揮発説〟に立っています。転生者は三億年もの間、意識を保つことなどできないと。それは、永劫の年月の中で希釈され、蒸発してしまったのです。鉱物と置換される過程で、その魂は、砂礫の間に流れ出してしまったのです。

 よって、意識が持続したという説は排除されます。残るのは、もっと現在に近い過去に、なんらかのきっかけによって、取り戻したという説です。そのきっかけとは、もちろんレベリングです。

 レベルを上げることで、転生者が生前の意識を取り戻すのだとしたら?意識だけではない。生前の姿と能力を、そして〈チートスキル〉の全てを、取り戻すのだとしたら?

 この仮説が導くのは、全ての転生者は、潜在的に、我々に仇なす存在になりうるということです。

 もし一定レベルを超えると、刻印による制御が効かなくなるのだとしたら。その転生者は、さらなる経験値を求め、殺戮を繰り返すでしょう。 

 私が、転生者を湯水のように〝大量消費〟し、商品として売却しているのは、この仮説が理由です。経験値の一極集中を防ぐこと。過剰なレベルアップの抑止」


 リデュケには徐々に、謎だった領主の行動原理がわかってきた。

 領主は、転生者を使い捨てること自体が目的だった。レベルを上げすぎないために、同時運用によって、経験値を分散させる。その分を、数で補おうとしていた。

 それは、ヒルダやあの武器商人と逆の戦略といえた。おそらくカルヴィンはその野望を隠しており、領主は自分の理念との矛盾に気づかないまま政略結婚を仕組んだのだろう。


 領主は話し続けた。

「考えてもみてください。もし、今地上に発掘済みの転生者が、全て目覚めたとしたら。すでに掘り出してしまった転生者は一万数千。これだけでも我が領地の人口を凌ぎます。どう養うのです。生前の姿を取り戻した彼らは、食料と土地を求めるでしょう」

 高レベルになった転生者が意識を持つというのは、ただの仮説にしか過ぎないが、領主はその前提のまま話を広げていく。しかし、リデュケはその想像を面白いと思った。転生者の、肉体としての復活。

「ただでさえ、オークに追われて東の大陸から押し寄せた難民を、我が領地は相当数受け入れています。我々は道義的に、彼ら難民を保護しなくてはならないからです。

 しかし、転生者についてまで、その義務があるでしょうか?

 何処ともしれぬ、異世界からの難民に対して。一度は自らの魂さえ、手放した難民に対して」


 転生者難民説。転生者は、カルヴィンや教会の言うような、人間を救うために遣わされた救世主などではない。逆に、助けを求めてやってきた難民である。それが、何らかの手違いで、まるで座礁した難破船のようになったのが、あの大量死である。

 そのシナリオは、リデュケにとっては、救世主説よりも幾分納得できるものだった。

 リデュケのスカートに顔を埋めていたヒルダが急に言った。

「要するに、転生者は便利。でも、高レベル転生者は怖い。だから、使い捨て。そういうことでしょう」

「起きていらしたんですね、ヒルダ様」

 その通りだとリデュケは思った。いつものように、ヒルダは聞いていないように見えて、要点は理解している。

 鉱山を所有しながら、適度に育ったものを輸入。育ちすぎたものは輸出。手に負えなくなる前に。

 まるで、亜人のように。

 傭兵としては活用するが、爵位は与えず、集団で定住はさせない。

 興味深いことに、領主は転生者と亜人を、全く同じように扱っていたのだ。

 人間とは異質なものとして。理解できないものとして。

 エルフに対する信仰も、同様に説明できる。畏怖の裏返しだ。

 カルヴィンのような野心とも、アキシュメラのような残忍さとも違う。

 領主に野望などない。ただ――

「異質なものが怖いだけ?」

 リデュケがそうつぶやくと、ヒルダはうなずいた。

「そう。わたしの母親も同じ。社交界という狭い世界を守るために、他の全てを排除しながら生きている。ドレスコードに縛られて。狭い領土の監視者」

 リデュケは何と言っていいかわからなかった。

「そして、それはわたしも同じこと」

「ヒルダ様は似ていませんよ。親子とは思えないほどに」

「いいえ、そっくりよ。オークも動く化石も恐ろしい。だから破壊するの。異質という意味では、魔族も優しいドワーフも同じだわ。理解ができないものは怖い。

 人間より強いもの、人間より美しいものが、怖い。だから、ときどきあなたでさえ――」

 にわかに聴衆から拍手が起こって、火の色に縁取られたたくさんの影が揺らめいた。領主の演説が終わったのだ。

 ヒルダはまだリデュケのスカートに顔を埋めている。泣いているのだったら、借り物のドレスが汚れてしまわないだろうか。

 このままの状態で寝かせるのも悪い気がした。

「ヒルダ様、ここは途中で抜け出して、もっと楽しいパーティーに行きましょうか。誰でも歓迎のパーティーへ」

「何それ。でも、お母様に見つかるわ」

「もう寝ると言ってきてください。それで私と一緒に自室で、地味な服に着替えて、わたしの背中に乗ったら、二階から飛び降りちゃいましょうか」

 夜中に抜け出すという悪戯に、ヒルダはすっかり眠気が覚めたようだった。



   ***


 街一番に大きな酒場は、亜人達で賑わっていた。

 グノームが料理し、ハーフウォーゲン(ウォーゲンは狼人間)の娘が給仕した。

 ヒューマンの下士官や兵士達が、お互いの武勇伝に興じ、刻印師や魔道士が意見を交換しあっている。

 しかし、今夜の客の半数ほどが、小柄な身体に大きすぎるビールジョッキを掲げたドワーフであることには、理由があった。


「今日は、ドワーフの偉大な冒険家にして、地質学、火山学、海洋学を修めた地球科学者のアーディンダール・ヘイゼンレスト氏が来ているんです」リデュケが言った。

「そう。どのおっさん?」

 ヒルダは近くの席に座っていたドワーフの編まれた長い髭を引っ張りながら言った。

「そ、その方です。すみません……」リデュケが代わりに謝った。

「あら、失礼。タウラスの結縄文書かと思ったわ」

「良いのだ、ヒューマンの乙女よ。今日は無礼講だ。そして、ドライアドの探求者というのは、君かね」

「は、はい。高名な方と会えるなんて、この領地に来たかいがありました」リデュケは恐縮した。

「そんなに偉いの?」ヒルダは髭をもみながら言った。

「わたしの地質学の知識はこのドワーフの著作から得たものなんです」

「はは、著作といってももう三十年前のものだ。今ではもう少し新しい研究をしておる。プレートテクトニクスならぬ、プルームテクトニクスだ」

「プルーム?」とヒルダ。

「立ち昇る煙みたいな意味の単語だが、その事例については、後で説明することになるだろう。それよりまずは、見てほしいものがあるのだ」

 ヘイゼンレストは、テーブルからジョッキをどけて、二枚の紙を広げた。

 一枚はリデュケにとって、やけに見覚えがあるものだった。

「これは、わたしが書いた地質図ですね?」

「その写しだ。黙って複写してすまんが、非常によく出来ている」

「ありがとうございます。でも、領主は鉱山の位置に関するこの情報を、門外不出にしていたはずですが」

「すでに鉱山を占拠した後だから、安心したのだろう。概ね、快く提供してくれたよ。ドワーフの傭兵達の契約を切るという脅しを、わしが匂わせた後でだがな」

「あのドワーフ銃兵達がいなければ、防衛作戦は成立しなかったわ」ヒルダが言った。

「彼らは、報酬分の仕事をしたまでだ、領主の娘よ。して、ドライアドの探求者よ。この図の、影の部分は何だね。どういう意味で記したのかな?」

「おそらく、空洞です。しかも、転生者層の最深部にある、正体不明の空間」リデュケが答えた。

「どう思ったかね?」

「よくわかりませんでした。誰かがこっそり転生者を採掘して、大量に持ち去るなんてことが出来ない深さです。鍾乳洞が出来るような地質でもないし、溶岩洞かと思いますが」

「ふむ。では次に、わしが西の大陸の巨大火成岩区を調査して作った、この図像を見てくれ」

 それは白黒の、写りの悪い写真のようだった。

「超音波による地中探査の結果の写像だ。この白い部分は、周りの火成岩と成分が違う。粗いが、何の形に見えるかね?」

「これは……」リデュケが見入った。

「ドラゴン!」ヒルダが言った。

「そう。この巨大な物体は、さっきの空洞とちょうど同じ大きさだ。そして、その材質は、転生者と同じだと、わしの観測機器は言っておる」


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