舞踏会①


 パーティーの当日。夜会の喧騒が舞踏場からヒルダの部屋まで聞こえてくる。

「時間ですよ。支度はいい?ヒルダ」

 部屋の外でヒルダの母が待っていた。

「ええ、お母様」ヒルダはメイド達によってドレスを着付けられている。

「わかっていますね?失礼のないように」

「婚約者候補の殿方達に、でしょう?わかっているわ」ヒルダはコルセットで締め付けられながらかろうじて声を絞り出した。

「どうだか。あなたが日頃やっていることは、幸せのためには何の役にも立たないことです。殿方に愛される方法を学ぶ頃合いでしょう。それなのに、ゴーレムの使役などに没頭して。家庭教師ガヴァネス介添え役シャペロンも、気味悪がって逃げてしまったではないですか」

「教師みたいなメイドはいるわ。魔法生物について教えてくれる」

「ああ、やめて。わたしは異種族なんて見るのも嫌」

「ごめんなさい。お母様」

「紳士の方々にもそんな話はしないように。お父様は、とても優秀な御曹司をご招待なさりました。許嫁に相応しい方。私もその方の経歴に不満はありません。もはや、我々の心は決まったようなもの。後はあなたの決心だけですよ」


   *


 大広間は人間たちでごった返していた。

 早々に、ヒルダは貴族の一人に話しかけられた。

 自己紹介がないところを見ると、すでに既知とされる相手のようだが、ヒルダは名前を忘れてしまっていた。

「オパール質の転生者、お気に召していただけましたかな」

 ああ、あの転生者をくれた侯爵か。ヒルダは転生者のことだけは覚えていた。

「ええ、とても」

「それは良かった。ちなみに、オパールはデリケートな石ですので、尖晶石でコーティングしておきました。とはいえ、保管の際には十分に気をつけるよう、そちらの執事に伝えておきました」

「お心遣い、感謝いたしますわ」

「して、そのような繊細な転生者です。どこに設置するのが適切でしょうかな?先程、領主様のご案内で、壮麗な大広間、美術室は拝見させて頂きましたが、私の差し上げた転生者は見当たりませんでした。もしや、自室……いや、レディーに対して失礼でしたかな」

「ご心配には及びませんわ。あの石は、立派にオークと渡り合いました」

「はい?」

「右腕にボウガンのニードルを刺して、何度も粉砕されながら、修復のチートスキルを使って、最後は見事、オークの命を奪いました。とても優秀な化石でしたわ」

「な、なんと」

「その際に、千の破片となって他の転生者と混ざり合い、今は地中で珪素を取り込んでいるところです」

 卿の顔が真っ赤になった。

「失礼させて頂く!」

「あら、パーティーは始まったばかりでしてよ」

 ヒルダが声をかけたときには、すでにその背中は出口に到達していた。

 このペースで〝撃退〟していたら、いつまで経っても花婿候補は見つからないだろう。


「無礼な御仁だ。高貴な方には似つかわしくない」

 声をかけてきたのは、暗いブロンドヘアーの、眼光鋭い男。文字通り、眉目秀でた美青年と言っていいだろう。

「カルヴィン・ヴァンディスと申します。ご機嫌麗しゅう、ヒルダ嬢」

 キザな仕草で、ヒルダの手の甲に口づけながら言った。

「あら、ご丁寧に。貴殿は、どの転生者をわたくしに送りつけたのです?」

 ヒルダは少し上機嫌で聞いた。この男に好印象を抱いたからではなく、先程の侯爵の様子を見ていたら、楽しくなってきたからだ。

「ハハ、私は装飾より実用。華美より機能美。兵装済み、レベル上げ済みの一個小隊を寄贈させていただいた。今は海の上、直に届くでしょう」

「ほう……」ヒルダは興味を示してしまった。

「しかも、最新型。半自律型で音声で命令でき、操演設備を必要としません」

「たしかに、それは即戦力ですわ」

 自律型というのが気になるが、単純に手駒が増えるのはありがたいと思ってしまうヒルダだった。


 海の向こう連邦国に、この領地から輸出された転生者。そのレベルを上げてから、別の場所に売り飛ばしたり、またこの地に逆輸入させる商売。

〈レベリング代行業者〉――それが、カルヴィン・ヴァンディスが起業した新しい商売の形なのだと、ヒルダは理解した。

 貴族からは蔑まれる、計算高い武器商人。まさかこの男が、父の勧める婚約相手というわけではあるまい。

 だから、ヒルダは少し会話に付き合ってやろうと思った。


「どのようにレベルを上げておられるのです?紛争地帯でアロータワーの射手にするとか?」

「残念ながら、それは企業秘密でしてね。もちろん、〝身内〟以外に対しては、ですが」

 身内になれば教えてやると?

「それに、いくら高名な〝リレサントの虐殺令嬢〟の貴女の前でも、少々血なまぐさい話になります」

 もう、そんな二つ名が付けられているとは。この男が勝手に言っているだけなのか、それとも貴族の間では定着しているものを、彼が無神経に暴露してしまったのか?

 まあ、好都合だとヒルダは思った。このおぞましい称号は、ヒルダの望むものを引き寄せてくれる可能性が高いだろう。唾棄に値する輩たちを。


 カルヴィンは使用人の運んでいたトレイからグラスを二つ掠め取って、一つをヒルダに渡した。

 ヒルダはシャンパンくらいなら飲んでもいいのだが、人混みにいると何も飲んでいなくても酔ったようになるので、まだ口をつけない。ヒルダは人がたくさんいるのが苦手だ。

「血なまぐさいのは構わないわ。続けなさって」

「しかし……」

「もし、私と懇親になりたいのであれば、秘密はないほうがよいでしょう」

 ヒルダがそう言うと、カルヴィンは少しためらった後、ウィンクをしながら小声で言った。

「家畜の屠殺です。あとは、罪人の処刑が少々」

 ヒルダは絶句して、グラスを取り落としそうになった。とくに後半部分に対して。当然予想されるべき育成法だが、まさか実行に移す者がいるとは思っていなかった。

 転生者の産地であるこの領地においてですら、旧態依然な気風が幸いしてか、少なくとも公には行われていない。

「もっと効率的な育成法も模索中ですが、なかなかキル判定というものが難しい。例えば、転生者に貯め池の水を抜かせて魚を全滅させる試みもされましたが、経験値は入りませんでした。そんな間接的な行動では認められないということでしょう」

「え、ええ。ご苦労はお察ししますわ。キル判定には苦労するところですわね」

 ヒルダはなんとか話をあわせた。この武器商人とずっと話し込んでいれば、両親が送り込んだ真の候補者を遠ざけられるかもしれない。

「それに何より、獲得できる経験値の量は生物の脳容量に依存するとの説があります。実際、家畜と人間では段違いです」

 カルヴィンは発泡酒を飲みながら言った。

 本当だろうか?脳容量とか言うわりには、神経組織すらない微生物でも微量な経験値が観測されていて、疑わしい。彼らはこの矛盾をどう考えているのだろう?

 いや、商人はそんなことに興味はない。リデュケやレーネセンのような変人だけが、原理などというものにのめり込むのだ。 


 黙考しているヒルダに、機嫌を損ねたと思ったのか、カルヴィンは謝った。

「失礼。淑女に対して、普通このような話題はしないのですが」

 ヒルダは、慎重に言葉を選んで話しだした。グラスを落とさないように、両手で持ちながら。

「私は、チートシステムには致命的な欠陥があると思います。システムを設計した何者かは、プレイヤーに報酬を与えるのは、敵と分類される存在を殺した時だけにするべきでした。デザインの怠慢です」

 カルヴィンはしばらく、それについて真面目に考える様子を見せてから、言った。

「たしかに、それは一理あります。経験値のソースを敵に限定しない現状のシステムでは、無関係な中立陣営を殺してでもレベルアップしようとするものが出てくるかもしれない」

 真摯な返事に、ヒルダは良心というものの存在を信じ始めた。

 それを裏切り、カルヴィンは思いついたように、人差し指を立てて言った。

「しかし、私には、システムに善悪を規定されることのない、現状の自由に対象を選べる状態に魅力を感じます。

 いちいち敵と指定しなくても、自陣内で、安全に、動植物を殺すだけで経験値が得られる。これは、全ての死が、ノーリスクで戦力を強化するための資源と化すことを意味します」

 資源。たしかにヒルダら転生者歩兵特科のメンバーも、経験値を資源と呼んできたが、自陣内に目を向けることはついに無かった。あの少佐でさえ、味方の経験値を無効化することは実行しても、味方を故意に殺して稼ぐことが可能だとは明言しなかったのだ。

「……たしかに、不可視の資源ですわね」

「そうです。今我々は、二つの新しい資源の鉱脈を発見したのです。一つはもちろん転生者化石。もう一つは、死そのものです。二つ目の資源は、一体どこに眠っているのでしょう?どこに潤沢な鉱床があるのでしょう?」

「潤沢な鉱床はありえません」ヒルダは断言した。「死者数は、人口に比例して緩やかにしか増大しませんから」

「素晴らしい着眼点だ」カルヴィンは大げさに称賛した。「だからこそ、優先的に確保すべき資源は、化石よりも経験値の方なのです。愚か者たちは今、転生者の原石の確保に奔走している。しかし、いずれ価格は紙切れ同然となるでしょう。無尽蔵と言っても良い鉱脈に、発掘用に加工した工業用転生者を再投資すれば、転生者は湯水のように湧き出てくるのだから」

 鉱山に群がる採掘用転生者が、山肌を削り、地形を変えながら自らの仲間を増やしていく様子をヒルダは想像した。

 ところで、彼は今〝無尽蔵〟と言った。どこから情報が漏れたのか、ヒルダの父によって軍事機密とされた78億体という埋蔵量のことも、彼はすでに知っているようだ。そして商売敵達に先んじて、経験値こそが重要だと目ざとく気づいた。

 結果としてこの貪欲な武器商人は、鉱山より先に、死という資源を独占することにしたのだ。殺戮の流通経路を。


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