最終章 呪いと願い

資源の呪い


 二日ほど風邪で寝ていた寝室のヒルダ。 

 同じく怪我をして寝ていた領主が、包帯とギプス姿で訪れた。ヒルダの母を伴って。

「リデュケはどこ?」それがヒルダの第一声だった。「また追放したの?」

「敵の頭領を倒した英雄だ。そんなことはできんよ。丁重に扱っている」

「そう……。よかった」

 母に支えられて、父は苦労しながら座った。

 ヒルダは気まずさに窓に目をやりながら言った。

「外が騒がしいわ……。何かしら?」

「工業用転生者の打ちこわし運動だ。元からいつ労働者の暴動が起こってもおかしくなかったが、戦時中でそれどころではなかったというわけだ」

「暴動……」

「全く。私が鉱山での仕事を与えてやったというのに、不満だと言うのか?義務を果たさない、ならず者たちめ」

 義務?例えばリデュケのように、一歩歩くだけで果実が食べきれないほど見つかる森に住んでいる民族には、生きるために果たす義務など何もないのに。

 しかし、労働によって成立する我々の森――大地から小麦が養分を吸い取ることで出来た楽園は、一度の地すべりで流れ去ってしまう。

「この領地は衰退していくのね。この家と同様」

「そうはならん。お前が継いでいくのだ。次期当主として」

「でもお父様、私は……」

「知っておる。転生者の魂を持っておるのだろう」

 ヒルダはシーツを握りしめてうつむいた。

「ごめんなさい。まるで取り替え子チェンジリングのように、あなたのご子息のいるべき魂の座を奪ってしまいました」


 転生者の依代となった赤ん坊の精神はどこへ行くのか?今のヒルダが異世界転生してこなければ存在したであろう、本来のクナーグ家の娘の精神は?

 二つの精神は融合して何も失われないという説もある。しかし、一度リデュケに詳細をぼかして聞いたところ、魂は絶対の個体であって、溶け合って混ざったりすることはないと言う。もしそう見えるなら、片方は消滅しているのだと。

 あるいは、クナーグ家の娘が、幼い脳に転生者の記憶を植え付けられ、自分を転生者と思い込んでいるだけで、魂の移動など発生していないのだろうか?

 しかしそうであっても、もはやそれは本来の娘の人格ではない。

 だから公式転生者とは、仮にどれだけ善なる存在であっても、全員が現地人の魂を押しのけて生まれてくる。ヒルダはそのことを侵略と形容したのだった。一つの小さな魂に対する。

 いずれにせよ、両親にとっては、無垢でまっさらな心を持った赤児を一から育てたいという願望があっただろう。それを、ヒルダは人知れず裏切り続けたことになる。


「いいのだ。お前は私の娘だ」

 領主はギプスをしていないほうの手で、ヒルダの手を握った。

「お父様……」

 ヒルダは少し感動してしまった。父アルベルトに心を開きそうになった。

 しかし、その暖かさは次の数秒間で失われた。

「なぜなら、魂がどうであろうと、お前の身体は我が一族の血を引いているからだ」

「血……」

「そうですよ。あなたと、そしてあなたの産む子供がクナーグ家の血を引いているなら、それでいいではないですか」母も同調した。

「そうだ。何も問題はない」


 ヒルダは内心、安堵とともに、嘆いた。

 ああ、彼らはわたしの魂を見ていないのだ。血が、遺伝子だけが重要であり、その器に宿るのが異世界からの得体のしれない流浪の魂でも関係がない。

 ヒルダの精神に何が可能で、何を知悉しており、何を苦痛とするかは問題とされていない。

 血統以外に興味がないのだ。

 だが、どうしてそれを責めることが出来よう?彼らはそのようにして血を繋いでいくことを最上の使命としてきたのだ。ヒルダと同様、人生をかけた願いとして。


「今までわがままを言って申し訳ありませんでした。わたしの望みは叶いましたから、後はあなた方の采配に従います」ヒルダはまるで人が変わったように、物語の中の理想的な娘のように従順に言った。

 ヒルダの願いとは、自分が生き残ることと、転生者たちを救うことだった。しかしそれは前半しか叶っていない。化石について調べていれば、無念のまま化石化した転生者達を戻す方法が見つかるかもとなんとなく思っていたが、それは甘い考えだった。仮に可能だとしても、彼ら全員を受け入れる土地はこの惑星のどこにもない。

 だから今も七十八億の化石は鉱脈の中で眠っている。元いた世界の総人口である数の化石が。

「そうか。ついにお前も貴族の娘らしい振る舞いが出来るようになったな。それを聞けば王もお喜びになるぞ。骸骨王のことではない。我々の、この地の国王が」

「国王?」

「王都からお呼びがかかっているのですよ。上手く行けば、王族の一員となれるかもしれません」母が言った。

「ハハ、それは気が早いだろう」

「わかりませんわよ。第ニ王子様がご興味をお示しとのことですから」

 父は、どの王子が美形かについて、母と冗談交じりに語った後、ヒルダに向き直って言った。

「しかし、過剰に強力なチートスキルを持っているお前が、王族の信頼を得るのは一苦労だ。この国では嫁入り前の娘が生活に役立つ魔法を学ぶ習慣があるとはいえ、お前のはいささか過大にすぎる。相手方を怯えさせてしまうだろう」

 転生者であることが明らかになった途端、怒涛のように押し寄せてくる、英雄をもてはやす展開。これから冒険の物語が始まりそうだが、ヒルダにとっては全て終わったのだ。

 あらゆる遊戯と同様、ルールの破壊はゲームの終わりを意味する。


「王侯達の不信感を払拭するには、お前の忠誠心・愛国心を証明しなくてはならん。

 信用ばかりは、どんな力でも得られない。そうだろう?」

「証明?どうやって?」

「お前がなにかするわけではない。ただ、聖人認定を受け入れるだけでよいのだ」

「聖人認定……」

 それは、教会によってなされる、最も栄誉あるとされる称号の付与で、主に高名な殉教者に、死後送られる。

 しかし国難を救った英雄として、というよりは転生者という強大な力をどう王権の元で位置付けるかを扱いかねたのだろう。地元の転生者信仰に紐づけて、なんとか処理しようという狙いではないか。(とはいえ教会にも分派があり、原理主義者達は転生者信仰を認めてない)

 軍の提供できる殊勲賞では、人民も納得してくれないだろう。殊勲賞は、異国からの傭兵でも獲得できるのだから。

 ヒルダは言った。

「そのような儀式一つで少しでも贖罪になるのなら、喜んでお受けいたします」



   *


 王都の大通りを、隊列を組んだ馬車が往く。

 その中の一台の黒塗りの客室に、少佐とヒルダが二人で乗っている。

 リデュケは少し離れたところを自分で歩いている。初めて訪れた王都を、興味津々で見回している。

 他の車輌は護衛だが、逆に、ヒルダ達を監視する役目もあるだろう。


 窓にもたれて王都の街並みを眺めていたヒルダが言った。

「あの人だかりは何?」

「リレサントでの暴動と同じ、労働者達です。ここ王都でも失業者が多く、デモやストライキが連日行われています」シェレカンが答えた。

「国全体が苦しい状態なのね。でも、なぜ?無尽蔵の鉱物資源があるのに」

「なぜかという問いに一言で答えるならば、為替レートの上昇による輸出産業の衰退であります」

「なんですって?」

 シェレカンの軍人らしからぬ言葉に、ヒルダは聞き返してしまった。

「転生者化石の輸出によってこの国の通貨の価値は高くなり、一時的に賃金は上がりますが、そのことは輸出産業全体の国際競争力を低下させます。

 そもそも資金や人材が、鉱山の開発や軍備に集中投入されていたところへそれですから、転生者産業以外の既存産業には大打撃であります。

 この国が誇っていた織物や魔導家具、高純度の魔石などの輸出産業の繁盛は、今や見る影もない。

 このような経済低迷は〝資源の呪い〟と呼ばれ、唐突に天然資源を産出するようになった国にはよく見られる現象であります」

「そう……。なぜ今までわたしは、そういったことに無関心でいられたのかしら」

「無理もありません。内政を気にせず、戦闘に集中できるようにお膳立てしてくれるのが転生者なのですから」


 廃棄された転生者化石が街の一角に積まれている。演目を精緻化すれば、戦闘以外にも使えるはずだが、意外と普及率は高くない。そもそも産出時の初期設定が殺戮向きなので、安全性に関する演目はゼロやマイナスから構築しなければならないからだ。

 今回の敵軍がもたらした悪印象もあり、市民からは便利さを上回る忌避感を買っているようだ。

 ヒルダはため息をつくように言った。

「転生者なんて、産出しなければよかったのかしら。この国にとって」

「フフ……。少なくとも今よりは裕福でいられたでしょうな。

 とはいえ、全ての資源産出国が〝資源の呪い〟に滅ぼされるわけではありません。鉱物を売って得た資金を他の産業に適切に投資すれば、成長を続けることができる。そのような前例もあります。しかし――」

 シェレカンは、やれやれという表情で窓の外、数ブロック離れてそびえる壮麗な王宮をみやってから続けた。

「しかし、ここの王様は未だに、大昔に失われた領土の奪還を夢見て、軍拡に資本をつぎ込み、国外の資本家からの信用を得られない。このままでは、今回の戦争でかさんだ借金を返す見込みもないでしょう」

「じゃあどうするの?革命?」

「もっと穏便な方法もあります。例えば、王国が連邦国に、外交の舵取りを委ねることです。

 あの凍りついた港町がありますね。敵に占領されていた、貿易都市シュトラスホルム。今、その復興費用を、連邦国が全額負担するという案が出ております。

 現状の王国からすれば、飛びつかざるをえない話でしょう。

 その代わり、その町を連邦国の保護領とする。氷が溶け次第、連邦国の大使によって統治される特区になります」

「それって、連邦国が今回の異種間戦争に乗じて、血を流さずに領土を手に入れたってことじゃない?」

「相応の対価は払いました。我々の支援なしではオークの第一波すら退けることが出来なかったでしょう」

「ふうん、まあいいけど。どこに統治されようが、市民が暮らせるなら」


 しばらくして少佐が言った。

「ああ……ところで、ヒルダ様が追い返した武器商人の話ですが。彼も、その特区に就任するようですな」

「へえ。どうでもいいけど」

「彼ら連邦国の資本家達が、王都にも発言権を持つことになります。名目上は、より適切な資産運用のアドバイスということになっていますが、実体は――」

 シェレカンはヒルダに身を寄せて、馬車の馭者にも聞こえない程度の声で言った。

「――搾取であります。実際のところ、王政は、連邦国の傀儡政権として維持されます」

 言い終えると満足そうに、背もたれに身を預けた。

「はっ。連邦国のあなたが、そんなことを言っていいの?」

「これは内情の漏洩ではなく、一般論からの予測を申し上げているだけでありますから」


 ヒルダは皮肉と思わずにはいられなかった。

 出来合いの操り人形を掘り当てたばかりに、国そのものが、大国の操り人形になってしまうとは。

 操り師に代わって、異種族との争いに身を晒す代行者として。


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