追放
今朝の辺境領リレサントの上空には、猛禽類の巨大な翼を広げた影が、等間隔に並んで旋回している。
それらは、〈骸の王〉との決戦に備えて王都から飛び立ちこの地に集結した、グリフォン騎兵なのだった。
それらは上昇気流に乗って帆翔しながら、羽ばたくことなく少しずつ高度を上げている。そして、十分な高度に達すると、急降下して螺旋の下端に並び直すということを繰り返している。
南の氷の城が、気象用語で言う放射冷却のような現象を起こしているため、このあたりの気流も不安定だ。それに慣れるための訓練だろう。
ヒルダが一人で転生者兵器の訓練場に行くと、シェレカン・アキシュメラ少佐を数日ぶりに発見した。まだ義手を新調していないのか、片方の袖を風になびかせて空を見上げている彼女に、ヒルダは声をかけた。
「王都にこんな強そうな空軍がいるなら、鉱山防衛戦で投入してほしかったわね。オークは対空を全く対策してなかったし」
少佐の返事。「王都は、ガーゴイルから市民を守るためにグリフォン騎兵を常駐させなければならなかったようであります。ガーゴイルに対処するには、ただの対空砲では不十分だったのでしょう」
ガーゴイルとは、氷の城から大量に送り込まれる、コウモリの翼を持った石像型モンスター。
その実態は、〈骸の王〉によって市民の死体が化石化されたものらしい。レベルアップこそしないものの、低レベル転生者並の自己修復能力がある。銃器などの対空兵器で迎撃されて損傷したとしても、教会の尖塔の陰など、人が昇ってこれない高所で石化して、建築物の石材を使って回復し、また人を襲う。
チートスキルの修復スキルのように迅速な回復ではないが、防衛側にとってはストレスになる。だから、同等の空間機動力のあるグリフォンで追い回して、修復速度より早く殲滅しなければならない。
王都は、そのガーゴイルの波状攻撃を退けたとみて、ようやくグリフォン騎兵を前線に投入する気になったようだ。
グリフォン達が急降下してきて、屋外演習場に降り立った。
着地前に勢いを殺すための羽ばたきの砂煙。それが収まると、騎兵を乗せた六肢の怪鳥は翼を畳んで整列しており、その勇壮さは、この国の国旗や各種のエムブレムの意匠に、頻繁に採用されるのも納得するほどだ。
リデュケが前に言っていたところによると、グリフォンはドラゴンとの近縁種らしい。鳥とライオンのキメラに見えるが、四肢に加えて翼が生えている六肢型の体制はドラゴンに似ている。嘴があるのも収斂進化だそうだ。鳥類は四肢型の古龍から進化したのだから。
今朝はそのリデュケがいないことにヒルダは気づいた。いつものクソ長い解説が聞けないのはそのせいだ。
「シェレカン、わたしのメイドを見なかった?」
「我々は昨晩、あれを追放しました」
「何ですって?あなたが……」
「自分の判断ではありません。領主様の命令です」
「お父様が、一体なぜ?リデュケが時代遅れの異国人のフリをして、婚約候補を誤訳に見せかけて煽りまくったから?」
「それは見ものでしたでしょうな。自分は理由については聞いておりません。誤解なきよう、自分はあのドリアーデを高く評価しております」
「そうなの?」
「アレがやった防衛戦での奇策は、興味深いものでありました。防衛用の固定砲台が同コストの歩兵より優秀である現状、それを敵陣近くに高速建築するというのは、奇抜だが検討する価値のある戦術であります」
「なんだか、アホっぽい作戦に思えるけれど。敵が索敵しない間抜けじゃないと通用しないでしょ」
「自陣近辺の偵察をおろそかにする者は結構いるのですよ」アキシュメラは物知り顔で言った。
猫みてーな口しやがって、とヒルダは思った。
「お父様に直接聞いてくる」ヒルダは屋敷に向け踵を返した。
「そういえば、ヒルダ様」アキシュメラが思い出したように言った。「最近、面白い
まるで猫どころか、爬虫類のような微笑み。良からぬことを考えているようだ。
*
「あのドライアドなら、たしかに解雇したよ。追放とは表現が悪い」
ヒルダの父である領主は、執務室で言った。
「理由か?まず彼女は、我々とヴァンディス卿との商談を混乱させた」
「あれは彼女ではなく、わたしの意思よ」ヒルダは領主をにらみながら言った。
「それは残念だ。ヴァンディス卿はすでにこの地を去って、王都と商売することにしたようだ。しかし、解雇の理由はそれだけではない。鉱山の情報をドワーフに漏らした疑いがある。軍事機密だと念を押しておいたはずなのだが」
たしか、ドワーフが独自に人間軍に圧力をかけて複写を入手したという話だったはずだが。でもリデュケとドワーフは鉱山について色々と情報共有しているので、漏洩と思われても仕方ないだろう。弁解は難しい。
領主は続けた。「お前のお気に入りのメイドだったな。しかし安心せよ、条件付きで復員も認めてある。あのドライアドには、戦力の損失分を埋め合わせる義務がある。だから私は彼女に、エルフに援軍を要請するように求めた。もし援軍を引き連れて戻ってきたなら、喜んで再び迎え入れようではないか」
領主は歓迎のポーズを取った。
「エルフ?」ヒルダは驚いた。「あの引きこもりの連中が、応じるとは思えないけれど」
領主は言った。「エルフがもし、この危機にも無視を続けるなら……それこそ非人道的だと思わんかね?高度な文明を持ちながら、すぐとなりの国で我々が血を流しているのを、見て見ぬふりとは。もし我々から接触できれば、我々の存在を認知させることができれば、何らかの支援があってもいいはずだ」
「二百年も非干渉を貫いてきたのに?」
「この戦争――歴史上、初めて転生者が使われた戦争は、エルフの長い歴史にも類を見ない事件のはずだ。ヒト型知性種族が未だかつて経験したことのない事件に、無関心を決め込むことができるだろうか?」
ヒルダはその援軍には期待できないと思った。人間が鉱脈を掘り当てるはるかに前から転生者について知っていたのに、操演盤を黙って置いていっただけのエルフには。
でも、とりあえずリデュケが追放された理由が知れて、ヒルダは少し安心した。もっと重い処遇もありえたのだ。
用が済んだので去ろうかというとき、領主は言った。
「もちろん、あのドライアドが優秀な傭兵だったというのは、聞き及んでいるよ。探鉱調査のために雇っただけなのに、予期せぬ副産物だったが。
少なくとも、我が娘をそそのかし、拐かすことを許すために、我が領地に置いていたわけでは無かったことは確かだ」
「お父様、あの武器商人の方がとても興味深いことを仰っていました」
「ほう、何だね?」
「貴族と罪人が提供する経験値は、全く同じ量らしいですわ」
ヒルダは領主の顔を振り返らずに立ち去った。
唯一の救いは、リデュケがまた青い転生者の頭部からアンモナイトを持ち去っていたことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます