作戦会議
薄暗い
なぜか中央にグランドピアノが鎮座しており、少佐はそれに向かって命令した。
「演奏。〈EM20〉」
グランドピアノは例によって変形し、戦域全体を映す大型の操演盤となった。光の粒子は、小型の操演盤よりも広域を描画している。
その光源に下から照らされて、皆の顔が通常とは逆の陰影を持っているのが、リデュケには少し面白い。暗い室内と人々の表面に、光の格子は寄せては返し、文字通り
「たしかに北の第四タワーの転生者にレベルの上昇が記録されているな」
少佐が広域操演盤を操作し、当該タワーを拡大した。
人間軍の防衛の要である無人防衛施設〈アロータワー〉。鉄の矢を連続で射出する単銃身のニードルガンを設置してあり、搭載された転生者はその照準と、赤熱する銃身の冷却を担う。
「弾薬も消費されているので、確かに何かを射殺したようです。野生動物の可能性もありますが」通信兵が言った。
「獣の経験値は低く、レベルが上がるほどではない。魔獣も狩りつくされている。オークの偵察兵と見ていいだろう」
「しかし、以降弾薬は消費していません」
「タワーに一体ずつ突っ込んでくるほど敵も馬鹿ではないということだ。次に来る時は本隊だろう。私が敵なら、要塞の建築中、つまり今を狙う」
「いつ来てもおかしくないということですね」とレーネセン。
ヒルダが不満そうに言った。
「もう大規模戦なの?もっとレベル上げする時間が欲しかった」
「どうレベリングするつもりだったのです?」少佐が尋ねた。
「どうって、前みたいな遭遇戦で少しずつ狩っていくのかと」
「ヒルダ様、オークは配置されるモンスターではなく、軍です。軍が適当な人数を一定距離を空けて配置し、各個撃破されるのを待っていると思いますか?」と、少佐は意地悪く微笑んだ。
「むむー」ヒルダがふくれっ面をした。かわいい。
少佐は続けた。「我々にとってのレベリングの成功というのは、相手の立場からすれば戦力の逐次投入という失策そのものです。来るなら鉱山を掘って得られる戦力を溜めて一気に来ますよ。
「でも、この前は……」
「先に幾つかの小規模な遭遇戦でヒルダ様が倒したオーク達は、単なる威力偵察だったのでしょう。それで彼らも転生者歩兵の能力を知った。レベリングという概念を覚えたのです」
「……」
ヒルダは黙り込んでしまった。たしかに、オークでレベル上げをしようとすると、オークに〈チートスキル〉を見せることになる。ならばどうすれば良かったかと言うと――とリデュケが考えていると、少佐が結論を先取りした。
「だから、我々も早めに狩りをしてレベル上げしておけばよかったと何度も申し上げたのです。オークがしていたように――」
少佐が言い終わらないうちに、ヒルダは操演盤を拳でバンと叩いた。みしりと嫌な音が伴った。
「中立種族でのレベリングの話はやめてと言ったでしょう、シェレカン」
ヒルダが今まで見せたことのない剣幕にリデュケはたじろいだが、レーネセン主任技師は替えの効かない木製の精密機械のほうを心配しておろおろしていた。
少佐は動じずに続けた。
「そうやって、選り好みするからです。敵――つまり、“殺してもいい生物”だけを殺してレベリングしようとするから。殺しても良心が痛まないという意味では理想的な凶賊であるゴブリンも、先に狩られてしまったではないですか。人を襲う危険な魔獣も、皮肉なことにこの国が前世紀に苦労して排除したせいで、遠い奥地でひっそりと暮らしている。ですから……」
「だからといって、関係のない、無害な生物を殺してまでレベリングするとは言ってないわ」
盤上の光を挟んで対峙する二人、その二対の瞳には盤面の光が矩形のまま映り込んでいる。凛然とした決意の瞳と、猫のように気まぐれな瞳。
転生者で戦う者は、経験値源として敵意のある生物の出現を望む。そこには何かの倫理が欠落している。ヒルダはそれを嫌ったのだろう。
ヒルダがそのような独自のルールを持っていたとは、リデュケは知らなかった。しかし、経験値効率という意味ではシェレカンの言う通りである気がする。敵かどうかに関わらず殺して回るオークにとっては、全ての生物が経験値源になる。
文字通り、全てなのだとしたら――リデュケは小声で、疑問を主任技師にぶつけてみた。
「あの……では、転生者を使って植物や動物を大量に殺すとかすればいいのでは?」
「それは非効率的で、自国の自然資源へのダメージが無視できなくなります。なぜか一般的に、ヒューマノイドを殺すほうが経験値効率が良いのです。理由は分析中です。もっとも、転生者が実際に得ている経験値量は、内部状態をモニター出来ないので数値化が困難です。レベルアップの際の輝きを頼りに調査しています」
「へえ……」
ヒルダが迷走する話題をまとめにかかった。
「戦争の中でレベリングするしかないわ。もともとそのつもりだったし。〝敵〟だけでレベリングするのよ。いいわね、シェレカン」
「仰せのままに、お嬢様。結局のところ経験値とは、いわば鉱山と同じ、一種の資源であります。それらの資源を外部から集約する
少佐は立体映像を縮約させ、さらに広域を映した。〝今あるもの〟――地形を確認しようということだろう。
「この鉱山は切り立った岩壁、つまり天然の城塞で囲まれており、防衛すべき方向は限られている。その方向を、我々は三層の城壁で塞いでいる。城壁の各所には〈アロータワー〉や〈アルケーンタワー〉が、死角を補い合う間隔で設置されている。つまりオークは、その三層を突破しなければならない」
さらに少佐は、盤上遊戯の駒を開始位置に並べるように、光の輪郭で象られた自軍の兵科の模型をマップに配置していった。細部までよく出来た立体の像だ。
「こちらの手駒は、転生者を前衛に、ドワーフ銃兵と魔術師が後衛。人間の騎士は前面に出ず、後衛の近くに留まり彼らを守る布陣。全員、タワーの射程内で戦うこと」
「タワー
大尉である騎士隊長が言った。転生者が登場するまでは武勲を賭けて前衛を担っていた血気盛んな鎧騎士も、今や最後尾までポジションを下げられている。
「それが拠点防衛です。問題はその籠城を崩す方法を相手が持っている場合です」
「攻城兵器か。その脅威さえ排除できれば後は待つだけね」
「待つだけで良いのですか?」リデュケが訊いた。
「食料が尽きるより、鉱山から採掘される転生者が増えるほうが早い。敵が鉱山を持っていたとしても、こちらより埋蔵量は少ないはず。だから転生者の数は時間が経つほどこちらが上回る。持久戦になったらこっちの勝ちよ」ヒルダが説明した。
「なるほど」
「加えて、攻城兵器は名実ともに前世紀の兵器であります。我々の防衛搭は転生者のチートスキルによって自己修復する。多少の石礫を投げられたところで攻略できる砦ではない」と少佐。
「こちらが有利のように聞こえますね」とリデュケ。
「防衛は常に有利さ」
「ふむ」単純化がすぎるようだが、覚えておこう。
「こちらの布陣はわかったわ。相手の手駒は?」
「オーク軍・通称〈
牛頭の巨人種族タウレンを盾に、オーク斧兵を主力歩兵として、トロール首狩族が遠距離攻撃。オーク・シャーマンなどの呪術師も控えている。」
また光で出来た模型が並べられた。サイズ比も再現してあって、楽しい。怒り肩のオーク、凶刃で武装した細身のトロール。ひときわ大きなタウレンはミノタウロスのような種族で、トーテムポールを担いでいる。かっこいいので部屋に飾りたい。
「いかにも原始的ですね」レーネセンが言った。
「とはいえ、この編成で東の同盟国を攻略し、船を奪ってこの国まで来た。彼らの肉体と精霊魔法は近代兵器にも通用するということだ」
「東の王国は、転生者を保有していなかったのでしょう。我々とは条件が違う」
「その通りだが、敵も転生者鉱山を保有し、採掘していることがわかっている。どのような使い方をしてくるかは予想できん」
「まあ、敵についてはそんなところだろう」
わりと早くブリーフィングは終わりそうだ。なんでも、資源と糧秣の準備つまり兵站こそが戦争であり、実際に開戦してから取りうる選択肢はそんなに多くないとのこと。良い鉱山を占拠した時点で、すでに決着は八割方決まっており、後は実行するだけ。
大尉が言った。「しかし、高官が到着しないうちから開戦とは……」
ヒルダの父である大佐含め、高級将校達はまだ到着していない。
少佐はほくそ笑んで言った。
「好都合だ、大尉。我々連邦国軍だけのほうがやりやすい。転生者を降って湧いた天然の財源程度としか考えていないこの国の貴族将校たちには、投資という発想がない。転生者はそれ自体は石ころだが、戦場に再投資することでより多くの戦力を得ることが出来る資本なのだ」
「まるで商人だな?少佐」
そう言いながら指揮所に入ってきたのは、仰々しい何ダースもの勲章をつけた王立陸軍の旅団将軍だった。ヒルダの父である大佐もいる。鉱山の裏ルートから、ようやく到着したのだ。
王都はここリレサントを支配しようと辺境方面軍の形で官僚を派遣し、連邦国はこの国そのものに同じことをしようとしている。
「これはガリツォス将軍」少佐は歓迎のジェスチャーをした。「これからは軍人にも、商人のような才覚が必要だと申し上げていたところであります。戦争はダメージ
「ふん」将軍の表情と口ひげが連動した。「君の玩具の兵隊は、そこで流通する貨幣ということかね」
「悪貨であります。いずれ良貨を駆逐するでしょう。鉱山から直接産出されるという意味ではさながら金本位制ですが、実態は異なる。金の価値は転生者のように、勝手に変動しませんから」
リデュケには人間の経済のことはよくわからないが、おそらく少佐はそのうち転生者歩兵が人間の歩兵に取って代わると言いたいのだろう。そして、それはありそうなことに思える。
「確かに肉壁、もとい石壁程度の役に立つのは理解できる」将軍が言った。「しかし、転生者が敵大将を殺して、誰が勲章を受け取るのだ。演目の彫師か?操演者の子供たちか?戦場に控える〈騎士〉の称号が形骸化してしまう」
「ああ、この国には未だ、古き良き封建制が残っていたのですな」
「ただでさえ凋落しつつある騎士階級や諸侯にとどめを刺すのが転生者だ。貴族が弱体化して次に力を持つのは王か、民衆か。国土を守れても、国家が崩壊する」
少佐の返事は身も蓋もないものだった。
「転生者という存在が無くても同じ運命だったと思いますが」
「減らず口を。玩具は任せたが、歩兵の指揮は我々が取る」
「了解致しました」
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