転生者鉱脈


「よくやってくれた」

 ヒルダの父であり、この地の領主――アルベルト・クナーグ・アヴ・リレサントは、会議室にリデュケを呼び出して言った。彼は貴族将校であり、領主と大佐を兼ねている。

「君が指定した地点の下から、転生者鉱床が見つかった」

 領主は壁の大きなコルクボードに鋲止めされた周辺地図を背にしている。胡散臭い口ひげは、心なしか上向きにはねている。上機嫌のようだ。

 長机には軍の将校達が列席しており、ヒゲの形状のバリエーションも豊富だ。分類して標本箱にピン留めし、陳列室に飾るべきだろう。

「我々の地質調査員に先駆けて、ほとんどの鉱脈を同定するとは、見事な手際だ」

「こ、光栄です」人間領に来て初めてこんなに褒められて、リデュケは照れた。

 やはり、転生者という鉱物資源に対する人間族の欲求に目をつけてよかった。


 この数日間を思い返すと、リデュケは一人で転生者鉱床の探鉱作業に専念していた。ヒルダは危険だということで、登山が禁止されていた。

 口の悪いヒルダだが、なんだか独特な世界観を持っている。なんとなく話していると何か新しいアイデアが浮かぶ気がするので、彼女無しの作業は寂しいものがあった。


 鉱山探査の手順は、まず地形の高低と、地層の年代を考慮した地質図を書くことから始まる。それはつまり、二次元の平面図に、高さと時間次元を付与した、いわば四次元の図だ。

 次にその図を見ながら、ある地点の地層の傾斜と範囲の情報を、別の場所に当てはめて、露出していない部分の構造を推理する。

 転生者化石を含む地層に当たりをつけたら、地震探査に移る。槍を地面に挿して爆破し、ドワーフの作った受信器で反射してきた弾性波を計測して、数値を岩盤等の形として解釈する。爆破するだけなら爆薬でいいのではないか、と思われそうだが、魔法で制御された化学反応は、特殊な衝撃波が均一に出るので観測精度が高い。

 ドライアド特有の地形踏破能力も相まって、人間やドワーフの探鉱者よりも早く新鉱山を発見することが出来た。


 地震探査の過程で、奇妙な発見があった。深部空洞である。

 転生者が埋没した層の最深部に、極めて密度の低い場所があることがわかったのだ。そこだけ転生者がごっそり抜け落ちているようで、空洞のようだったが、その空間の正確なサイズや形はわからなかった。盗賊が盗みに入れるような深度ではない。

 もしかしたら重要な謎が隠されているのかもしれないが、現状、これ以上の調査方法は無い。この空洞の正体がわかるのは、鉱山を占拠した後になるだろう。

 だから、鉱山の防衛を手伝わなければならない。


 領主が、リデュケが提出した紙束を見ながら言った。

「ところで、この報告書にある、君が算出したという化石の総埋蔵量だが……78億体というのは確かかね」

「はい」リデュケは認めた。「各所の鉱脈を足し合わせた質量は、概算で4億6千8百万トン。78億人分の死体ということになります」

 将校たちはざわついた。

「78億?」「そんなに多いのか」「多くとも数百万という話ではなかったのかね?」「前世紀では数千体と言っておったのに」「転生者を救世主として信仰する国教会がなんと言うか。救う対象より多くてはあべこべだ」頭を抱える者もいる。

「あなたがた人間族の総人口は現在10億に満たないですから、およそ10倍ですね」リデュケが淡々と補足した。

「准尉、このことを我々以外に口外したかね?」領主が訊いた。

 リデュケはしばらく自分が呼ばれていることに気づかなかった。功績が認められ、准尉という役職名がついたことを忘れていた。いきなり階級が高いのは、転生者兵器特科の主任技術士官が自分の直下に置きたいと言ったからだ。

「……い、いいえ。誰にも知らせておりません」

「よろしい。これより埋蔵量についても機密事項とし、漏洩した場合は罰が科せられる」

「ええっ」リデュケは蹄でつま先立ちになった。

「考えてもみたまえ。枯渇の心配がないと知れたら、高額に設定している価格はどうなる?いまや我が国の輸出産業は、転生者で成り立っておるのだぞ」

 領主は諭すように言った。

「しかし、今隠しても近いうちに世界中の知るところとなるでしょう」

「だからこそ、それまでに原石を売り抜くのだ。わかるだろう?」 

 転生者化石は様々な顔を持っている。研究対象であり、鉱物資源であり、兵器。しかしリデュケは、商品という側面を忘れていた。

「わかります」リデュケは素直に従った。


「さて、新鉱山の防衛についてだが。採掘を始めると当然、オーク軍に知れるところとなる」

 領主は地図上の鉱山の地点を赤くマークし、言った。

「我々はここを要塞化する。枯渇するまでに十分出費のもとが取れるだろう」

「要塞ですか?今から建設するとなると、かなり気の長い話ですね」

「転生者を使えば何ということはない。単なる重機として運用するのはもちろんだが、〈再演〉というチートスキルを使うことで、さらなる高速建築が可能だ」

「〈再演〉……?」

「建設が始まったら、自分の目で見るがよい。この高速建築が人間種の最大の強みである防衛施設と合わされば、魔法種族どもは誰がこの地の支配者であるかを思い出すだろう」

 そこまで言って、領主はリデュケも魔法種族であることに気づいた。「おっと、失礼。魔法を使えないヒューマンは、こうやって領土を広げてきたということだ」

「ええ、そうですね」


 リデュケは会議室を出て、溜息をつく。おっさんたちの会議に巻き込まれてつらかった。リデュケはそもそも所有という概念がよくわからない。そういう根本的なところから馴染めないのだ。



   *


 リデュケはヒルダの部屋のドアをノックした。

 今日から鉱山要塞の建設が始まるので、操演者を連れていかなければならない。転生者兵器を使って、無防備な建築中の要塞を防衛するためだ。

「なんだ鹿か……」

 ヒルダはジト目でむすっとしながらドアを半ば開けて言った。なんだか目の周りが赤い。かわいい。

「準備するから入りなさい」ヒルダはむすっとしたまま言った。

 一人で着れない奇妙な構造の服を着せる手伝いをしたあと、遠出のための荷物をカバンに詰める令嬢をリデュケは見守った。メイドとして仕えているのだから当然だが、毎日このようにお世話をしている。

「ご自分で出来ますか?お手伝いしましょうか?」

「いい……」

 そう言ったきり、ヒルダは服の候補――すべて青系統の色で統一されている――をベッドの上に並べてじっと見つめたまま、動かなくなってしまった。迷っているというより、ぼーっとして、心ここにあらずといった様子だ。

「大丈夫ですか?具合が悪いのなら、今日はやめておきましょう」

 リデュケは心配して声をかけたが、ヒルダはそれに背を向けたまま言った。

「夢を見たの。たくさんの船が沈む夢を」

「たくさんの船?」

「それを、わたしが浜辺で見ている。一人っきりで」

 なんだか、寂しい夢だ。それにこの領地には海は無いから、記憶でもないだろう。船といえばこの前、神話の方舟の話をしたことが思い出される。

「へえ。何を暗示しているのでしょうね。わたしは夢占い師でも、心理学者でもないので判りかねますが……」

 リデュケは大陸で流行っているらしい夢分析でも調べておけばよかったと思ったが、きっと比喩という暗号の鍵は本人の中にしかないので、そう言ってお茶を濁した。

 ヒルダは不意に、別の話題を切り出した。リデュケの位置からは、半分振り返った令嬢の長い睫毛だけが見える。

「78億体って本当?」

「化石の数のことでしたら、本当です。機密とのことですが、もうご存知なのですね」

 青い服が敷き詰められたベッドの海原、旅行かばんはその波間に浮かんでいる。ヒルダはそれをしばらく見つめてから言った。

「彼らの世界は……転生者の世界は、滅びてしまったのかしら?」

「なぜそう思われたのです?」リデュケの耳が少し跳ねた。

「78億という数字が、彼らの世界の総人口だったら?」

「ふむ?」

 リデュケにはそういう発想がなかった。単にランダムな大きな数字としか思っていなかった。しかしヒルダは世界がまるごと落ちてきたようなイメージを持っている。まるで、方舟に乗っていたのが転生者たちとでも言うように。

 救世主ではなくむしろ、救いを求めてやってきた流浪の民族。その船が、ニヴィエス山脈の銀嶺に漂着し、大水が引いた後も朽ちることなく残っている……。

 情景としては美しいと思ったが、リデュケはヒルダの悲観的な推測を否定することにした。

「少し現実的でないように思います。彼らの世界が我々のものと似ているとして、そのような多すぎる数字は、人口調整が上手くいってないことを意味します。進んだ文明では考えにくいことです」

「そ、そうね」ヒルダは取り繕うように言った。

「ヒルダ様、1つの文明が終焉することはそう簡単ではありません。それが想像されやすいのは、想像しやすいからです。シンプルで、誰にでも言えるからです。

 どんな預言者も物理学の新理論は予言しようとしませんが、世界の終末はこぞって描写したがります。それは彼らにも理解可能だからです。異種族が野蛮な侵略者だという言説が浸透しやすいのも、愚かな異人エイリアンのほうが想像しやすいからです。無理もありません。自分たちより賢い異種族など、どうやって想像すればいいのでしょう?

 転生者達の世界の文明も、そんな愚かではないはずです。もっと複雑で、優美な文化を持っていたはずです。きっと我々よりも」

「そうね。そうだったら素敵だわ」

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