第31話 決着

「……よし」


 わたしは声を出して気合を入れると、待ち合わせ場所へと向かった。時刻は昼の十二時前だけど、分厚い雲のせいで薄暗い。最近ずっとこんな天気だ。そろそろ雪が降るらしい。


 途中、ちらちらと周りを見ながら歩く。また前みたいに、奏人君が突然現れるんじゃないかと思ったから。

 結局、何事もなく待ち合わせ場所に着いた。奏人君の姿は見えない。なんだかほっとしたような気分になって、広場の端の方で待つ。


 今日こそ、決着を付けなきゃ。具体的にどうすればいいのか、いまいち分からなかったりするけど、とにかく……。


「やあ」

「ひゃ!?」


 突如、右肩に手を置かれる感触があって、わたしは飛び上がるほど驚いた。

 慌てて振り返ると、わたしの肩に手を回した奏人君が、蠱惑こわく的な笑みを浮かべながら言った。


「今日もかわいいね、茜」


 わたしはうろたえながらも、なんとか言葉を絞り出す。


「奏人君、そう言うキャラじゃないでしょ……」

「もっと強引な方がいいか?」


 そう言って、ぐいっと体を引き寄せられた。首筋が、熱くなるのを感じる。


「い、行きましょう」


 わたしはきっぱり言うと、逃げるように身を引いた。

 奏人君は、残念そうな顔をしながら、わたしの手を取る。そのまま、指を絡めるように握る。恋人繋ぎだ。


 歩き出しながら、わたしはちらりと相手の顔を盗み見た。今日の奏人君は、なんだかすごくテンションが高い。上機嫌……ううん、緊張してる?

 何か重大なことを、やろうとしてるんだろうか。それはわたしにとって、いいことなんだろうか、それとも悪いことなんだろうか。

 ううん、そんなの関係ない。わたしはわたしのやるべきことをやらなきゃ。


 お昼ごはんは、近くのイタリアンで食べた。パスタが美味しいお店だったらしいけど、味なんてほとんど分からない。いつ何をすればいいのか、ずっと考えている。

 うう、もう少しプランを考えておけばよかった。真理と相談する機会もあったのに……あの時は、とりあえず会えばなんとかなるなんて思ってた。


 店から出たところで、奏人君がおもむろにこう言った。


「茜、体調悪い?」

「いえ!」


 思ったよりも大きな声が出てしまって、わたしは慌てて口を塞いだ。奏人君に不思議そうな顔をされてしまう。うう。


「それならいいけど。これからドライブの予定だから」

「車持ってるんですか?」


 わたしはちょっと驚いた。大学生で、車なんて買えるのかな?

 すると、奏人君は笑いながら言った。


「いや、レンタル。就職したら買うつもり」

「へえー」


 なんて話をしているうちに、駐車場に着く。奏人君が乗り込んだのは、小さな青い車だった。デザインがかわいらしい。


「ゼンさんみたいないい車じゃなくて悪いけど」

「いえ、ありがとうございます」


 わたしはにっこりと微笑む。二人でドライブってだけで、嬉しい。


「タブレットに写真入れて持ってきたから、見てていいぞ」


 車のエンジンをかけながら、奏人君が言う。彼の手は、助手席の正面を指さしている。ええと……。


「ここ」


 奏人君は、身を乗り出して小物入れを開けた。あ、そこが開くんだ。わたしは体を縮こまらせる。


 タブレットを起動すると、既に写真アプリが立ち上がっていた。『森』という名前のアルバムが表示されていて、中にずらりと写真が並んでいる。わたしは画面をスワイプして、ざっと眺めた。


 意外(?)にも、かわいい花や、綺麗な鳥の写真が多い。カメラがいいのか、奏人君の腕がいいのか、どれもまるで目の前にいるかのように生き生きとしている。

 花とか鳥とか、好きなのかな。奏人君の横顔をじっと見つめていると、ちらりと不審げな視線を向けられる。


「なんだよ?」

「いえ」


 わたしはくすりと笑った。


「ほんとに森によく行くんですね」

「ああ」


 日付を見ると、ほとんど毎週行ってるみたい。写真を撮るのが趣味だとは聞いていたけど、こんなに凝ってるとは思わなかった。


「そんなにたくさん撮るものあるんですか?」

「もちろん。季節や天候で撮れるものが全然違うからな。もちろん場所も」

「へえー」


 わたしは感心してしまった。

 その後も、写真を見ながらいろんなことを聞いた。どこへ行ったのかとか、どうやって撮影するのかとか。


「あ」


 カーブで手が滑って、写真アプリが閉じてしまった。わたしはちらりと横を見たけど、運転中の奏人君に操作してもらうわけにもいかない。

 これかな、と適当にアプリを立ち上げる。そして、


「……!」


 画面に現れた写真を見て、わたしはぎょっとした。……コスプレ? しかも、女の人……?


 わたしは慌ててアプリを閉じる。ごまかすように、タブレットを小物入れに仕舞った。奏人君には気づかれなかった、と思う。


 今の人、誰なんだろう。ずいぶんたくさん写真があったし、撮影場所は誰かの部屋みたいだった。絶対、通りすがりに撮ったとかじゃない。

 それにあの服、メルヘンライフオンラインで見たような気がする。もしかして、もしかすると……。


「ルージュと二人で遊んでんの?」


 不意打ちの質問に、わたしはぎくりとした。

 なんで、そんなこと聞くんだろう。遊んでると、何か困るのかな。

 例えば……ルージュさんとの関係が、ばれると困るから、とか?


「……たまに、遊んでますけど」

「リアルで会ったり?」

「え、まさか」


 そこまで仲いいわけない。まだ会って一か月ぐらいだし。

 すると奏人君は、安心した表情で「そっか」と呟いた。……何なんだろう。


 考えにふけるため、わたしは窓の外に目をやった。いつの間にか、車は山道に入っていた。

 流れる木々が、視界を埋める。いつものように、思考はぐるぐると渦を巻いている。でもだんだんと、渦は一点へと集まっていく。


「もうすぐ着くぞ」


 奏人君が言う。道の先に、大きな駐車場が見えてくる。あれ、もしかして……。


 車が止まって外に出ると、疑いが確信に変わった。ここ、オフ会の時に来た展望台だ。酔ってて道は覚えてないけど、間違いない。


「昼も綺麗だろ」


 奏人君が自慢げに言った。

 前は夜景だったけど、今日は街の様子がよく見える。遠くの海は、太陽の光をきらきらと反射している。車が列になって進み、船はゆっくりと動いている。綺麗だ。


 でも、景色に目を奪われていたのは、ほんの少しの間だけだった。


 わたしは、隣に立つ奏人君に体を向けた。何かに気づいたように、奏人君もこっちを向く。


 潤んだ瞳を、真っ直ぐと突きつけながら、わたしは言った。


「好きです。わたしと、付き合ってください」


 声が、少し震えた。体が熱い。


 愕然とした顔が、わたしを見つめていた。はいともいいえとも言わない。心の中に、急速に不安が広がっていく。


「……だめ、ですか」

「だめじゃない!」


 奏人君は、慌てたように首を振る。そして、次の瞬間、


「俺も、茜が好きだ」


 わたしの体は、奏人君の腕の中にすっぽりと納まっていた。

 強く抱きすくめられ、一気に心拍数が上がる。思ったよりもずっと、奏人君の体は大きかった。

 ……OKしてもらえたんだ、とようやく認識する。心の奥から、喜びが湧き上がってくる。


「つーか」


 奏人君が、照れたように言った。


「今日は俺から告白するつもりだったんだけどな」

「え」


 そうだったんだ。同じこと、考えてたんだ。


「情けないな。デートも誘われてばっかだ」

「……じゃあ、次は誘って」


 奏人君の体に、するりと手を回した。息を飲む音が聞こえる。


「あんまかわいいことすんなよ。死にそう」

「いつもからかってくるから、お返しです」


 わたしは少し力を込めた。ほっぺたを、奏人君の胸元に押し付ける。


 長いような短いような時間が過ぎたあと、どちらからともなく体を離した。わたしはぼうっとしたまま、奏人君の顔を見上げる。体の熱は、しばらく引きそうにない。


 そうだ。わたしは不意に思った。

 まだ、やり残したことがある。これだけは聞いとかなきゃ。


「ルージュさんとは、どういう関係なんですか? あのコスプレの子も」


 じいっと見つめながら、詰問するかのように尋ねる。奏人君は、ぽかんと口を開けていた。絶対答えてもらわないと。


 やがて、頭痛を堪えるように頭を押さえながら、奏人君は言った。


「コスプレの子って、タブレットの写真見たのか? あれがルージュだよ」

「やっぱり……!」

「待った。そもそもあいつ、男だからな」

「……へ?」


 わたしは間の抜けた声をあげた。え、女の人じゃないの……?


「リアルの服か化粧のことでも聞いたんだろ? それ、女装の話」

「え、と……」

「だから茜の心配してるようなことは無い。俺、女にしか興味ないから」


 頬を手で撫でられて、わたしはどぎまぎした。混乱して、頭がついていかない。


「いや、女がどうとか関係ないな。俺が好きなのは茜だけだ」


 奏人君の顔が迫る。……それからしばらくの間、わたしは息もできなかった。

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