3章

第18話 ゲームの中だけの…

 オフ会の日から、ランスとは前よりもっと遊ぶようになった。わたしは元々だけど、最近は向こうも連日ログインしている。

 遊びに行くのは、やっぱり山が多い。景色が綺麗なところとか、珍しい果物が取れるところとか、色んなところに連れていってくれる。頂上からふもとまで一気に滑り降りられる、なんていうのを体験した時は、ちょっと怖かったけど……。


 山だけじゃなくて、ランスがレベル上げに使っているダンジョンにも、一緒に行った。『茜もレベル上げないと置いてかれるぞ』だって。最近遅れがちで焦ってたから、わたしは喜んで付いていった。

 ランスはわたしのことを、ずっと本名で呼んでいる。わたしも『奏人かなと君』って呼ぶのに、だいぶ慣れてきた。もちろん、二人の時だけ。


 そんな日々が、一か月近く続いたある日のお昼。


「それで、ランスさんとはもう付き合い始めたの?」


 なんて真理に言われて、わたしは固まってしまった。絞り出すように、ぽつりと答える。


「……そういうのじゃないから」

「もう隠さなくたっていいじゃない?」


 不満げに言われて、わたしはちょっと困ってしまった。真理は、勘違いしている。


「隠してるわけじゃなくて……」


 すると真理は、少し考えたあとこう言った。


「……まさか、オフ会以来会ってないとか? あ、もちろんリアルでよ」

「うん」

「えー!」


 と、目を丸くして驚く。


「誘われて断ってるわけじゃないよね?」

「うん」


 わたしはこくりと頷いた。

 ほんの少しだけ、心の隅に引っかかってはいた。リアルで会うって話に全くならないこと。もちろん、わたしからも誘ったりはしてないんだけど……。


「だから、付き合うとかそういうのは無いよ」

「そうなのー?」

「うん」

「ふむ」


 真理は腕を組むと、また考え込み始める。


「茜はランスさんに会いたくないわけ?」


 わたしはすぐに答えられなかった。でもその反応で、真理には十分伝わったみたいだった。


「会いたいなら茜から誘えばいいじゃない」

「でも奏人君が……あっ」


 つい本名を言ってしまって、慌てて口を手で押える。すると、


「名前で呼んでるんだ」


 からかうような……ではなく、優しい笑みを向けられ、わたしは余計に恥ずかしくなった。俯いて、自分の手を見る。


「向こうが会いたいかどうか、わかんないもん」

「下の名前で呼び合う仲なのに?」

「……でも、何も言ってこないんだよ?」

「うーん」


 真理は小さく唸った。

 やっぱり真理から見ても不自然なんだ。そう思うと、余計に誘う勇気なんて無くなる。


「ランスさんだからなー。ヘタれてるんじゃないの。やっぱり誘ってみた方がいいって!」

「そうかな……」


 わたしは消え入りそうな声で言った。





 誘うべきなのかどうか、お昼の間に結論は出なかった。真理は誘いなよってずっと言ってたけど……。

 午後もそのことばかり考えていたせいで、仕事で何度もミスをしてしまった。先輩からも怒られて、わたしはすっかり意気消沈した。


 家に帰ると、すぐにメルヘンライフオンラインにログインする。起動画面を見ていると、うきうきとした気分になってくる。

 ちょっともやもやすることはあっても、やっぱりランスと会うのは楽しい……例えゲームの中だけだとしても。


『買い物付き合ってくれない?』


 先に来ていたらしいランスから、チャットが飛んできた。わたしはぱっと顔を輝かせ、すぐにOKの返事を書く。

 今日は白灰登山部チームの活動の日だから、二人でいられる時間はそれほど長くない。……何を話そうかな。話したいことはたくさんある。


『どこ行きます?』


 そう尋ねると、チーム集合場所の喫茶店がある、大きな街を指定された。わたしは早速馬車乗り場に向かう。

 このゲームでは、ユーザーが売り出している商品を買うには、実際にそのユーザーのお店まで行かなければならない。他のゲームみたいに、世界中どこに居ても買えるようなシステム(オークション機能?)は無い。

 不便だ不便だって散々言われてるみたいだけど、わたしは好きだ。ほんとにショッピングしてるような気分になるから。


 街に着くと、どう店を回るかを相談した。ランスは、新しい鎧が欲しいみたい。


『その中二病な鎧やめちゃうんですか?』


 とわたしが言うと、


『中二病とか言うなよ。傷つくだろ』


 なんて、だいぶ時間が経ってから返ってきた。わたしはくすくすと笑う。


 もう少し詳しく話を聞くと、今着ている黒いごてごてした全身鎧だと、そろそろ性能が足りなくなってきたらしい。高めの鎧を売っている店が多い地区を選んで(だいたい同じような店は固まっている……たぶんその方が売れるから)ルートを決める。

 すらっとしたシンプルなデザインの鎧を勧めたり(格好よさが足りないって断られた。やっぱり中二病だよね?)、やたらと露出の多い服を勧められたりしながら(こんなのルビアに着せられない!)、店を回る。


 雑談しながらのショッピングは、すごく楽しかった。胸の奥が、ずっとふわふわとしていた。

 ……途中でちらっと、お昼の話を思い出したりもした。でもやっぱり、わたしから誘うのなんて無理だ。もし断られて気まずくなって、一緒に遊べなくなったりしたら……この楽しい時間が無くなるなんて、耐えられない。


『そろそろ時間だな』


 ランスがぽつりと言った。チームの活動の時間が迫っている。もっと二人で遊びたかったけど、仕方ない。


『鎧買えませんでしたね』

『また付き合ってもらってもいい?』

『もちろんです』


 わたしはすぐにそう返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る