第19話 後輩

『マジか』


 喫茶店に向かう途中で、ランスが唐突に言った。わたしは目を瞬かせる。


『どうしたんですか?』

『後輩がうちのチームに入るらしい』

『前言ってた人ですか?』

『そう』


 だいぶ前の話だ。確か、メルヘンオンラインを始めようとしてるっていう。ボイスチャットしようか迷ってるなんて言ってたけど、結局どうしたのかな。


『サークルの後輩なんだよ。写真系の』


 サークルって、どんなことやってるんですか。そうチャット欄に打ち込んで、送信せずに消した。

 ランスは私生活リアルの話をあんまりしない。だからわたしも、なるべく聞いた話したりしないことにしてる。胸の奥が、ちくりと少しだけ痛んだ。


「なんか新しい人来てるよ」


 と、ボイスチャットで繋がっている真理が言った。真理シンリーとゼンさんは、もう喫茶店に着いているらしい。


「うん。ランスさんの後輩だって」

「へえ? 女の子だけど」

「え、うそっ」


 わたしは愕然とした。男の人だと勝手に思ってた……。


「まあ、中身がどうかは分かんないけどね?」


 真理が言い訳するかのように付け加える。確かに、女性キャラだからと言って、操作しているのが女の人だとは限らない。だけど……。


 おなかの中に冷たい不安が広がるのを感じながら、喫茶店に入る。テーブルに着くキャラと、それからチーム加入のメッセージが流れるのを見て、わたしは思わず声をあげた。


「え、ルージュさん?」

「知り合いなの?」

「うん……」


 わたしは呆然と呟いた。初めてメルヘンライフオンラインにログインしてきた時に話して、その後も一回会った初心者さんだ。まさか、この人がランスの後輩なの?

 向こうもすぐに気づいたのか、チームのチャットで話しかけてきた。


『あれ、ルビアさんじゃないっすか。もしかして先輩と同じチームなんですか?』

『はい』

『偶然っすね!』


 と、両手を上げて喜んでいる。

 やっぱりランスの後輩って、ルージュさんなんだ。前会った時と同じように、見たこともないかわいい服を着ている。これも、自分で考えて組み合わせてるんだろう。わたしより、ずっとおしゃれのセンスがありそう。


『先に教えてくれよ』

『へへ、驚きました?』


 ランスとルージュさんが、楽しそうに話している。わたしはぎゅっと唇を噛んだ。

 

『もう知ってる人も多いみたいだけど、こちらが、チームに新しく入ったルージュさんだ』

『よろしくお願いしまっす!』


 ルージュさんがぺこりとお辞儀したあと、ランスが言った。


『こいつもルビアと同じヒーラーだ』

『あ、ルビアさんもヒーラーなんすね! スキルとか相談させてもらえたら嬉しいっす!』

『はい、もちろん』


 わたしはすぐにそう答えた。ちょっともやもやもするけど……ルージュさんと仲良くしたいって気持ちもある。久しぶりの、新しい知り合いだし。


『それじゃ、今日の活動を始めようか』


 ゼンさんの号令に、みんな思い思いの返事をした。





 新しい人がいるから、今日は簡単そうな山に登ることになった。ランスと二人で行くようなところよりは難しいけど、すぐに頂上まで着きそうだ。


「うーん……」


 真理の唸り声が、ヘッドホンから聞こえてくる。さっきからずっとこんな感じだ。


「中身女なのかなあ。微妙なとこねえ」


 と、ずいぶん考え込んでいる。

 メルヘンライフオンラインゲームの方では、ルージュさんがぺちゃくちゃとお喋りしている。わたしも、正直どっちか分からないけど……。


「あんまり詮索しちゃ悪いよ」

「そんなこと言って、茜だって気になってるでしょ?」

「そりゃあ気になるけど……」


 わたしは言葉を濁した。

 気になるけど、リアルの性別がどっちかなんて、すごくデリケートな話題だ。わたしなら、どっちだろうって噂されるだけでも、ちょっと嫌。


 そうこうしているうちに、徒歩では登れない崖に到着した。いろんな角度からチャレンジしてみたけど、どうしても滑り落ちる。ジャンプしてみても駄目だ。


『レビテーションを使おう。誰から行く?』

『じゃ俺』

『了解』


 名乗り出たランスに、ゼンさんは空中浮揚レビテーションの魔法をかけた。

 ゆっくりと、垂直に浮き上がっていく。ある程度まで行ったところで、ランスはひょいっと飛び移るように、崖の上に着地した。


『次、ルージュさん行ってみようか。最初は動かないで、レビテーションが切れてからすぐに崖の方に移動してね』


 ゼンさんがルージュさんに指示を出す。空中浮揚レビテーションの効果で浮き上がっている間は、特殊なスキルを使わない限り動けない。下手に動こうとすると、一定時間操作を受け付けなくなる。

 だから、切れた瞬間に移動しないといけない。わたしはこれがちょっと苦手なんだけど、


『面白いっすねこれ!』


 一度は失敗したものの、すぐにコツを掴んだようだった。ランスが感心したように言う。


『上手いな』

『ばっちりっすよ!』


 ルージュさんは、褒められて嬉しそうにしていた。わたしは何とも言えない思いで、それを眺めていた。


 結局、スキルが必要になったのはそこだけだった。頂上に着いたわたしたちは、いつも通りSSスクリーンショットを取って解散した。

 そして、街に戻る途中、


『この後ダンジョン行かない?』


 ランスからの個人チャットが来て、どきりとした。誘ってくれて、嬉しかった。それなのに。


『ごめんなさい、今日は早く寝たくて』

『そか』


 心にも無いことを言ってしまったわたしに、ランスは短くそう返した。

 引き止めてくれないんだ。なんて、勝手なことを思ってしまう。


 わたしは逃げるように、パソコンの電源を切った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る