第20話 涙と嘘
「
怒ったような
考えに沈んでいたせいで、自分がどこにいるのか一瞬分からなくなる。辺りを見回すと、閑散とした食堂が目に入る。そうだ、真理とお昼ごはんを食べてたんだった。
「ごめん、聞いてなかった」
「もおー!」
真理は唇を尖らせた。
「ルージュさんのこと考えてたんでしょ?」
「……うん」
わたしは正直に答えた。
昨日はああ言ったけど、やっぱり気になって仕方ない。ルージュさんが女性なのかどうか。それから……ランスとどれだけ仲がいいのか。
「やっぱり女かどうか調べた方がいいって。茜のライバルになるかもしれないのよ」
「だから……」
「そんなんじゃないって、ほんとに思ってる?」
わたしは言葉に詰まった。でももう、答えたようなものだ。
「わかった」
真理は深い溜息をついて言った。
「あたしが直接聞く」
「えっ」
ぽかんとするわたしに、真理は言葉を続けた。
「茜が聞けないって言うなら、そうするしかないじゃない」
「……嫌がられるかも」
「上手く聞くから大丈夫。それにあたしはまだルージュさんとほとんど交流無いし、嫌われたって問題ないよ」
だから任せといて、と真理は自分の胸を叩きながら言った。
わたしはぎゅっと唇を噛む。真理にお願いしたら、確かに上手くやってくれるのかもしれない。でも。
「わたしが聞く」
「ほんと? 大丈夫?」
「うん」
心配そうに言う真理に、何とか笑顔を見せて答える。これはわたしの問題だ。自分で解決しなきゃ。
「何かあったら相談してよね」
「うん」
親友の言葉に、わたしはこくりと頷いた。
◇
冷たい風に追い立てられるようにして、わたしは家に向かう坂を登った。季節はもうすっかり冬だ。ダウンコートの襟元を、ぎゅっと握りしめる。
無言で家に入ると、コートを脱いですぐにパソコンデスクに向かった。メルヘンライフオンラインの起動画面を、睨み付けるようにじっと見つめる。
この時間だと、わたししか来てないことも多い。もしかすると、ルージュさんが一人だけかも。そしたら、ちゃんと聞かなきゃ。
でも予想に反して、
わたしは声をかけようとして、やめた。邪魔しちゃ悪いというのもあるけど、それ以上に、今の気持ちで楽しく遊べる気がしなかったから。
それなのに、
『よお』
ランスからチャットが来て、わたしは身構えた。どうしよう。とりあえず、あいさつぐらいはしなきゃ……。
『こんばんは』
『今一人でレベル上げてるんだけど、一緒にやらない?』
やっぱり誘われてしまった。ほんと、どうしよう。嬉しいけど、でも困る。
『そこ、難しくないですか』
『俺が守るから死ぬことはない。大丈夫だって』
ランスの言葉に、胸の奥が温かくなるのを感じた。わたしが死ぬのが嫌だっていうのを、ちゃんと分かってくれてる。
『じゃあ、行きます』
わたしは結局受け入れてしまった。ルージュさんのことは、しばらく忘れよう。そう思って、準備を始める。
でも、ダンジョンに近づくにつれて、気分はだんだんと沈んでいった。昨日二人で話していたのを、つい思い出してしまう。すっごく仲良さそうだった。
わたしと違って、ルージュさんはランスのリアルの知り合いなんだ。わたしの知らないことを、きっと色々知ってる。そう考えるだけで、今度は胸が苦しくなった。
『お待たせしました』
『今人少ないから経験値うまいぞ』
なんて、単なる八つ当たりなのは分かってる。
合流したあと、わたしはランスの後ろについてダンジョンを回った。全然集中できなくて、失敗ばかりしてしまう。最近は、少しは上手くできるようになってたのに。
でも、いくらわたしがミスしても、ランスはちゃんと助けてくれた。宣言した通りに、守ってくれた。
『調子悪いのか?』
労わるようにランスが言う。何故か、涙がじわりと溢れてきた。自分で自分に驚きながら、慌てて目元をぬぐう。
『すみません、ちょっと疲れてて』
わたしは
『あーそうなのか。じゃあ解散にしよう。無理に誘って悪かった』
『いえ』
ルビアにぺこりとお辞儀をさせて、わたしはその場から逃げ出した。
嘘も、泣いていたことも、きっとばれていない。ゲームの中でよかっただなんて、皮肉げに思う。
わたしは家に向かってとぼとぼ歩いていた。いったい何してるんだろう、と自己嫌悪に陥る。
もうログアウトして寝ようかな。そう思った時だった。
『こんばんわっすー』
チームのチャットに、ルージュさんの発言が流れる。わたしは息を飲んだ。ランスに合流とかしちゃう前に、早く聞かなきゃ。
『こんばんは。今、ちょっといいですか?』
『いいっすよー。なんでしょ?』
返事はすぐに来たけど、逆にわたしの手が止まってしまった。ここで『ルージュさんって女性なんですか?』なんていきなり聞くのは、いくらなんでも駄目な気がする。まるで今からナンパするみたいだし……。
『服が多い店に行ってるって言ってたじゃないですか』
わたしは内心焦りながら、何とか話を繋ぐ。だいぶ前に聞いた話だ。そこで、服の組み合わせを考えってるっていう。
『あー、はい。あそこっすね』
『その店、連れていってくれませんか?』
『オッケーっすよー。えーとそれじゃあ……』
時間と待ち合わせ場所をてきぱきと指定するルージュさんを見ながら、わたしは深く息を吐いた。いきなり連れていってなんて言うのも変だけど、不審には思われなかったみたいだ。
どうやって聞くか、ちゃんと考えておけばよかった。服の話から、そういう話に持っていけるだろうか。
わたしは必死に考えながら、馬車乗り場へと向かった。
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