第20話 涙と嘘

あかねってば!」


 怒ったような真理まりの声で、わたしは我に返った。

 考えに沈んでいたせいで、自分がどこにいるのか一瞬分からなくなる。辺りを見回すと、閑散とした食堂が目に入る。そうだ、真理とお昼ごはんを食べてたんだった。


「ごめん、聞いてなかった」

「もおー!」


 真理は唇を尖らせた。


「ルージュさんのこと考えてたんでしょ?」

「……うん」


 わたしは正直に答えた。

 昨日はああ言ったけど、やっぱり気になって仕方ない。ルージュさんが女性なのかどうか。それから……ランスとどれだけ仲がいいのか。


「やっぱり女かどうか調べた方がいいって。茜のライバルになるかもしれないのよ」

「だから……」

「そんなんじゃないって、ほんとに思ってる?」


 わたしは言葉に詰まった。でももう、答えたようなものだ。


「わかった」


 真理は深い溜息をついて言った。


「あたしが直接聞く」

「えっ」


 ぽかんとするわたしに、真理は言葉を続けた。


「茜が聞けないって言うなら、そうするしかないじゃない」

「……嫌がられるかも」

「上手く聞くから大丈夫。それにあたしはまだルージュさんとほとんど交流無いし、嫌われたって問題ないよ」


 だから任せといて、と真理は自分の胸を叩きながら言った。

 わたしはぎゅっと唇を噛む。真理にお願いしたら、確かに上手くやってくれるのかもしれない。でも。


「わたしが聞く」

「ほんと? 大丈夫?」

「うん」


 心配そうに言う真理に、何とか笑顔を見せて答える。これはわたしの問題だ。自分で解決しなきゃ。


「何かあったら相談してよね」

「うん」


 親友の言葉に、わたしはこくりと頷いた。





 冷たい風に追い立てられるようにして、わたしは家に向かう坂を登った。季節はもうすっかり冬だ。ダウンコートの襟元を、ぎゅっと握りしめる。


 無言で家に入ると、コートを脱いですぐにパソコンデスクに向かった。メルヘンライフオンラインの起動画面を、睨み付けるようにじっと見つめる。

 この時間だと、わたししか来てないことも多い。もしかすると、ルージュさんが一人だけかも。そしたら、ちゃんと聞かなきゃ。


 でも予想に反して、白灰登山部チームにいたのはランスだけだった。ダンジョンでレベル上げしてるみたい。

 わたしは声をかけようとして、やめた。邪魔しちゃ悪いというのもあるけど、それ以上に、今の気持ちで楽しく遊べる気がしなかったから。

 それなのに、


『よお』


 ランスからチャットが来て、わたしは身構えた。どうしよう。とりあえず、あいさつぐらいはしなきゃ……。


『こんばんは』

『今一人でレベル上げてるんだけど、一緒にやらない?』


 やっぱり誘われてしまった。ほんと、どうしよう。嬉しいけど、でも困る。


『そこ、難しくないですか』

『俺が守るから死ぬことはない。大丈夫だって』


 ランスの言葉に、胸の奥が温かくなるのを感じた。わたしが死ぬのが嫌だっていうのを、ちゃんと分かってくれてる。


『じゃあ、行きます』


 わたしは結局受け入れてしまった。ルージュさんのことは、しばらく忘れよう。そう思って、準備を始める。


 でも、ダンジョンに近づくにつれて、気分はだんだんと沈んでいった。昨日二人で話していたのを、つい思い出してしまう。すっごく仲良さそうだった。

 わたしと違って、ルージュさんはランスのリアルの知り合いなんだ。わたしの知らないことを、きっと色々知ってる。そう考えるだけで、今度は胸が苦しくなった。


『お待たせしました』

『今人少ないから経験値うまいぞ』


 暢気のんきにそんなことを言うランスに、少し腹が立ってしまった。わたしはこんなに悩んでるのに。

 なんて、単なる八つ当たりなのは分かってる。


 合流したあと、わたしはランスの後ろについてダンジョンを回った。全然集中できなくて、失敗ばかりしてしまう。最近は、少しは上手くできるようになってたのに。

 でも、いくらわたしがミスしても、ランスはちゃんと助けてくれた。宣言した通りに、守ってくれた。


『調子悪いのか?』


 労わるようにランスが言う。何故か、涙がじわりと溢れてきた。自分で自分に驚きながら、慌てて目元をぬぐう。


『すみません、ちょっと疲れてて』


 わたしは咄嗟とっさに嘘をついてしまった。ちくりと胸が痛む。


『あーそうなのか。じゃあ解散にしよう。無理に誘って悪かった』

『いえ』


 ルビアにぺこりとお辞儀をさせて、わたしはその場から逃げ出した。

 嘘も、泣いていたことも、きっとばれていない。ゲームの中でよかっただなんて、皮肉げに思う。


 わたしは家に向かってとぼとぼ歩いていた。いったい何してるんだろう、と自己嫌悪に陥る。


 もうログアウトして寝ようかな。そう思った時だった。


『こんばんわっすー』


 チームのチャットに、ルージュさんの発言が流れる。わたしは息を飲んだ。ランスに合流とかしちゃう前に、早く聞かなきゃ。


『こんばんは。今、ちょっといいですか?』

『いいっすよー。なんでしょ?』


 返事はすぐに来たけど、逆にわたしの手が止まってしまった。ここで『ルージュさんって女性なんですか?』なんていきなり聞くのは、いくらなんでも駄目な気がする。まるで今からナンパするみたいだし……。


『服が多い店に行ってるって言ってたじゃないですか』


 わたしは内心焦りながら、何とか話を繋ぐ。だいぶ前に聞いた話だ。そこで、服の組み合わせを考えってるっていう。


『あー、はい。あそこっすね』

『その店、連れていってくれませんか?』

『オッケーっすよー。えーとそれじゃあ……』


 時間と待ち合わせ場所をてきぱきと指定するルージュさんを見ながら、わたしは深く息を吐いた。いきなり連れていってなんて言うのも変だけど、不審には思われなかったみたいだ。


 どうやって聞くか、ちゃんと考えておけばよかった。服の話から、そういう話に持っていけるだろうか。

 わたしは必死に考えながら、馬車乗り場へと向かった。

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