第21話 疑問の答え

 ルージュさんに指定されたのは、辺境の小さな街だった。ルビアの家がある街から、まあまあ近い。存在は知っていたけど、来るのは初めてだ。

 このゲームには街がたくさんあるけど、賑わっているのは一部だけだ。移動するのに時間がかかるから(移動手段が馬車と船と……あとは滑空グライディングの魔法ぐらい?)、みんな同じ街に家を建てたがる。店を出すにも、他の店と近い方が人が来やすい。

 だから、寂れている街は本当に誰もいない。この街も、民家(という設定の、入れない建物)がぽつぽつあるだけで、ユーザーの家はほとんど建っていないみたい。閑散とした街の中央で、わたしは馬車を降りた。


『あ、ルビアさん。こっちっすよー』


 現地で待っていたルージュさんが、大きく手を振る。今日はピンク系のリップで、すごくかわいらしい。

 最近ルビアのメイクいじってないな、とふと思い出す。負けたみたいで、ちょっと悔しい。


 ルージュさんは、街の外れに向かってずんずん歩いていく。建物もだんだんまばらになっていく。こんなところに、本当に店があるのかな。


『ここっす!』


 ルージュさんが誇らしげに指をさしたのは、ごく小さな建物だった。半信半疑のまま中に入ると、


「わっ」


 服がぎゅうぎゅう詰めになった店内を見て、わたしは思わず声をあげた。誰かが着ているような形で宙に浮いた服が(魔法?)、端から端まで並んでいる。前にちょっと(リアルで)入ったことがある、小さな古着屋をもっと狭くしたみたいな感じ。

 試着してみようとしても、服を選ぶのが大変だ。歩くスペースすらなさそうだけど、そこはゲーム。隙間をすいすいとすり抜けていく。


『すごいお店ですね……』

『でしょ? 攻略サイトでたまに話題になるらしいっすよ』


 服をクリックすると、ルビアのトップスがぱっと切り替わった。リボンがいっぱい付いた、メルヘンチックなブラウス。うーん、シンリーの方が似合いそうかな。

 このゲームでは、店から出ない限り、お金を払わずに自由に試着できる。着替えるのは一瞬だし、とても便利だ。もちろん、話しかけてくる店員さんもいない。


『あ、ここジャンルで分かれてるんすよ。そのへんはかわいい系っす』

『へえー』


 わたしは画面を操作して、店内がなるべく全部映るようにした。ルージュさんの言う通り、よく見ると場所によって雰囲気が違う。かわいいのとか、きれいなのとか、それからゲームでよくある(らしい)露出度のすごく高いやつとか。


 登山部で使うやつを探そうと思って、わたしは動きやすそうな服のエリアに移動した。女性用だけど、ちょっと男性っぽい服が並んでいる。乗馬服? みたいな感じ。

 それから、『戦う人』用の、鎧に近いような服もあった。あんまりこういう服は持ってないんだけど、ランスとのレベル上げ用に揃えてみてもいいかも。でもルビアはヒーラーだから、ローブみたいな服の方が合うかな……?


『ルビアさんってパンツコーデ好きなんすか?』


 そう言われて、わたしはきょとんとしてしまった。そんなことはないと思うけど……。

 わたしはふと思いついて、こう言った。


『行く場所によって服を替えてるんです。山とか森とかに行く時は、スカートはかないので……』

『へえー、凝ってますね!』


 ルージュさんは、ぱっと両手を上げながら言った。おしゃれなルージュさんに褒められて、わたしはちょっと照れ臭い気分になった。


 店内を回って、他のジャンルの服も試してみた。メルヘンがこのゲームのテーマだから(グラフィックはリアルだけど)、やっぱりドレスみたいな豪華な服が多い。シンリーもだいたいドレスな気がする。

 わたしも着てみたい気持ちはあるんだけど、これで山登りは……うーん。少しは動きやすそうなの無いかな、と思っていくつか試してみたけど、どれもスカートのボリュームがすごい。すっきりしたドレスが欲しいなあ。


『リアルと違ってすぐ着せ替えできるから楽っすよねー』


 と言いながら、ルージュさんの格好もころころと切り替わっている。組み合わせを試してるみたいだ。メイクに合わせて、かわいらしい服を選んでいる。

 普通はせいぜい数種類のセットしか置いてないから、この店の品ぞろえの良さはものすごい。ここなら、色んな組み合わせを試せるかも……。


 わたしははっとして時計を見た。いつの間にか、結構時間が経っている。

 ぱちん、と両の頬に手を当てる。目的を忘れるところだった。今の流れなら、上手く聞けるかもしれない。


『ルージュさんって、リアルでもおしゃれそうですよね』


 さらりとリアルの話題を振ってみたけど、すぐに返事はなかった。う、変に思われたかな……でもここまで来たら、最後まで聞かなきゃ!


『メイクもばっちりするタイプですか? リップの色使いとか上手ですよね』


 どきどきしながら、わたしはその質問を打ち込んだ。これで、ルージュさんの性別が分かるはず。


『あ、先輩から話聞いてます?』


 でも返ってきたのは、答えではなく質問だった。何のことだろうと、ちょっと考えてしまう。写真系のサークルの後輩、ってことは聞いたけど……。


『少しは』

『なるほどー。そっすねー、リアルでも気合入れてますよ!』


 言いながら、ぐっと拳を握る。

 わたしは愕然とした。やっぱり、ルージュさんは……。


 ルージュさんは、その後もリアルでのメイクの話を続けていた。わたしは服を探すふりをしながら、上の空で受け答えしていた。

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