第22話 誘い
「ルージュさんに聞けた?」
食堂のいつもの席に座ると同時に、真理から質問が来る。先におにぎりをかじっていたわたしは、気持ちが落ち込むのを感じながらぼそぼそと答えた。
「昨日聞いた。やっぱり、女の人みたい」
「えー、そうなの」
真理は残念そうに言った。でもすぐに、気を取り直したように言う。
「じゃ、次はどういう仲なのか、ね。さすがに付き合っては無いと思うけどなー」
「そう思う?」
「彼女いるのに他の女と下の名前で呼び合うなんて、ランスさんそんなことしそうにないでしょ」
「ゲームの中だけだよ」
わたしは言った。すごく冷たい声だな、なんて、他人事のように考えていた。
「でも、オフ会で肩抱いたりされたんでしょ?」
「それは……転びそうなのを助けてくれただけだから……」
「あんなに長いこと見つめ合ってたのに?」
そう聞いたあと、真理は「あっ」と声を漏らした。わたしもすぐに気づいて、恐る恐る尋ねた。
「……見てたの?」
「いやー、邪魔しちゃ悪いかなーと思って。ゼンさんが静かにしててくれたら、もっと先までいけたかもしれないのにねー」
あっけらかんした口調で真理が言う。『もっと先』のことを想像してしまって、わたしは顔が熱くなった。
「とにかく、それくらい親密に見えたってこと。絶対ルージュさんなんかに負けてないって」
真理は励ますように言った。信じていいのかな。
「だから早めにはっきりさせないと。単なるお友達なんですよね、って」
「そんなこと聞けないよ……」
「そうねえ。じゃ、今度こそデートに誘ってみたら?」
「リアルで?」
「もちろん。彼女になっちゃえば、何も問題ないでしょ?」
どうしよう。わたしは悩んだ。
今まで誘わなかったのは、断られるのが怖かったから。気まずくなって、楽しく一緒に遊べなくなるのが嫌だったから。
でも今のままだと、どっちにしろもやもやしたままだ。それなら、いっそ。
「やる気になった?」
「……うん」
「よーし、頑張れ!」
真理は力強い笑みを顔に浮かべた。
◇
その日の夜、わたしがメルヘンライフオンラインにログインすると、チームには既に二人も先客がいた。ランスとルージュさんだ。
わたしは動揺した。もしかして、一緒に遊んでたりするんだろうか。
場所を調べてみると、二人は同じ街にいるみたいだった。わたしはぎゅっと唇をかむ。やっぱり、一緒なんだ。
『こんばんわっすー』
チームチャットへのルージュさんの発言に、わたしは『こんばんは』とだけ短く返す。
ランスの返事はない。いつも通りだけど、今日はそれが、違う意味を持つように感じてしまった。
こんな状況で、ランスを誘うなんてできっこない。今日はもう、すぐにログアウトしちゃおうかな。
そんなことを考えていたら、
『遊びに行かない?』
ランスからの個人チャットが来て、わたしはどきりとした。ルージュさんと遊んでるんじゃないの?
『ルージュさんと一緒にですか』
わたしが言うと、答えはなかなか返ってこなかった。二人で相談してるのかな。想像しただけで、胸が締め付けられるように苦しくなる。
しばらくして、ランスは言った。
『いや、二人で』
『でも、今ルージュさんと一緒なんじゃ……』
『違うけど?』
ほんとだろうか。わたしはどう返すべきなのかよく分からなくなった。チャット欄に打ち込んだ文字を何度か消したあと、こう言った。
『じゃあ、行きます』
『了解』
そう短く言ったあと、ランスは待ち合わせ場所を告げた。ちょっと前に行った、頂上から海が見える山に登ろうとしてるみたい。準備をして、馬車乗り場に向かう。
馬車から降りて、山の麓で待っているランスを見つける。わたしは少し気持ちが上向くのを感じた。現金だなあ、と自分で自分に思ってしまう。
……わたしって、気分屋なのかな。真理に聞いてみたりしたら、どんな答えが返ってくるだろう。
ランスの後ろについて、険しい岩山を登っていく。途中、鳥型のモンスターの集団に出会ったけど、二人で難なく対処した。
最後の岩壁を見上げると、だんだんと緊張が高まってくる。頂上に着いたら、ランスを……ううん、奏人君を、デートに誘わなきゃ。
壁を登り切ると、細い岩の先に出た。青い海原と小さな島々が、画面いっぱいに広がっている。でもわたしは、景色なんて見ている余裕が全く無かった。
『奏人君』
『ん?』
鼓動の音が、うるさいくらいに鳴っている。胸をぎゅっと押さえたあと、わたしは一気にキーボードを叩いた。
『今度、二人でごはん食べに行きませんか?』
返事はない。
迷ってるんだろうか。驚いてるだけだろうか。
どうやって断るか、考えてるんだとしたら……。わたしは顔を歪めて、服がしわになるほど胸元を握りしめた。
長い沈黙のあと、奏人君は言った。
『いいよ』
その三文字を見た瞬間、全身の力が抜けるのを感じた。深く、熱い吐息が漏れる。ずっと息を止めていたことに、わたしはようやく気付いた。
『リアルでだよな?』
『当たり前です!』
わたしは思わず突っ込みを入れた。もう。
デートの予定を相談するのは、想像以上に楽しい体験だった。
日はいつにするか。何を食べたいか。どんなお店に行きたいか。二人でずっと語り続けた。
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