第22話 誘い

「ルージュさんに聞けた?」


 食堂のいつもの席に座ると同時に、真理から質問が来る。先におにぎりをかじっていたわたしは、気持ちが落ち込むのを感じながらぼそぼそと答えた。


「昨日聞いた。やっぱり、女の人みたい」

「えー、そうなの」


 真理は残念そうに言った。でもすぐに、気を取り直したように言う。


「じゃ、次はどういう仲なのか、ね。さすがに付き合っては無いと思うけどなー」

「そう思う?」

「彼女いるのに他の女と下の名前で呼び合うなんて、ランスさんそんなことしそうにないでしょ」

「ゲームの中だけだよ」


 わたしは言った。すごく冷たい声だな、なんて、他人事のように考えていた。


「でも、オフ会で肩抱いたりされたんでしょ?」

「それは……転びそうなのを助けてくれただけだから……」

「あんなに長いこと見つめ合ってたのに?」


 そう聞いたあと、真理は「あっ」と声を漏らした。わたしもすぐに気づいて、恐る恐る尋ねた。


「……見てたの?」

「いやー、邪魔しちゃ悪いかなーと思って。ゼンさんが静かにしててくれたら、もっと先までいけたかもしれないのにねー」


 あっけらかんした口調で真理が言う。『もっと先』のことを想像してしまって、わたしは顔が熱くなった。


「とにかく、それくらい親密に見えたってこと。絶対ルージュさんなんかに負けてないって」


 真理は励ますように言った。信じていいのかな。


「だから早めにはっきりさせないと。単なるお友達なんですよね、って」

「そんなこと聞けないよ……」

「そうねえ。じゃ、今度こそデートに誘ってみたら?」

「リアルで?」

「もちろん。彼女になっちゃえば、何も問題ないでしょ?」


 どうしよう。わたしは悩んだ。


 今まで誘わなかったのは、断られるのが怖かったから。気まずくなって、楽しく一緒に遊べなくなるのが嫌だったから。

 でも今のままだと、どっちにしろもやもやしたままだ。それなら、いっそ。


「やる気になった?」

「……うん」

「よーし、頑張れ!」


 真理は力強い笑みを顔に浮かべた。





 その日の夜、わたしがメルヘンライフオンラインにログインすると、チームには既に二人も先客がいた。ランスとルージュさんだ。

 わたしは動揺した。もしかして、一緒に遊んでたりするんだろうか。

 場所を調べてみると、二人は同じ街にいるみたいだった。わたしはぎゅっと唇をかむ。やっぱり、一緒なんだ。


『こんばんわっすー』


 チームチャットへのルージュさんの発言に、わたしは『こんばんは』とだけ短く返す。

 ランスの返事はない。いつも通りだけど、今日はそれが、違う意味を持つように感じてしまった。


 こんな状況で、ランスを誘うなんてできっこない。今日はもう、すぐにログアウトしちゃおうかな。

 そんなことを考えていたら、


『遊びに行かない?』


 ランスからの個人チャットが来て、わたしはどきりとした。ルージュさんと遊んでるんじゃないの?


『ルージュさんと一緒にですか』


 わたしが言うと、答えはなかなか返ってこなかった。二人で相談してるのかな。想像しただけで、胸が締め付けられるように苦しくなる。

 しばらくして、ランスは言った。


『いや、二人で』

『でも、今ルージュさんと一緒なんじゃ……』

『違うけど?』


 ほんとだろうか。わたしはどう返すべきなのかよく分からなくなった。チャット欄に打ち込んだ文字を何度か消したあと、こう言った。


『じゃあ、行きます』

『了解』


 そう短く言ったあと、ランスは待ち合わせ場所を告げた。ちょっと前に行った、頂上から海が見える山に登ろうとしてるみたい。準備をして、馬車乗り場に向かう。


 馬車から降りて、山の麓で待っているランスを見つける。わたしは少し気持ちが上向くのを感じた。現金だなあ、と自分で自分に思ってしまう。

 ……わたしって、気分屋なのかな。真理に聞いてみたりしたら、どんな答えが返ってくるだろう。


 ランスの後ろについて、険しい岩山を登っていく。途中、鳥型のモンスターの集団に出会ったけど、二人で難なく対処した。


 最後の岩壁を見上げると、だんだんと緊張が高まってくる。頂上に着いたら、ランスを……ううん、奏人君を、デートに誘わなきゃ。


 壁を登り切ると、細い岩の先に出た。青い海原と小さな島々が、画面いっぱいに広がっている。でもわたしは、景色なんて見ている余裕が全く無かった。


『奏人君』

『ん?』


 鼓動の音が、うるさいくらいに鳴っている。胸をぎゅっと押さえたあと、わたしは一気にキーボードを叩いた。


『今度、二人でごはん食べに行きませんか?』


 返事はない。

 迷ってるんだろうか。驚いてるだけだろうか。

 どうやって断るか、考えてるんだとしたら……。わたしは顔を歪めて、服がしわになるほど胸元を握りしめた。


 長い沈黙のあと、奏人君は言った。


『いいよ』


 その三文字を見た瞬間、全身の力が抜けるのを感じた。深く、熱い吐息が漏れる。ずっと息を止めていたことに、わたしはようやく気付いた。


『リアルでだよな?』

『当たり前です!』


 わたしは思わず突っ込みを入れた。もう。


 デートの予定を相談するのは、想像以上に楽しい体験だった。

 日はいつにするか。何を食べたいか。どんなお店に行きたいか。二人でずっと語り続けた。

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