第17話 デート

『乗り換えるぞ』

『どれですか?』

『ピンクのやつ』


 画面をくるくる回して、ランスが言う馬車をようやく見つけた。かわいくデコレーションされた箱馬車だ。白くて丸っこい装飾が、ホイップクリームみたい。

 近くには、たくさんの馬車が停まっていた。今から乗り込むピンクの馬車。よく見るかぼちゃの馬車。屋根の無い二人乗りの馬車。お姫様が乗るような、白と金の丸い馬車。


 ここは、駅のロータリーにあるバスターミナルみたいに、複数路線の馬車乗り場が一か所に集まった場所だ。中央には、天まで届きそうな巨大な塔が立っている。

 塔の中はダンジョンになっていて、かなり難しいらしい。上からの眺めは良さそうだけど、ルビアが登るのはちょっと無理かな。


 この辺りは、乗り換え待ちの人たちや、ダンジョンに挑戦しようとするパーティのおかげで、そこそこ賑わっている。出張のお店を立ててる人もいた。街ではないし家もないんだけど、小さな集落のようになっていた。


『結構遠いな』


 離れていく集落を馬車の窓から眺めていると、ランスが不意に呟いた。目的地の山のことだろうか。ランスもよく知らない場所なのかな?


『どこに向かってるんですか?』

『秘密』

「ええー!」


 と、わたしは思わず口で言ってしまった。ヘッドホンの向こうの真理が、小さく吹き出す気配を感じる。


「ちょっと、笑わせないでよ。集中してるんだから」

「何してるの?」

「ゼンさんとアイテム集め……あっ」


 真理は喉の奥で変な声をあげた。何かやらかしたみたい……しばらく黙っておこう。


 馬車はどんどん進んで、あまり来たことのない地域に入った。遠くに見えるのは森と空、それからさっき見たような、巨大な塔だ。


『この辺だな』


 ランスが言った。

 この辺って、目的地の山のことだよね? 周りに山は無さそうだけど……。


 次に乗り換えた馬車は、森の道へと入っていった。木々の間から、ちらちらと塔が見える。だんだんと近づいているみたいだ。

 塔は、最初に思っていたより、もっと大きいみたいだった。さっきのが街の広場ぐらいだとすると、こっちは街が丸ごと入りそうなほどある。これを建てるの、大変だっただろうな、なんて意味の無いことを考えてしまう。


 馬車は、塔のすぐ近くで停まった。席を立ちながら、ランスが言った。


『降りるぞ』

『はい』


 素直に付いていくと、塔の入り口へと案内された。馬車がそのまま入れそうなサイズだ。開けっ放しの金属製の扉には、複雑な模様が彫り込まれていた。


『じゃあ、上まで登ろう。はぐれて迷わないようにな』


 当たり前のようにランスが言うから、わたしは困惑してしまった。

 ここってダンジョン……だよね? 山じゃなくて。


『言いたいことは分かるけど、まあ付いてきてくれ』


 ランスがにやりと笑った気がした。


 塔の中は、仕掛けだらけのダンジョンだった。パズルを解かないと先に進めないとか、宙に浮いた足場にタイミングよく飛び乗るとか。

 パズルは任せたけど、他はわたしも頑張る必要があった。何度も失敗しながら、なんとかクリアする。ランスは励ましながら待っていてくれた。


 無視できるところはどんどん無視して、最短コースで上へと向かう。長い長い螺旋階段を抜けてようやく屋上に出ると、わたしは思わず目を瞬かせてしまった。


 屋上は、キャラの身長ほどの壁に囲まれていた。それはいいんだけど……壁の内側は全て、草の生えた土の地面になっている(塔の上なのに)。中央には小高い丘があって、一番上には大きな岩が乗っている。


 ランスは何も言わずに歩き続ける。後を追って丘を登ると、壁の向こうの景色が徐々に姿を現す。どこかで見たような景色が……。

 そして、岩の上に立った時、


「……!」


 わたしはまた声をあげそうになって、寸前で堪えた。


 地平線まで広がる、森と草原。おもちゃのような、たくさんのカラフルな街。

 ブログで見たあの景色だ。わたしは目を輝かせた。


『茜が言ってたのってここだろ?』


 ランスが自信ありげに聞いた。わたしはすぐに返事する。


『すごいです! どうして分かったんですか?』

『ネットで検索した』


 なんて、何でもないことのように言う。わたしの話を元に調べたんだろうけど、あれだけのヒントで見つけるだなんて、わたしには絶対に無理だ。


 わたしは画面を回して、存分に景色を楽しんだ。塔の周りは、狙ったかのように(あ、ゲームだし本当に狙ってるのかも?)山も高い建物も無い。どっちを向いても地平線が見える。

 視界に映るのは、森と草原と、点在する街、それから大河。川には船が浮かんでいる。


 ランスは何も言わない。同じように景色を楽しんでいるのか、それとも……わたしを待っててくれてるのかな。


 わたしはルビアを操作して、ランスに寄り添うように立たせた。抱き寄せられた時のことを思い出して、少し体温が上がる。

 ランスの反応はない。ちょっとは、同じ気分になってくれてる? それとも、何とも思っていない? もしかすると……気づいてもないかも。


 今度一緒にごはんでも食べませんか。衝動的にそう打ち込んで、消した。吐息が口から漏れる。


 ランスは、ゲームの中だけでいいと思ってるんだろうか。

 わたしは、どう思ってるんだろう。リアルでも会いたいんだろうか。何のために、会いたいんだろうか。

 もっとたくさんお話したいから? またお酒を飲んだり、夜景を見たりしたいから? それとも……。


『起きてる?』


 唐突にランスが言う。わたしは『はい』とだけ短く返した。


『このゲーム景色いいよな。リアルだし』


 その言葉に、わたしはちょっとどきっとした。現実世界リアルよりもいいっていうふうに、聞こえてしまって。


『はい』


 さっきと同じ返事をする。会話はそこで、一度途切れた。


 そのあと、ゼンさんが作りたいっていう船の話をしながら、街まで戻った。リアルの話は、最後まで出ることはなかった。

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