第15話 二人の名前
『さっきの話なんですけど』
お出かけ(もちろん、ゲームの中で)装備をどうするか考えながら、わたしはランスに言った。
『昨晩は、色々と失礼なことをしてすみませんでした』
ちょっと緊張しながら、チャットを送信する。たぶん、怒ってないと思うんだけど……。
でも予想に反して、返事はなかなか帰ってこなかった。
う、もしかして。だんだんと、不安がお腹の奥に溜まっていく。すると、
『いや、全然気にしてないよ。昨日は楽しかった』
ランスの発言が画面に表示されて、わたしは胸を撫で下ろした。うう、心臓に悪い。
『俺の方こそ、勝手に肩触ったりして悪かった』
『大丈夫です。嫌じゃなかったので』
わたしはすぐにそう返して、それから少し後悔した。なんだか、ちょっと恥ずかしいこと言ってる、ような……。
『セクハラで通報するのは止めてくれ』
『しませんって』
その冗談に、わたしはくすりとする。……もしかして、照れてる?
『ランスさん、口調変わってません?』
ようやく準備を終えて家を出ながら、わたしはふと思いついて言った。そんなに大きな違いじゃないけど、ちょっとオフ会の時みたいな感じ。
すると、ランスはこんなことを言った。
『リアルで会ったあとだとキャラ作りにくいんだよ』
『キャラ作るとかしてるからですよ』
わたしは笑いながら返す。そしたら、
『お前の顔思い出すし』
なんて言われて、固まってしまった。夜の展望台で見た、間近に迫るランスの顔が頭に浮かぶ。わたしの顔は、一瞬にして真っ赤になった。
『今照れてるだろ』
ランスは勝ち誇ったように言った。腹立たしいような、ちょっと楽しいような……変な感じ。
でも、やられっぱなしはやっぱり悔しい。わたしは一度深呼吸すると、チャット欄に一気に打ち込んだ。
『わたしも、思い出しちゃいます。奏人君のこと』
思った通り、返事はなかなか来なかった。これ、絶対照れてるよね。
『本名出してくるのは反則だろ……』
疲れたように(なんて、妄想だけど)言うランス。わたしはつい、にやにやとしちゃう。
『俺も名前で呼ぶから覚悟しとけよ、茜』
『みんなの前ではやめてください』
恥ずかしいし。二人の時なら恥ずかしくないのかは、考えないことにした。
ランスと合流すると、早速山へと向かった。今日の山は、登るのがそこまで大変そうじゃない。滑り落ちるような崖もほとんど無いし、わたしたちにとってはピクニックみたいなものだ。
代わりに、鳥型のモンスターがたくさんいた。前と同じように、ランスが石を投げて一匹ずつおびき出す。
ルビアが攻撃されることも何度かあったけど、今日はパニックにはならなかった。「攻撃されても動いちゃだめ……動かず回復……」と、前の時に言われたことを口の中で繰り返す。そうしているうちに、ランスがすぐに助けに来てくれた。
そこまで時間をかけずに、頂上まで辿り着く。この山の頂上は、富士山みたいに平たくなっている。中はどうなってるんだろう、と覗いてみると、
「わ」
部屋ぐらいの広さの中に、背の低い木がみっしりと詰まっていた。どの木にも、果物がいっぱい付いている。緑の中に色とりどりの実が踊っていて、まるで宝石箱みたいだ。
『いいだろここ』
『いいですね!』
わたしは目を輝かせながら言った。
木は綺麗に整列していて、果物が取りやすそう。山の上にこんな果樹園みたいな場所があるなんて、ちょっと変な気がするけど……ゲームだしね。
鼻歌でも歌いたい気分になりながら、わたしはさくさくと回収していった。これだけあったら、高級なお菓子も作れそう。
これもゲームだからだろうけど、一部のお菓子は果物を何百個も使う(例えばフルーツタルトとか……絶対そんなに詰め込めないと思う)。そういうものほど、食べた時の効果は大きい。
半分ぐらい終わったところで、わたしはふと気が付いて聞いた。
『ランスさんは取らないんですか?』
『いや、俺はいい』
と、断られてしまった。……お菓子作ってあげたら、喜んでくれるかな。
『夜まで待ってもらっていいか?』
急にそう言われて、わたしはきょとんとした。
このゲームの一日は、
『いいですよ。何があるんですか?』
『夜景』
夜景?
わたしはルビアを操作して、平たい頂上の周りをぐるりと回った。周囲はずっと草原が続いていて、特に見て面白いものも無い。夜になったら、何か変わるのかな?
『まあ見てろって』
なんて、自信ありげに(?)言っている。ランスの……奏人君の笑顔が、頭の中にちらついた。
そうこうしているうちに、日はするすると沈んでいった。辺りが暗くなるに従って、ランスの言う『夜景』が、徐々に姿を現した。
最初に見つけたのは、草原の中にぽつりと点く、一つの明かりだった。誰かあそこにいるのかな、と思っていたら、次は別の場所にも明かりが現れる。そしてまた、別の場所に。
次の瞬間には、山を囲む草原いっぱいに光が充満していた。まるで誰かが、空から光の粒をばらまいたかのよう。わたしは思わずぽかんとする。
光の粒は、ゆっくりと明滅していた。見渡す限り、一斉に暗くなって、また一斉に明るくなる。それはいかにもゲームだなって感じで、人工的な雰囲気だったけど、でも綺麗だった。
『すごいだろ?』
ランスに言われて、わたしはこくこくと頷いてしまった。そんなことしたって、見えるわけないけど……でも、ランスには伝わるような気がした。
『またあの展望台行きたいな』
『はい』
わたしはすぐに答えた。ちょうど、同じことを思っていたから。
でもランスは、どっちの意味で言ったんだろう。みんなで、なのか、二人で、なのか。
そのあとも、他の山に登ったり、ゲームのことを色々雑談したりして、夜中までランスとすごした。今日はチームの誰も、ログインしてくることはなかった。
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