第14話 オフ会翌日

 食堂の端の席で、わたしはどんよりとしながら、おにぎりを小さくかじっていた。向かいの真理が、訝しげに眉を寄せる。


「どしたの?」

「……昨日のオフ会……」

「楽しんでたじゃない?」

「楽しかったけど……飲みすぎちゃって……」


 オフ会での断片的なシーンが頭に浮かんで、わたしは体を縮こまらせた。思い出すだけで恥ずかしい。


「だいぶ酔ってたみたいねえ」

「呆れられたかも」

「ランスさんそんなの気にしないって」

「そうかな」


 わたしはぽつりと呟くと、はあ、と深くため息をついた。

 それを見た真理は、口元に意味深な笑みを浮かべた。身を乗り出すようにすると、小声で言う。


「もしかして、キスでもしちゃった?」

「そこまではしてない!」

「ふうん。じゃあどこまでしたのかなー?」


 慌てて手を振ると、探るような目を向けられた。わたしは言葉に詰まる。


「それは……」

「白状しなさい?」


 にこりと笑う真理。うう、話すまで解放してくれそうにない。そこそこ長い付き合いだし、それくらいは分かる。

 仕方なく、昨日の出来事をぽつぽつと話し出す。転びそうになって、その……抱き寄せられたこととか、車の中でもたれかかって眠ったこととか。


「へえー、自分から体を押し付けるなんて、やるね」

「押し付け……って、変な言い方しないでよ」


 からかう真理に、わたしは顔を赤くしながら抗議した。


「でも、ランスさんが寝ててもいいって言ったんでしょ?」

「あんなの、絶対からかわれただけなのに……厚かましい女だと思われたかな……」

「喜んでた思うけどねー?」

「ほんとに?」


 わたしはすがるような目を向ける。真理は、ちょっと真面目な顔で見返したあと、こう言った。


「すっかり重症になってるみたいねえ」


 その言葉の意味が、分からないわけじゃない。でもわたしは、何も言えなかった。





 家に帰ると、わたしはそわそわしながらパソコンをつけた。もちろん、真っ先にメルヘンライフオンラインを起動する。最近、他の用途で使っていない気がする。


 ランスは、いるのかな。いて欲しい気もするし、顔を合わせる(って言うのも変だけど……)のが怖い気もする。

 話しかけて、もし無視されたりなんかしたら。考えるだけで、胸がきゅっと苦しくなる。


 ログインするまでの結構長い間、わたしは画面ディスプレイを凝視していた。画面が暗転したあと、真っ白な部屋の中にいるルビアが映る。内装や家具が、徐々に描写されていく(表示が遅いのは、パソコンこの子が非力なせいだ)。

 完全に表示されるのを待ってから、チームの人たちの居場所を確認した。全員、空白だ。まだ誰も来ていない(もちろん、ランスも)のが分かって、わたしはほっとしたような、がっかりしたような複雑な気持ちになる。


「んー」


 気が抜けてしまったわたしは、今日は何しようかなとぼんやり考える。考えながらも、手は勝手にルビアを森へと向かわせていた。

 とりあえず、果物を採って無駄になることはない。色々と凝ってるこのゲームだけど、さすがに(もしくは、幸運なことに?)倉庫に置いた物が腐ったりはしない。


 操作する手にほとんど意識を向けずに、さくさくと果物を回収する。もうすっかり慣れてしまった。最初の頃は上手くできなくて、何度もキャラの位置を動かしたりしてたのに。


 そうやって森の中を散策していると、ルビアとは別のキャラが、果物を採っているのが目に入った。同じぐらいの背格好の女の子だ。

 トップスは体の線が出る薄手の服で、ボトムスはボリュームのあるスカート。ドレスみたいな装いだ。森を歩くには、ちょっと邪魔そうかも(なんて、そこまで気にする人はあんまりいないのかな)。


 あんな服あったっけ、と思いながら、わたしはそのキャラから距離を取った。果物は、一度取ると復活するまでに結構時間がかかるので、他の人と離れてやった方が効率がいい。


「え?」


 なのに何故か、向こうはルビアに近づいてくる。もしかして、攻撃してくる? なんて一瞬ぎくりとしたけど、


『お久しぶりっす』


 と話しかけられ、操作する手を止めた。チャット欄に現れた『ルージュ』という名前に、わたしは見覚えがあった。この前はなした初心者さんだ。前会った時とは違って、オレンジ系のリップをメインにした、明るくて元気いっぱいのメイク。


『こんにちは。服屋は見つかりました?』

『はい、あの時はありがとうございました』


 ルージュさんは、『お辞儀をする』の感情表現エモーションを出しながら言った。まだ始めて数日しか経っていないはずだけど、ずいぶん操作に慣れたみたいだ。果物の回収も上手かったし。


『それが買った服ですか?』


 わたしは、さっきから疑問に思っていることを聞いてみた。最初の街に売ってるなら、さすがに知ってるような気がするけど……見逃してたのかな?


『いえいえ、違いますよ。これはっすね』


 するとルージュさんは、意外なアイテム名を並べ出した。どうやら、全然別の一揃えセットアップから、一つずつ取ってきて組み合わせてるみたい。

 例えばトップスは、元は作業着みたいなカジュアルな服の一部。言われてみれば確かにそうなんだけど、豪華なスカートと合わせると、ドレスの一部みたいに見える。すごいなあ。


『だいぶ考えたんすよー。服の種類が多い店探して試着して』


 と、ルージュさんは教えてくれた。今度見に行ってみようかな。組み合わせ考えるのとか、面白そう。


 一通りの説明のあと、ルージュさんが言った。


『あのー、ちょっといいっすか?』

『はい』

『虹なんとか花ってアイテム探してるんですけど、ここで取れます?』

『はい、取れますよ』


 わたしは頷いた。たぶん、ハロウィンイベントで使う虹霓こうげい花のことだろう。


『あーよかった。攻略サイトによって書いてること違うんすよねー』


 最近取れる場所が変わったんです。そうチャット欄に打ち込もうとして、わたしはぴたりと動きを止めた。

 何故なら、ランスがログインしたというメッセージが、画面に表示されたからだ。わたしは文字を急いで消すと、ランスへとチャットした。すると、


『昨日は悪かった』

『昨日はすみませんでした』


 ほぼ同時に、向こうからも同じような文面が飛んでくる。わたしは思わずぽかんとしてしまった。

 すぐに我に返ってこう言うと、


『何のこと?』

『何のことですか?』


 またしても被り、今度は軽く吹き出した。


『わけわからん』


 なんてランスが言うものだから、本格的に笑ってしまった。……もしかすると、向こうも笑ってるのかも。


「あ」


 不意にわたしは、さっきまで会話していたルージュさんのことを思い出した。しまった、ランスが来て気が動転してた。すぐに笑いを収めると、慌てて目の前の人物にチャットを打つ。


『すみません、知り合いが来て……』

『あ、了解っす。自分も知り合いログインしたんで聞いてみます』

『はい』


 離れていくルージュさんを見て、ちょっと申し訳ない気分になる。う、ちゃんとアイテム取れるかな。

 なんて心配していたのもほんの少しの間で、


『とりあえず山行かない?』

『行きます!』


 ランスからのお誘いに、わたしは顔を輝かせながら返事した。

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