第14話 オフ会翌日
食堂の端の席で、わたしはどんよりとしながら、おにぎりを小さくかじっていた。向かいの真理が、訝しげに眉を寄せる。
「どしたの?」
「……昨日のオフ会……」
「楽しんでたじゃない?」
「楽しかったけど……飲みすぎちゃって……」
オフ会での断片的なシーンが頭に浮かんで、わたしは体を縮こまらせた。思い出すだけで恥ずかしい。
「だいぶ酔ってたみたいねえ」
「呆れられたかも」
「ランスさんそんなの気にしないって」
「そうかな」
わたしはぽつりと呟くと、はあ、と深くため息をついた。
それを見た真理は、口元に意味深な笑みを浮かべた。身を乗り出すようにすると、小声で言う。
「もしかして、キスでもしちゃった?」
「そこまではしてない!」
「ふうん。じゃあどこまでしたのかなー?」
慌てて手を振ると、探るような目を向けられた。わたしは言葉に詰まる。
「それは……」
「白状しなさい?」
にこりと笑う真理。うう、話すまで解放してくれそうにない。そこそこ長い付き合いだし、それくらいは分かる。
仕方なく、昨日の出来事をぽつぽつと話し出す。転びそうになって、その……抱き寄せられたこととか、車の中でもたれかかって眠ったこととか。
「へえー、自分から体を押し付けるなんて、やるね」
「押し付け……って、変な言い方しないでよ」
からかう真理に、わたしは顔を赤くしながら抗議した。
「でも、ランスさんが寝ててもいいって言ったんでしょ?」
「あんなの、絶対からかわれただけなのに……厚かましい女だと思われたかな……」
「喜んでた思うけどねー?」
「ほんとに?」
わたしは
「すっかり重症になってるみたいねえ」
その言葉の意味が、分からないわけじゃない。でもわたしは、何も言えなかった。
◇
家に帰ると、わたしはそわそわしながらパソコンをつけた。もちろん、真っ先にメルヘンライフオンラインを起動する。最近、他の用途で使っていない気がする。
ランスは、いるのかな。いて欲しい気もするし、顔を合わせる(って言うのも変だけど……)のが怖い気もする。
話しかけて、もし無視されたりなんかしたら。考えるだけで、胸がきゅっと苦しくなる。
ログインするまでの結構長い間、わたしは
完全に表示されるのを待ってから、チームの人たちの居場所を確認した。全員、空白だ。まだ誰も来ていない(もちろん、ランスも)のが分かって、わたしはほっとしたような、がっかりしたような複雑な気持ちになる。
「んー」
気が抜けてしまったわたしは、今日は何しようかなとぼんやり考える。考えながらも、手は勝手にルビアを森へと向かわせていた。
とりあえず、果物を採って無駄になることはない。色々と凝ってるこのゲームだけど、さすがに(もしくは、幸運なことに?)倉庫に置いた物が腐ったりはしない。
操作する手にほとんど意識を向けずに、さくさくと果物を回収する。もうすっかり慣れてしまった。最初の頃は上手くできなくて、何度もキャラの位置を動かしたりしてたのに。
そうやって森の中を散策していると、ルビアとは別のキャラが、果物を採っているのが目に入った。同じぐらいの背格好の女の子だ。
あんな服あったっけ、と思いながら、わたしはそのキャラから距離を取った。果物は、一度取ると復活するまでに結構時間がかかるので、他の人と離れてやった方が効率がいい。
「え?」
なのに何故か、向こうはルビアに近づいてくる。もしかして、攻撃してくる? なんて一瞬ぎくりとしたけど、
『お久しぶりっす』
と話しかけられ、操作する手を止めた。チャット欄に現れた『ルージュ』という名前に、わたしは見覚えがあった。この前
『こんにちは。服屋は見つかりました?』
『はい、あの時はありがとうございました』
ルージュさんは、『お辞儀をする』の
『それが買った服ですか?』
わたしは、さっきから疑問に思っていることを聞いてみた。最初の街に売ってるなら、さすがに知ってるような気がするけど……見逃してたのかな?
『いえいえ、違いますよ。これはっすね』
するとルージュさんは、意外なアイテム名を並べ出した。どうやら、全然別の
例えばトップスは、元は作業着みたいなカジュアルな服の一部。言われてみれば確かにそうなんだけど、豪華なスカートと合わせると、ドレスの一部みたいに見える。すごいなあ。
『だいぶ考えたんすよー。服の種類が多い店探して試着して』
と、ルージュさんは教えてくれた。今度見に行ってみようかな。組み合わせ考えるのとか、面白そう。
一通りの説明のあと、ルージュさんが言った。
『あのー、ちょっといいっすか?』
『はい』
『虹なんとか花ってアイテム探してるんですけど、ここで取れます?』
『はい、取れますよ』
わたしは頷いた。たぶん、ハロウィンイベントで使う
『あーよかった。攻略サイトによって書いてること違うんすよねー』
最近取れる場所が変わったんです。そうチャット欄に打ち込もうとして、わたしはぴたりと動きを止めた。
何故なら、ランスがログインしたというメッセージが、画面に表示されたからだ。わたしは文字を急いで消すと、ランスへとチャットした。すると、
『昨日は悪かった』
『昨日はすみませんでした』
ほぼ同時に、向こうからも同じような文面が飛んでくる。わたしは思わずぽかんとしてしまった。
すぐに我に返ってこう言うと、
『何のこと?』
『何のことですか?』
またしても被り、今度は軽く吹き出した。
『わけわからん』
なんてランスが言うものだから、本格的に笑ってしまった。……もしかすると、向こうも笑ってるのかも。
「あ」
不意にわたしは、さっきまで会話していたルージュさんのことを思い出した。しまった、ランスが来て気が動転してた。すぐに笑いを収めると、慌てて目の前の人物にチャットを打つ。
『すみません、知り合いが来て……』
『あ、了解っす。自分も知り合いログインしたんで聞いてみます』
『はい』
離れていくルージュさんを見て、ちょっと申し訳ない気分になる。う、ちゃんとアイテム取れるかな。
なんて心配していたのもほんの少しの間で、
『とりあえず山行かない?』
『行きます!』
ランスからのお誘いに、わたしは顔を輝かせながら返事した。
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