4章

第26話 女の戦い

 そろそろ起きなきゃ。

 わたしはぱちりと目を開く。身を起こして、ぐぐっと体を伸ばす。喉の奥で、小さく声が漏れた。


 時計の針は、いつもよりもだいぶ長く寝ていたことを示していた。もう昼前だ。土曜日とは言え、ちょっともったいなかったかもしれない。


「ふあ」


 あくびを噛み殺しながら、ベッドから出る。少し体がだるい。昨日、ちょっと飲みすぎたかもしれない。

 顔を洗いに行く途中で、夢の内容がぱっと頭に浮かんだ。奏人君とデートをしている夢だ。詳細はもうあんまり覚えてないけど……なんか、恥ずかしい内容だった、ような。


 わたしは早足で洗面所に辿り着くと、顔にぱしゃぱしゃと水をかけた。冷たい水が心地いい。


 手早く朝食を済ますと、わたしはいそいそとパソコンデスクに向かった。早速メルヘンライフオンラインにログインしようとして、ふと手を止める。

 わたし、ちょっとゲームやりすぎかも。前からと言えば前からだけど、最近特にひどい。せっかくのお休みだし、たまには一人で買い物にでも行った方がいいんだろうか。


 ……でも、奏人君がいるかもしれないし。そう考えると、そわそわと落ち着かなくなる。結局、ログインすることにした。


 すぐにチームのメンバーを確認したけど、奏人君ランスはいないみたいだった。ちょっとがっかり。今ログインしているのは、ゼンさんと真理シンリーだけだ。


「あれ?」


 わたしは思わず小首を傾げた。ゲームにはシンリーがいるのに、ボイスチャットの方に真理がいない。真理はパソコンを付けたら、ボイスチャットも起動するはずだけど……。


 その疑問に答えるかのように、スマホが震えた。片手でロックを解除すると、


『ごめん、今ゼンさんとボイチャ中』


 という真理からのメッセージが表示された。なるほど、そういうことか。たぶん、わたしたちとは別のソフトを使ってるんだろう。


「いいな」


 わたしも奏人君とボイスチャットボイチャしたい。今度聞いてみようかな。


 しばらくの間、わたしは黙々と果物を採り続けた。昨日のデートのことを、ぼんやりと考える。

 昨日は、奏人君のことをいろいろと聞くことができた。自炊してることとか、ちょっと不器用なこととか、よく森で写真を撮っていることとか。

 小さなことばかりだけど、それでも嬉しい。リアルの話は、今までほとんど聞いたことが無かったから。


 それに、またデートしようって約束もできた。まだ日は決まってないけど、年末までには、って。

 クリスマスとかちょうどいいな、って奏人君は言ってたけど……わたしはもっと、早く会いたいな。


 ぼうっとしていると、ボイスチャットの呼び出し音が鳴った。OKするとすぐに、真理の声がヘッドホンから聞こえてくる。


「ごめんねー、ボイチャ切ってて」

「ううん、気にしなくていいよ」


 わたしは言った。ゼンさんとどんな話してたのか、ちょっと気になる。

 でも質問する前に、優しい声で真理が言った。


「デートは上手くいったみたいね」

「……なんで分かるの?」

「茜は機嫌いい時すぐ声に出るからねー」


 う、そうなんだ。わたしは思わず口に手を当てる。全然知らなかった。


「手ぐらい繋いだ?」

「うん」

「え、ほんと?」


 と、真理はちょっとびっくりしたように言った。聞いたのは自分なのに、自分で驚いている。


「ふむ。ランスさんはヘタレかと思ってたけど、意外と積極的なのね」

「ええと、そうじゃなくて」


 わたしはもごもごと言葉を濁す。すると真理は、何かを察したように言った。


「茜から繋いだの?」

「……うん」

「やるじゃない」


 なんて褒められてしまって、わたしは恥ずかしくなった。


「あっ」

「お?」


 わたしと真理は、同時に声をあげた。ルージュさんがログインしてきたからだ。


『こんばんわっすー』


 というルージュさんのいつものあいさつに、短く返事した。わたしは少し身構えてしまう。


「昨日ルージュさんの話はした?」


 真理が言う。わたしは小さく首を振った。


「ううん。聞いた方がよかったかな」

「難しいとこねえ。嫉妬深い女だって思われても困るし」

「うう」


 わたしは思わずうめく。真理が分からないのに、わたしに分かるわけない。


「ま、ほっとけば? 早く付き合っちゃいなさいよ」

「……わたしから、何かした方がいい?」

「んー。上手くいってるみたいだし、とりあえず待ってみたら?」

「そうする」


 ルージュさんの名前を見つめながら、わたしはぎゅっと唇を結んだ。早く、次のデートの日を決めなきゃ。


 出し抜けに、真理がくすくすと笑いだした。わたしはきょとんとしながら尋ねる。


「どうしたの?」

「茜、積極的になったなーって思ってね」

「……だって」

「べつに責めてるわけじゃないよ? いいことじゃない」


 と、真理は言う。そうなのかな。


 しばらく待ってみたけど、奏人君は来なかった。果物を採るのにも飽きてくる。

 あ、そうだ。わたしはふと思い出した。今のうちに、奏人君にあげるお菓子を作っておこう。


 家に戻ると、倉庫を覗いて材料を確認した。いつの間にか、すごい数の果物が集まっている。最近は奏人君と遊んでばっかりで、全然作ってなかった。


 持てるだけ持ってキッチンへと向かう。かまどを調べると、料理やお菓子を作るためのメニューが出た。一覧から選択すると、材料を消費して作ることができるの。

 ほんとだったら、まずは包丁で切って、小麦粉とバターを混ぜて……と色々工程があるけど、そこまで凝ってはいない。一部の料理は、もっと火の強い竈じゃないと作れないとかあるみたいだけど。


 一覧を眺めながら、何を作るか迷う。豪華なやつにしようかな。

 でもそういうのは、果物を大量に消費する。お菓子を食べると攻撃力が上がったりするから、普通のやつをたくさん作ってあげた方が喜ばれるかも。


「……よしっ」


 わたしは小さく声をあげた。お菓子の一つを、ぽちっとクリックする。あとは待つだけだ。

 結局、豪華なフルーツタルトを作ることにした。ちょっとしか作れないけど、でも、やっぱり美味しいお菓子をあげたい。


 画面の中で、タルトができあがっていく。いくつか完成したところで、手持ちの材料が尽きてしまった。何百個もあった果物が、もうほとんど残ってない。


「真理、わたしログアウトするね」

「りょーかい。またねー」

「また」


 奏人君もいないし、やっぱり出かけよう。わたしはそう思いながら席を立った。

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