2章

第11話 オフ会

 オフ会開催が決まったわずか一日後(!)の日曜の夜。待ち合わせ場所にやってきた真理まりを見て、わたしは思わずぽかんとしてしまった。


「お待たせー」

「え、その服で行くの……?」

「とーぜん」


 腰に手を当て、真理は誇るように胸を突き出した。

 真理は、カーディガンのようなニットを、ボタンを留めて着ていた。ニットは肩出しオフショルで襟ぐりも深く、大胆に肌を出している。まるで下に何も着ていないかのようで、胸の谷間がばっちり見えている。


「だって、ランスさんがデレデレしないか調べるのが目的でしょ? これぐらいしなきゃ」


 そう言って腕を組むと、胸元がさらに強調された。ええと、わたしでも目のやり場に困るんだけど……。そもそも、寒くない?


あかねは……ちょっと子供っぽいけど、まあいいか」

「う、やっぱり?」


 わたしは思わず情けない顔をしてしまった。


 少ない手持ちからまともそうなのを選んだ結果、ブラウスにカーディガンを羽織り、ボトムスはフレアスカートという無難なものに落ち着いた。落ち着いたんだけど、真理の言う通り、なんだか子供っぽい気がする。

 例えて言うなら、中学生がピアノの発表会に行くみたいな(そこまではひどくないと信じたい……)。せめて髪とメイクは頑張ったつもりだけど……。


「ま、茜かわいいからそういうのも似合うよねー」

「わ、ちょっと」


 頭をわしゃわしゃされそうになって(フリだったみたいだけど)、首をすくめた。真理は背が高い方だし、わたしは低い方だから、身長差は結構ある。


「よーし、じゃあ行きますか!」

「う、うん」


 謎の気合を入れる真理に、わたしは若干引き気味に頷いた。





 わたしたち二人は、繁華街にある飲み屋に向かった。ごちゃごちゃしてて、人もいっぱいだ。こういう場所には慣れていないから、気後れしてしまう。

 何度か声をかけられたけど(たぶん店の呼び込み……だと思う)、真理がすぐに追い払ってくれたおかげで助かった。うーん、ちょっとこの辺、ガラが悪いかも。


「店任せたの失敗だったかもねえ」


 なんて、真理はぼやいていた。どんな所なのか、わたしも少し心配になる。


 繁華街の端、大通りから少し離れた場所に、目的の店はあった。あった、とは言っても、外から見えるのは小さな看板と、地下へと続く階段だけ。ちょっと怪しげな雰囲気で、余計に不安が増す。

 でも階段を降りてみて、わたしは目を輝かせた。

 床には小石が敷き詰められ、飛び石を渡って進むようになっている。小さな木や、苔むした岩や置かれていて、まるで日本庭園みたいだ。席は全部個室で、それぞれが小さなのようになっている。


「へえー、いいじゃない。隠れ家的な居酒屋ってやつ?」


 店員さんに案内されながら、真理は上機嫌に言った。わたしはと言うと、席に近づくにつれてだんだん緊張してきた。うう、ちゃんと話せるかな……。


 やがて、店員さんがの引き戸を開けた。真理はにこにこしながら中に入る。わたしは顔を伏せて後に続いた。


「どうもー」

「やあやあ、シンリーさん、ルビアさん。いらっしゃい」


 左手の奥側に座っていた人が、立ち上がってわたしたちを出迎えた。ちらりと顔を見てみると、人の好さそうな笑みを浮かべた、温和そうな男性だった。年は、三十代前半ぐらいかな? たぶん、この人がゼンさん。

 ってことは……。


 わたしは真理の隣に座りながら、真向かいにいるもう一人の男性に目を向けた。ぴしっとしたシャツとジャケットで、短い黒髪を軽くセットしている(と思う)。清潔感のあるよそおいだ。腕を組んで、難しそうな顔をテーブルに向けている。

 ……リアルでもイケメンなんだ。なんて、ぱっと見て思ってしまった。たぶん、わたしたちと同世代か、ちょっと上?


 わたしがついじっと見ていると、ランス(?)がふと顔を上げた。ばちりと目が合って、慌てて顔を伏せる。う、変に思われたかも。


 みんなが席に着くと、ゼンさん(?)が思い出したように言った。


「おっと。自己紹介しなきゃね」

「もう誰が誰か分かってる気がするけど」


 真理が喉の奥で笑う。


「はは、そうだね。お察しの通り、僕がゼンだ。本名は加藤善明よしあきです、よろしく」

「えっ」

「え?」


 真理とランスが同時に声をあげ、ゼンさん(加藤さん?)はきょとんとしていた。

 わたしもちょっと驚いた。だって……。


「いや、普通オフ会で名前言わないでしょ」


 と言ったのは、ランスだった。真理もうんうんと頷いている。


「あれ、そうなのかい? 前行ったオフ会では、本名を名乗ったんだけど……」

「何のオフ会だったの?」

「エンジニア系でねえ」

「エンジニアって、IT系? ちょっと特殊なんじゃない?」

「そうなのかあ」


 気安くため口で話す真理を、わたしは冷や冷やしながら見ていた。ゼンさんは、べつに気にしてないみたいだけど……。


「ま、そういうことなら全員名乗りましょうか」


 真理がにやりと笑って言った。え、そうなるの?


「初めまして、あたしは桜真理よ。あ、分かってると思うけど、シンリーね」

「よろしく、シンリーさん」

「……よろしく」


 ゼンさんとランスが小さく頭を下げる。さっきから、ランスはなんだか緊張してるみたいだ。


「ほら、あかね

「ちょ、ちょっと」


 ぐいっと背中を押され、わたしは焦りながら言った。


「桜茜です、よ、よろしくお願いします」

「え、姉妹?」


 ランスが驚いた顔をわたしたちに向けた。真理はにんまりと笑う。


「どっちが姉だと思う?」


 そう尋ねられ、ランスは真面目に悩み始めたようだった。二人の顔に交互に目をやって、見比べている。う、そんな真剣な表情で見つめないで欲しい……。


「ちょっと、真理!」


 友人の肩を小突く。すると真理は、くすくすと笑いながら言った。


「ごめんごめん。姉妹じゃないのよ、偶然名字が被っただけ」

「ああ、そういうこと」

「だから『桜さん』は禁止ね? 呼ぶなら下の名前で呼んでちょうだい」


 そう言うと、真理はわたしに意味ありげな視線を送った。もう、なんなの……。

 するとランスは、ちょっと考え込むようにした後にこう言った。


「一応聞くけど、ルビア……でいいんだよな。じゃない、いいんですよね?」

「あっ、はい」


 キャラの名前を言ってなかったことを思い出して、慌ててこくこく頷く。隣の真理が、わざとらしくドン引きしながら言った。


「うわ、ランスが丁寧に喋ってるとか違和感すごい」

「なんでだよ」


 ランスは不貞腐ふてくされたように言った。わたしは思わずくすりと笑ってしまって、慌てて口元を手で押さえた。


 急に会話が途切れて、静かになる。こういうのを、天使が通るって言うんだっけ……なんて考えていると、


「あ、悪い。俺の番か」


 ようやく気付いたかのように、ランスが言った。


「あー、ランスです。……名前は、荻野奏人かなとです。よろしく」

「かなと君かー、よろしくねー」

「いや馴れ馴れしすぎない?」


 思わずと言った感じで、ランスが真理に突っ込みを入れる。わたしも同感だ。


 そうこうしているうちに、料理とお酒が運ばれてきた。あれ? まだ何も注文してないんだけど……。

 疑問に答えたのは、ゼンさんだった。


「とりあえずビール頼んでおいたけど、いいよね?」

「俺はいいですけど」

「ゼンさん、感性が古い」

「えっ、ほんと?」


 真理の冷静な突っ込みに、ゼンさんはかなりのショックを受けているみたいだった。もう、真理ー……。


「……えー、じゃあ気を取り直して。乾杯!」


 ゼンさんのコールと共に、『白灰しらはい登山部』のオフ会はスタートした。

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