第10話 問題解決と…
「……っ!」
会社休みの土曜の朝、わたしはベッドからがばりと飛び起きた。べつに、目覚まし時計が鳴ったからじゃない。さっきまで見ていた夢のせいだ。
それも怖い夢とかじゃなくって、ランスと一緒に遊びに行く夢。ゲームかリアルか分からない山を一緒に登って、そして……。
わたしは再びベッドに突っ伏すと、枕に顔を埋めてじたばたした。うう、なんであんな夢……。
しばらくそうしたあと、のろのろとベッドから這い出した。火照った顔を冷ますため、洗面所に行ってぱしゃぱしゃと水をかける。一通りスキンケアを済ますと、気分がすっきりとした。
冷静になると、今度は逆に落ち込んできた。単なるゲームの中の知り合いなのに、なに考えてるんだろう、わたし。
「あ」
コーヒーを入れるためにお湯を沸かし、パンを焼こうとと棚に手を伸ばしたところで、備蓄が切れていることに気づいた。昨日の会社帰りに買おうと思っていたのに、すっかり忘れていた。ゲームのイベントに気を取られていたせいだ。
仕方なく、近くのコンビニに買い出しに行く。当然(?)、メイクはしない。一人暮らしを始めた頃はすっぴんで外に出てもいいのか迷っていたけど、最近は全然気にしなくなった。べつにいい……よね?
ようやくトーストとコーヒーが揃い、わたしは「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。この前真理にお土産でもらった、桃のジャムがすごく美味しい。そう言えば、旅行なんてしばらく行ってないなあ……。
部屋の隅にあるパソコンに、ちらりと目をやる。朝からゲームもどうかなと思ったけど……やっぱりやろう。イベント服欲しいし。
食事を終え、メルヘンライフオンラインにログインする。さすがに誰もいないかなと思ったら、
『おは』
ランスの発言が画面に表示されて、わたしはどきりとした。
『おはようございます』
『イベクエ行くか?』
『行きます』
すぐにそう答えると、服を取るための
予想通り、難しくはないけどちょっと面倒なクエストだった。無人島にいる指定の敵を十匹倒せばいいんだけど、その敵がなかなか出ない。同じクエストをやっている人たちで、取り合いになっていた。
せめてもの救いは、キャラ同士でパーティを組んでいると、誰かが倒せば全員カウントされるってこと。つまり、わたしとランスで合計十匹倒せばいい。近くでは、『一時的にパーティ組みませんか?』というチャットがたくさん流れていた。
『なかなか倒せませんね……』
『昨日はもっと悲惨だったらしいぞ。シンリーが愚痴ってた』
すぐに想像がついて、わたしはちょっと笑ってしまった。確かに、イベント二日目のしかも朝でこれなんだから、昨日の夜は大変だっただろう。
二人で手分けして敵を探す。わたしが人のいないところを選んでうろうろしていると、
『よっしゃ!』
ランスの発言と共に、カウントが一気に三つも上がった。わたしはぱあっと顔を明るくして言った。
『すごいです!』
『よーしあと半分か、すぐだな』
頼もしいランスの言葉。そのあとも、相談したり雑談したりしながら、着実に敵を倒していく。結局そこからまだ時間がかかったけど、全然苦にならなかった。
残り一匹というところで、真理もログインしてきた。ルビアの位置を調べたのか、すぐにこう言った。
「クエストどう?」
「もうすぐ終わるよ。あ、終わった」
「お、服見に行こ」
「シンリーも交換した?」
「したした」
「じゃあ交換所の前にいるね」
「オッケー」
ランスと一緒にイベント会場に戻ると、イベント服を着たシンリーが待ち構えていた。黒と赤の魔女っ子衣装で、ぴょんぴょん飛び上がるたびに、短いマント(ケープ?)がひらひらと揺れている。かわいい!
わたしも早速アイテムを交換して、ルビアに着せる。シンリーと服自体は同じだけど、背の高さも体型も違うから、ちょっと大人っぽい衣装にも見える(胸元も開いているし)。でも、やっぱりかわいい。
『かわいいな』
『かわいいですよね!』
ランスの発言に、わたしはすぐに反応した。自分のキャラを褒めてもらえるのは、素直に嬉しい。
「やっぱランスさん、絶対茜に気があるでしょ」
「えっ、なんでよ」
突然真理にそんなことを言われ、びっくりして聞き返した。
「何とも思ってない子にかわいいなんて言う人じゃないよねえ、ランスさんって」
「かわいいって、キャラのことでしょ! ルビアかわいいじゃん!」
「んー? でもあたしにはかわいいなんて言わなかったけどー?」
真理が冷やかすように言う。わたしはまた顔が熱くなりそうになったけど、
「ゲームの中のことでしょ」
すぐに冷静になって、硬い口調で返す。そうだ、ゲームはゲーム。勘違いしちゃ駄目だ。
「ふむ」
黙り込む真理。その時ちょうど、ゼンさんがログインしたという表示が出た。わたしは何となくほっとしたような気分になると、キーボードで文字を打ち込んだ。
『おはようございます』
『ゼンさんおっはー』
シンリーの台詞が続く。するとゼンさんは、
『おはよう。昨日はごめんね』
と謝る。何のことか分からなくて、わたしはきょとんとした。シンリーとランスは『いえいえー』『いや俺の方こそ』なんて返している。
「昨日何かあったの?」
「ああ、言うの忘れてた」
真理は『ルビアには説明しとく』とチャットを打ったあと、口で説明を始めた。
「ミオさんいたでしょ?」
「うん」
わたしは小さく頷く。いた、って、過去形……?
「あの人ねー。前話した姫ちゃんだったの」
「え?」
「問題起こして、知り合いのチームから追い出されたって人の話したでしょ?」
確かに聞いた。チームの男の人に貢がせてたっていう……。
「ちゃんと覚えてなくて、裏取るのにちょっと時間取っちゃったけど」
「そうなんだ……」
「ランスさんも付きまとわれて困ってたみたいでね。昨日ちょっと揉めたんだけど、結局出ていった」
わたしは呆然と真理の話を聞いていた。自分がいないうちに、そんなことになってたなんて。
『ほんとごめんね。一応面接はしたんだけど、そんな人だとは気づかなくて』
ゼンさんは申し訳なさそうに謝っていた。するとランスが、茶化すように言った。
『ゼンさんはああいう馬鹿っぽい女に弱いんだな』
『いやいや……』
『て言うか、一番喋ってたのはランスなんでしょ? 女の子に迫られてデレデレしてたんじゃないのー?』
真理が突っ込む。ランスの反論が、即座に返ってきた。
『んなわけあるかよ。女にデレデレとかしねーし』
「ふーん?」
挑むような口調で呟くのが、ヘッドホン越しに聞こえてくる。なんか、嫌な予感がするんだけど……。
『じゃ、ほんとかどうか確かめるために、オフ会でもしましょうか!』
それを聞いて、わたしはぽかんとしてしまった。急になに言い出すの!
「ちょ、ちょっと真理……」
『いいぞ。やるか』
『僕はあんまりやったことないけど、みんなが来るなら行くよ』
『やりましょやりましょ。ルビアも来るって』
「えええ!?」
わたしは思わず、
「勝手に決めないでよ!」
「いいじゃない、話す練習になって。合コンで知らない男とより、ランスさんの方がいいでしょ?」
「う、それはまあ……」
もごもごと言うと、真理は楽しそうにくすくすと笑っていた。うう。
『つか集まれるのか?』
『全員そんな遠くないでしょ。天気の話題とかだいたい被るし』
『ストーカーかよ』
『失礼ね。どの駅が近い?』
なんてどんどん話が進んでいくのを、わたしは呆然と眺めていた。
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