第27話 船造り

 結局、次に奏人君を見つけた(メルヘンライフオンラインで)のは、日曜の夜になってからだった。……ほんとはスマホアプリの連絡先も、電話番号もこの前交換したんだけど……まだ送ったことはない。


『みんな、時間があったら集まってくれないかな?』


 奏人君に話しかけようと思ったちょうどその時に、ゼンさんのチャットが画面に表示される。わたしは唇を尖らせた。


「また新メンバーだなんて言わないわよねえ」


 真理がぼやくように言った。わたしは少しどきっとする。……もしそうだとしても、男の人でありますように。


 わたしは荷物を整理してから、馬車乗り場へと向かった。


 少し緊張しながら、いつもの喫茶店に入る。登山部の他のメンバーは、もう集まっていた。

 ゼンさん、真理、奏人君、それからルージュさん。知らない人はいない。わたしはちょっとほっとした。


『来てくれてありがとう』


 わたしが席に着くと、ゼンさんが話し出した。


『みんなも知ってると思うけど、今、船を造るための材料を集めてるんだ』


 一月ほど前に、そんなことを言っていた気がする。真理も時々一緒にアイテム集めをしてるみたい。


『もうほぼ集まったんだけどね』

『へえ、すごいな』

『あたしも手伝ってるからね!』

『うん、シンリーさんのお陰でだいぶ助かってる』


 ゼンさんがわざわざ真理の方に顔を向けると、真理も同じように返した。……なんか、いいな。


『でも最後の一つが入手が難しくてね。チームのみんなに手を貸して欲しいというのが、今日の話なんだ』

『何が足りないんだ?』

『真竜の翼だよ』

『あー』


 奏人君が、唸り声のような声をあげた。わたしはちょっと首を傾げる。飛竜の翼なら知ってる(ワイバーンが落とすやつだ)けど……。


『真竜ってなんですか?』

『ドラゴンっすか?』

『そうそう』


 わたしとルージュさんの質問に、ゼンさんが答える。ドラゴンかあ。

 このゲームでは(ほかのゲームでも?)、ドラゴンは最強クラスのモンスターだ。ストーリー後半の重要なボスも、ドラゴンが多いらしい。わたしたちのレベルではちょっと辛い。


『ユーザー店で買ったらいいんじゃないの? ゼンさんなら買えるっしょ』

『ま、そうなんだけどね。せっかくだから自分で取りたい』

『わかります』


 わたしはすぐに頷いた。お菓子を作るのにも、買った材料より、自分で採った方が楽しい。


『んー、分からなくはないけど』

『お金があったら買っちゃいますねえ』


 真理とルージュさんは、ちょっと意見が違うみたい。ゼンさんは、困ったように間を空けてから、言った。


『まあそういうわけで、ドラゴン退治を手伝って欲しいんだよ。僕のわがままで悪いんだけど、その代わり、船はチームの共有にしようと思ってる』

『豪気だなゼンさん』


 奏人君が驚いたように言う。ルージュさんが尋ねた。


『そんなことできるんすか?』

『ああ、船は家と同じ建築物扱いだからな。所有者がログアウトしても消えないし、設定すれば他人でも操縦できる』


 へえー、わたしも知らなかった。てことは、船は荷物入れインベントリにしまったりはできないのかな。ちょっと持ち運び(?)が大変そう。


『手伝うのはいいけど、俺らで倒せるドラゴンいるの?』


 奏人君が当然の疑問を投げかける。それが一番の問題だ。

 するとゼンさんは、こう言った。


『うん、一匹だけいるんだよね。とあるダンジョンに』

『あー、もぐらドラゴンか』

「もぐらドラゴン……」

「もぐらドラゴン?」


 わたしと真理の(リアルの……)声がハモる。目の前にいたら、顔を見合わせてたと思う。

 真理が聞いた。


『もぐらドラゴンって何?』

『ネットでそう呼ばれてるボスがいるんだよ。土に潜るから』

『漢字で書いたら土竜竜っすねー』


 と、ルージュさん。変な名前。


『話が逸れたけど……今から倒しに行こうと思うんだけど、手伝ってもらえないだろうか?』

『ああ』

『もちろん!』

『はい』

『いいっすよー』


 みんなは口々にOKする。ゼンさんが立ち上がりながら言った。


『ありがとう。じゃあ、一度解散して準備しようか』


 わたしは着ていく服のことを考えながら、喫茶店を出た。





 例のドラゴンがいるというダンジョンは、下へ下へと延びる地下洞窟だった。深く潜るほど、道は細く、入り組んでいく。


 洞窟探検ということで、全身を覆う、肌がほとんど出ない服を選んだ。いつも着ているマントも、今日は無し。ウェーブの長い髪はそのままだけど……これは、ルビアのトレードマークだし。

 今日はルージュさんも、軽めの動きやすい服装をしていた。ぱっと見、日本の登山服みたい。こんな服見たことないけど、たぶん上手く組み合わせてるのかな。ゼンさんのローブも、ぴったりしていて動きやすそうだ(たまたまかも?)。

 真理シンリーは、相変わらずのふりふりドレスだけど。奏人君ランスもいつも通り全身鎧。二人とも、それ、気に入ってるなあ。


 洞窟の中では、頻繁にモンスターと出会った。そこまで強くはないんだけど、壁に開いた穴から急に飛び出してくるから、心臓に悪い(ダンゴムシみたいな気持ち悪い姿だし……)。ちょっと前のわたしだったら、パニックになってたかも。


『そろそろだね』


 ゼンさんが言った。わたしは気を引き締める。

 もしかして、そのへんの穴から出てきたりするのかな? 今まで見た中だと、そこまで大きな穴は無かったけど……。

 同じようなことを思ったのか、真理が言った。


『もぐらドラゴンとご対面かー』

『いや、その前に』


 ゼンさんが何を言いかけたかは、すぐに分かった。角を曲がった直後に、一気に視界が広がったのだ。そして、その奥には。


『おおー』


 真理が歓声をあげた。とっても広いドーム状の空間のほとんどを、明らかに人工的な建造物が埋め尽くしていた。古い神殿みたいな感じ? 遺跡って言った方がいいのかも。


 その遺跡には、入り口らしきものが全く見当たらなかった。窓もない。枠だけはそれっぽいものがあるんだけど、その中は石で埋まっている。

 どうやって入るんだろうと思っていたら、


『ここのボスがもぐらドラゴンだよ。中に入るにはね』


 と、ゼンさんが説明を始めた。遺跡の裏側に回り込むように移動するのに、みんなで付いていく。


『あの祭壇でワープできるんだ』


 遺跡の後ろ、ドームの入り口のちょうど反対側に、祭壇はあった。祭壇とは言っても、薄い円柱形の石がちょこんと置かれているだけで、知らないと見逃してしまうかもしれない。


『誰かが乗ると、十秒後に上に乗ってる人が全員ワープする。一度使うとしばらく使えないから、乗り遅れないように気をつけてね』

『ルビア、落ちるなよ』

『落ちません』


 奏人君の言葉に、わたしはくすりと笑った。


『それじゃ行くよ』


 ゼンさんの合図とともに、全員石の上に乗る。石が、ほわんと光った。光は徐々に強くなっていく。


『あ、それから、ワープ先は二か所あるんだけど、どっちに出るかは人によってランダムなんだ』


 ゼンさんが思い出したように言った。え、そうなの?


『一人になったらごめんね。最悪脱出してやり直すから』


 ゼンさんの台詞が見えた直後に、画面が暗転した。

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