第9話 デー…ト?

 一章の初めの方は、特に問題もなくさくさくと進んだ。案内役の妖精の後について、簡単なクエストをクリアしていく。ストーリーを読む方が時間がかかってるんじゃないかと思うくらい(動画ムービーも流れるし)。

 途中、謎解きが分からなかったところも、ランスがヒントを出してくれたおかげで先に進むことができた。ずっとついて来てもらうのはちょっと申し訳なかったけど、『気にすんなよ』と言ってくれたので甘えている。


 問題は、やっぱりボスだった。『どれくらい手伝ってほしい?』と聞かれて、せっかくだからなるべく自分でやろうと思ったんだけど……。


「あっ」


 わたしは小さく声をあげた。モンスターのうちの一匹が、部屋の外に逃げていってしまったのだ。

 画面が真っ赤になって、失敗の表示が出る。また最初からやり直しだ。


『ちゃんと全部の扉見とけよ』


 ランスが呆れたように(そう聞こえちゃう……)言った。わたしはがっくりと肩を落とした。


 部屋には四つの扉があって、モンスターは何匹かの集団を作って出ていこうとする。それを逃がさないように攻撃して倒せばいいんだけど、これが(わたしにとっては)難しい。モンスターを上手くクリックできないのだ。

 扉一つは、ランスに見てもらってるんだけどなあ……。思っていたよりも自分がもっと下手だったということが分かって、ちょっとショック。ヒーラーは大変だとは言っても、もう一年以上このゲームやってるのに。


『次行くぞ』


 ぶっきらぼうにランスが言う。もしかして、わたしが全然できるようにならないから、怒ってるのかなあ……。


『すみません、やっぱりもっと手伝ってもらってもいいですか?』


 わたしは思い切って言った。もうちょっと頑張りたかったけど、これ以上待たせたくない。

 するとランスは、少し考えたあとに言った。


『お前がそうしたいならいいが、俺のことは気にすんなよ?』


 う、見透かされてる。


『でも、さっきから失敗ばっかりだし』

『だから気にすんなって。さっきも言ったが、お前とだったら何やってても楽しいから』


 その言葉に、わたしは完全に固まってしまった。さっきも言ったって、それだいぶニュアンスが違う……。


『じゃあ、今のままでお願いします』


 わたしは何とかそう打ち込むと、熱くなった頬に手を当てた。




「やった!」


 思わず大きな声を出してしまって、慌てて自分の口を閉じた。真理とボイスチャットボイチャしていたら、突っ込まれていたところだ。

 画面には、イベントムービーが流れている。十回以上の挑戦の末、ようやくボスを倒したのだ。わたしは感極まった表情で、画面を眺めていた。


『おつ』

『ありがとうございます』


 ムービーが終わり、ランスのねぎらいいの言葉に返事する。ちらりと時計に目をやると、ちょうど日が変わるところだった。だいぶ長いこと、ボスで詰まっていたみたいだ。目を閉じ、まぶたをごしごしとこする。


『このまま無人島行くか?』

『行きます!』


 わたしはすぐに宣言した。さすがにちょっと疲れてきたけど、あともう少し。早く新しい服をルビアに着せてあげたい。


 街に戻ると、早速港に向かった。さっきのボスを倒すと、システムで用意された船(設定上は、漁師さんの船)に乗せてもらえるようになる。これを使うことで、船を持っていなくても無人島に行けるのだ。


 船は定期的にしか出ないんだけど、運よく出発間際を捕まえることができた。二人で乗り込むと、すぐに動き出した。

 甲板の上には、たくさんのキャラがたむろしていた。みんなイベント目当てだろう。小さな船なので、ぎゅうぎゅう詰めになっている。


『こいつらまとめて叩いたら一気に経験値入りそうだな』

『やめてくださいよ!?』


 恐ろしいことを言うランスに、わたしは慌てて釘を刺した。そんなことをしたら、すぐに捕まって監獄送りだ。『ジョークだって』なんて言ってるけど……。


『あの船すげえな』


 と、ランス。それを聞いて、わたしは海に視線を向けた。

 今乗っている漁船の何倍もある大きな船が、すぐそばを通り過ぎていった。巨大な帆をいっぱいに広げて、すいすいと進んでいく。


 よくよく見てみると、海にはたくさんの船が浮かんでいた。大きなものから、小さなものまで。シンプルな外観のものもあれば、豪華に装飾されたものもある。あのかぼちゃ馬車を海に浮かべたような船は、魔法で動いてるのかな?


「ふあ……」


 欠伸を漏らしながら、十分じゅっぷんほどの海の旅を楽しんだあと、目的の無人島に着いた。森に覆われた小さな島だ。残念ながら、山は無い。

 港……というか、小さな船着き場はもういっぱいになっていた。みんな、岸に適当に船をとめている。あ、島に乗り移ろうとして落ちてる人が……。


『こっちだ』


 船を降りて、ランスの案内でイベント会場に向かう。

 坂を登った先には、カラフルに飾り付けられた広場があった。七色に輝く(魔法の?)カボチャランプが吊るされた屋台が、たくさん並んでいる。空には、小さな花火があがっている。あの的当てみたいなの、楽しそう。


 うきうきしながら広場に足を踏み入れたその時、ボイスチャットの呼び出し音が鳴った。反射的にOKすると、


「やっっと仕事終わった……」


 疲れ切った真理の言葉が、耳に飛び込んでくる。わたしはくすりと笑って言った。


「おかえり」

「んー? なんか機嫌いいね。あっ、またデートしてる」

「……デートじゃないって」


 反論するまでに、少し間が空いてしまった。ゲームの画面には、シンリーがログインしたという表示が出ていた。


『どした?』

『あ、ごめんなさい』


 ランスに声をかけられ、慌てて付いていく。ヘッドホンからは、真理の声が続けて聞こえてきていた。


「イベント手伝ってあげようかと思って来たんだけど、必要なかったみたいねえ」

「う、ごめん」

「いいっていいって。茜が幸せそうでよかったわー」

「なによ、それ」


 またしても頬が熱くなる。真理が目の前にいなくてよかった。それから、もちろんランスも。


『前提クエあんのか』


 服の交換所に着いたところで、ランスが言った。わたしは目を丸くする。


『え? 服ですか?』

『そう』


 言われて確認すると、確かに前提クエストがあるみたいだった。つまり、そのクエストをクリアしてからじゃないと、服を交換できないってことだ。


「そんなあ……」

「どしたの?」

「イベント服、前提クエあった」

「え、書いてたじゃん」

「え、うそ」


 開催場所に気を取られて、ちゃんと確認していなかった。内容を読んでみると、難しくはないみたいだけど……う、これたぶん結構時間かかる。


『すみません、今日はもう寝ます』


 わたしはギブアップ宣言を出した。眠いし、ボス戦で頑張りすぎて目も痛くなってきたし……。


『おやすみ』

『おやすみなさい。今日は本当にありがとうございました』


 ルビアにぺこりとお辞儀させると、わたしはログアウトした。


「ごめん、わたし先に寝るね」

「了解。あとはあたしに任せて」

「なにを?」

「いいからいいから」


 真理の態度に何か不穏なものを感じながらも、急に押し寄せてきた眠気と戦いながら、わたしはパソコンの電源を切った。

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