第8話 初心者さん
部屋に入ると、わたしは真っ先に暖房を付けた。冷えた手をこすり合わせたあと、ログインボタンをぽちりと押す。
真理はまだ仕事中かなあと、ぼんやり考える。あの子の残業が多いのは、仕事ができないからじゃなくてむしろ逆。優秀だから、いろんな部署から引っ張りだこらしい。
ログインが終わり、ルビアと家の中の景色が画面に映る。そのすぐ後に、『こんにちわー!』というミオさんからのあいさつが来た。わたしは半分無意識に返答した。
登山部には他にランスもいたけど、特にあいさつとかは無い。これはいつものことだ。
二人のいる場所を調べると、一緒に遊んでるみたいだった。思った通りだ。……わざわざ調べて何してるんだろう、わたし。
やっぱり、ストーリーはランスに頼らず一人で進めよう。「邪魔しちゃ悪いなんて考えちゃダメ」という真理の言葉が頭をよぎったけど、さすがに今声をかける勇気は無い。たぶん断られるだろうし、断られたらきっと今よりもっとショックだ。
一章の初めのクエストを受けられる場所に向かいながら、真理なら気にせず声をかけるのかなとふと思った。たぶん、かけるだろう。何なら、二人が遊んでいるところに突撃するかもしれない。
目的地である『生命の泉』に着いたわたしは、懐かしい気分になって口元をほころばせた。ここに来たのは久しぶりだ。
メルヘンライフオンラインを始めてキャラを作ると、オープニングの後にこの泉の前に出る。キャラは記憶を失っていて、目の前に現れた妖精に、わけも分からずついて行くことになる。
ストーリーを進めると、実は自分が異世界(地球のことらしい?)の住人だってことや、世界を救うために召喚されたことが、徐々に分かっていくらしい。わたしは全然やってないから、よく知らないけど。真理に聞いただけだ。
そうやって、ぼーっと画面を眺めていると、
「え」
突然目の前にキャラが現れて、思わず声が漏れた。
ルビアと同じぐらいの背格好の女の子だ。愛らしい顔立ちで、濃すぎない自然なメイクが、キャラのかわいらしさを強調している。キャラ
そんなキャラが、ぼろぼろの布を掛けただけのようなみすぼらしい服装をしているのは、ちょっと
『すみませーん』
目の前のキャラ(ルージュ、という名前がチャット欄に出ている)が発言した。近くには他に誰もいないから、わたしに話しかけてるんだろう。
『なんでしょう?』
少し緊張しながら返事する。知らない人と話すのなんて、久しぶりだ。
『街ってどう行けばいいっすか?』
『ええと』
わたしは口ごもった。道は分かるけど、文字だけで伝えるのは難しい。
『案内します?』
『まじっすか。お願いします』
『はい』
ルビアを操作して、近くの街へと向かう。ルージュさんは、操作に戸惑うこともなくぴったりとついてくる。たぶん、今始めたばっかりの初心者さんだと思うんだけど、こういうゲームに慣れてるのかな?
少し歩いたところで、わたしはあることに気づいた。始めたばっかりなら、クエスト(ちょうどわたしがやろうとしていたやつ)をやれって言われてるはずだ。もしかすると見えてないかも。
『クエストやらないんですか?』
『あー、そういうのはいいっす』
画面右の方に表示されてるはず、とか説明しようとしたのに、即拒否された。ストーリーにはあんまり興味ないのかもしれない。わたしみたいに。
『とりあえず服買いたいんすよねー。これ全然かわいくないし』
『なるほど』
確かに、今の服はいくらなんでもあんまりだ。でも、作りたてのキャラが持ってるお金で買える服なんて、あったかな。ちょっと覚えてない。
そうこうしているうちに、街に到着した。ルージュさんは、ルビアの周りをくるくる回って喜びを表現すると(たぶん、
『ありがとうございました!』
元気よく言って去っていった。わたしは手を振って見送る。あ、服屋さんの場所教えてあげればよかった。
初々しいなーなんて思いながら、後姿をぼんやりと眺める。ルージュさんは、近くの建物に手当たり次第入っているようだった。
やっぱり場所、教えてあげようかな。でも、ああやって色々を周るのが楽しいのかも。だとしたら、余計なおせっかいだ。
考え込んでいたわたしは、ルビアの近くで別のキャラがうろうろしていることに、ようやく気が付いた。あれ、というかこのキャラって……。
『気づけよ』
ランスの発言がチャット欄に現れて、わたしはびくりとしてしまった。え、なんでこんなところに?
『ランスさん? ミオさんと一緒だったんじゃ?』
思わず尋ねると、ランスは少し間を空けたあとに答えた。
『置いてきた。ストーリーやるんだろ? 付いてってやるよ』
わたしは思わず固まった。誘ってくれて嬉しい気持ちはある。でも……。
『ミオさんと遊んでる途中なんだったら、無理に手伝ってもらわなくても大丈夫です。一人でできますから』
『ちゃんと終わらしてきたっつーの。だいたいあいつと話してると疲れるんだよ。お前と遊んでる方が楽しいし』
今度の返事はすぐだった。ランスの言葉に、わたしはどきりとする。わたしと遊ぶ方が楽しい、だなんて。
でも、ちょっと納得いかないこともあった。てっきり、ミオさんと仲良く遊んでるんだと思ってたけど……。
するとランスは、こう続けた。
『新メンバーだから仕方なく構ってたが、あいつしつこすぎるわ。なんか装備くれとか言ってくるし。ゼンさんに相談しとく』
わたしはびっくりしてしまった。そういうことだったんだ。ランスもミオさんのこと……なんて思ってたのが恥ずかしい。
『だから早く行こうぜ。どうせボスで詰まるだろ、お前』
う、しっかり把握されてる。でも何故か、それがちょっぴり嬉しい。
『行くぞ』
『はい』
歩き出すランスの後ろに、わたしはぴったりと付いていった。
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