第7話 ハロウィンイベント

「イベント見た?」


 朝にハロウィンイベントの内容が発表された、金曜日のお昼。久しぶりにごはんを一緒に食べることになった真理の言葉に、


「見た。無人島が会場なんてひどいよ」


 わたしはぶすっとしながら頷いた。


 事前に予告されていた通り、イベント自体は始めたばかりのキャラでもできる簡単なものだった。すぐに終わる、移動するだけの指令クエスト……いわゆるお使いクエストをやったり、指定のアイテムを集めて服と交換したり。

 あ、服の材料は、自分で集めようと思うとちょっと難しいかも。でも、他の人から買ったりもできる。


 ただ会場が問題で、船でしか行けない場所にある。そこに行かないと、クエストも服の交換もできないみたい。さすがに「船を持ってる人しか行けません」ってわけじゃ無いんだけど……。


 コンビニのサンドイッチを食べようとしていた(最近はお弁当を作る暇が無いらしい)真理が、きょとんとした表情で手を止めた。


「まさか茜、一章終わってないの?」

「……うん」

「えー!」


 真理は声をあげて驚いた。わたしは指を自分の唇に当てて、静かにするよう仕草でお願いした。


「そんなに驚かなくてもいいじゃない」

「普通一章ぐらい終わってるでしょー?」


 と言われ、唇を尖らせた。


 『一章』というのは、メルヘンライフオンラインのながーいストーリーのうち、一番最初の部分のこと。いくつかのお使いクエストとモンスター退治、最後にボスを倒せばおしまいで、数時間で終わるらしい。

 実はイベント会場の無人島は、一章を済ませていると船を持っていなくても行くことができる。ゲームを始めるとまずこれをやるように指示されるので、ほとんどのユーザーはクリアしてると思う。でもわたしは、それすら手をつけていなかった。


「だって、お菓子作ったり着せ替えしたりするの楽しそうだなーと思って始めたんだもん。モンスター倒すゲームなんてやったことなかったし」

「それでよくいきなりMMOやる気になったよねえ」


 真理が呆れたように言った。


 わたしがメルヘンライフオンラインを始めたのは、就活が終わった去年の夏だ。何か新しいことでもやろうかなと思っていた時に、CMで見てちょっと面白そうに見えたのだ。今ではすっかりハマっている。

 真理はわたしが誘って始めた。ゲームなんてしなさそうだしあんまり期待してなかったんだけど、意外にもあっさりOKしてくれた。お兄さんがゲーム好きで、子供の頃からちょこちょこ付き合っていたらしい(ちなみにわたしは一人っ子だ)。


「で、どうするの? イベント諦めるってことは無いよね?」

「ないない」


 わたしはぷるぷると首を振った。せっかく先にアイテムまで集めたのに。


「頑張って一章終わらせるつもり」


 それしか無いだろう。誰かに船を借りるって手もあるけど、登山部の人は持ってないし(ミオさんは知らないけど……)、他に知り合いもほとんどいない。


 すると真理は、思いがけないことを言った。


「んー、一人だと辛いかもね」

「へ? なんで? 一章だけだよ?」


 わたしは驚いて早口になりながら尋ねた。始めたばかりのキャラでもクリアできるんだから、さすがにルビアなら簡単だと思ってたんだけど……。


「ボスがねえ。ヒーラーだとちょっと大変らしいよ」

「なんで?」

「敵がたくさん出てきて、どんどん倒さないと強制的に負けになっちゃうの。ヒーラーって複数に攻撃できるスキル無いでしょ?」

「無いね……」 


 というより、攻撃スキルが無い。普通に武器で攻撃はできるけど、一匹ずつだ。回復術師ヒーラー以外なら、複数の敵にダメージってスキルが必ずある。


「だから通常攻撃でちまちまやるしかないんだけど、急がないと間に合わないよ。キャラのレベルが高くてもあんまり関係ない」

「う、そんなのわたし絶対無理じゃない……」


 自慢じゃないけど(本当に……)素早い操作は苦手だし、特に戦闘はダメ。どこを見て何をすればいいか分からなくなって、すぐパニックになってしまう。


「一章からそんなのひどくない?」

「だからヒーラーは上級者向けだって書いてたでしょ? キャラ作る時」

「え、そんなの書いてた?」


 全然見てなかった。回復とか面白そうだなーと思って選んだだけなのに……。


「ま、べつに問題ないよねえ。ランスさんに手伝ってもらえば」


 なんて、真理はにやにやしながら言った。でもそれを聞いて、わたしは微妙な表情をした。


「喧嘩でもした?」

「ううん」


 訝しげに尋ねる真理に、緩く首を振る。


「喧嘩したわけじゃないけど、最近あんまり遊んでないよ」

「うそ、なんで?」

「ランスさん、ミオさんとばっかり遊んでるから」

「えー!」


 真理はまた大声を出していたけど、今度はいさめる気分にはならなかった。


「へえー、ランスさんってああいうのが好みなのね」

「……知らないけど」

「聞いてみたら? 今後の参考に」

「聞かないから」


 わたしは顔を伏せると、おにぎりを大きくかじった。


「ふーん、でもそんなことになってたなんてね」

「真理、次いつ来れそう?」

「ん。週末はたぶんいけるかな。今日はちょっと無理」


 そう言う真理の声は、どこか上の空だった。ちらりと目を向けると、人差し指を頬に当て、どこかを見つめながら考え込んでいるようだった。

 わたしは食べ終えた後のゴミを片付けながら言った。


「とりあえず一人でやってみる。もし駄目だったら、週末手伝ってもらっていい?」

「もちろん。でもランスさんにもお願いしてみたら?」

「……聞いてはみるけど」


 あんまり気が進まない。二人が遊んでるところを、邪魔したくないし。


「邪魔しちゃ悪いなんて考えちゃダメよー?」


 心の中を読んだかののような真理の台詞に、わたしは何も答えなかった。

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