第5話 デートじゃない!

『遅かったな。モンスターに絡まれたか?』


 待ち合わせ場所に着くなり、ランスにそう突っ込まれた。一瞬なんて答えようかと迷ったけど、素直に話すことにした。


『すみません、シンリーと話し込んでしまって……』

『それならいいんだが』


 文句でも言われるかと思ったけど、すんなり許してくれたようで、ほっとした。

 あと、間違って『真理と話し込んで』と書きそうになって、焦ってしまった。危ない危ない。


『じゃ行くか』

『はい』


 歩き出すランスの後ろについていく。目の前には、所々に木が生えた、険しい岩山がそびえ立っている。

 岩壁はどこも急斜面で、ぱっと見は登れそうにない。でももう慣れたもので、ランスはキャラが滑り落ちないところを選んで駆け上がっていった。これぐらいなら、空中浮揚レビテーションも必要ない。


 枝が広がる大きな木が、いかにも邪魔そうなところにあったけど、ランスは気にせず進んでいった。

 このゲームの木は、幹以外、ぶつかってもするりと通り抜けてしまう。なんか、変なところで適当だ。ルビアの長い髪や、緑のマントがいちいち引っかかったりしても、それはそれで困るけど……。


『シンリーはリアルの知り合いなんだっけ?』

『そうですよー』


 ランスの言葉に肯定を返す。べつに、特に隠したりもしていない。


『ボイチャとかしてんの?』

『はい』

『そっか。やっぱあった方が便利だよな』


 それを見て、わたしははっとした。まさか、登山部のみんなでボイスチャットボイチャやろうなんて言い出すんじゃ……。

 なんて思っていたら、ランスはこう続けた。


『後輩がメルヘンオンライン始めたいって言ってんだよな。導入検討してみるか』

『へえー』


 わたしはほっとしながら答えた。考えすぎだったみたいだ。


 さくさく山を登っていると、ランスが急にぴたりと足を止めた。進もうとしている先に、鳥型のモンスターの集団がある。

 う、ここモンスターいるんだ。あそこに突撃するのは、ちょっと危なそう。

 ランスは気づかれないように慎重に近づくと、石を投げて攻撃を始めた。当たったモンスターが寄ってくるのを、一匹ずつ倒していく。わたしは後ろからちまちまと回復した。


 ランスのジョブは騎士ナイトだから、離れた場所にいる敵を倒すのは苦手。確か、石投げしか攻撃する方法がなかったはず。弓使いアーチャーのシンリーか魔術師ウィザードのゼンさんがいれば楽なんだけど……。


 崖から落ちないように気をつけながら、ルビアを操作する。わたしはふと、ランスはなんで登山部のみんなを誘わなかったんだろう、と考えてしまった。そりゃあ最初はわたししかいなかったけど、後からでも呼べばよかったのに。


 不意に、「デートでしょ?」という真理の言葉を思い出してしまって、わたしはまた顔が熱くなった。そんなわけない、そんなわけ……。


『早く回復してくれ!』


 画面に表示されたチャットを目にして、わたしは我に返った。いつの間にか、ランスのHPヒットポイントがほとんど無くなっている。回復アイテムも使ってるみたいだけど、このゲームでは魔法以外の回復は効果が低い。

 回復魔法のアイコンを、かちかちと慌ててクリックする。何度か魔法がかかると、HPがようやく最大まで戻った。


 モンスターの群れを倒してほっとしていると、ランスが呆れたように(わたしの妄想だけど……)言った。


『戦闘中にぼーっとしてんなよ』

『すみません……』

『俺が普段レベル上げてるとこだったら、もう死んでるぞ』


 うう、怒られてしまった。しょんぼりしながらついていく。


 この山はモンスターが多いのか、登っている間に何度も襲われた。ランスが戦ってくれてるうちはよかったんだけど、


「あー!」


 いきなり後ろから攻撃されて、わたしは思わず大きな声で叫んでしまった。真理が「うわ、びっくりした」と声をあげたほどだ。


『動くなって!』


 パニックになって逃げ回っていると、ランスからの指示が飛んできた。その言葉を信じて手を止めると、石投げに反応したモンスターが、ランスの方へと攻撃対象を変える。わたしは、はーっと長く息を吐いた。


「どしたの? 大丈夫?」

「うん、モンスターに攻撃されたけど、助けてもらった」

「なーんだ」


 真理が拍子抜けしたように言う。なーんだ、って……死んじゃうんじゃないかと思って、怖かったのに。


『敵に絡まれたら動かず自分を回復しろよ。俺がすぐにがすから』

『わかりました』


 ランスの言葉を胸に刻みつける。動かず回復、覚えとかないと。


 そのあとも、モンスターの集団を見つけたり、突然襲われたりを繰り返しながら進む。でもだんだんと慣れてきて、少しは冷静な対応ができるようになってきた。


『あそこが頂上だ』


 と、ランスが言った。岩壁の先を見上げると……つまり、マウスを操作して視点を上げると、空と山との境界線がすぐそばまで迫っていた。


 頂上は、空に向かって刺すように伸びる、細い岩の先だった。絶対立てなさそうな先っぽに立つと、その先の景色が画面いっぱいに映る。


「綺麗……」


 わたしはぽつりと呟いた。


 山の向こうには、青い海原が一面に広がっていた。波は控えめで、揺れ方はちょっとワンパターンだったけど、光をきらきらと反射していて綺麗だ。

 薄くかかるもやの先には、小さな島々が浮かんでいた。ちょうど、島に向かう船の姿が見える。


 このゲームの船は、ほとんどはユーザーの誰かが造ったものだ。噂によると、すっごく高いらしい。

 でも、いつかは船に乗って遊びに行ってみたい。今あの船が向かっている島は、すっごく背の高い山を中央に抱えている。あそこから滑空グライディングの魔法で飛び立てば、島をぐるりと一周できそうだ。さぞかし気持ちがいいに違いない。


 どれくらいの間、景色に見とれていたんだろう。チャット欄がぴこんと動くのに気づいて目をやると、


『もし時間があったら、いつもの場所まで集まってくれないかな? 少し大事な話があるんだ』


 ゼンさんの発言が、登山部のチャットに流れていた。他の二人にも見えているはずだ。真理は「あらま」とぽつり呟いていた。


『どうします?』


 ランスに向けて発言すると、返事はすぐに来た。


『行くか』

『わかりました』


 もうちょっとここに居たかったけど、仕方ない。慎重に岩壁を降りていこうとすると、


『死に戻りするか?』

『しません!』


 ランスの提案を、わたしは即座に否定した。

 死に戻りというのは、キャラが死んだ時、決められた場所(例えば、一番近い街)まで強制的に移動させられるのを利用して、ワープのように使うことだ。死ぬと経験値が減っちゃうんだけど、ほんの少しなので気にせず使う人も多い。

 でもわたしは、移動のために自分のキャラを殺すのはちょっと嫌。登山部の中だと、真理もやりたがらなくて、ランスとゼンさんは気にならないみたい。

 男女で別れてるのかな……って、あの二人が本当に男の人なのかどうかなんて、知らないけど。


 だいたい、山を登るのに比べて、降りるのはそんなに大変じゃない。滑り降りればすぐ下まで着くからだ。ただ、あんまり調子に乗って滑っていると、落下ダメージで死んじゃう時も……。


「残念だったねー。せっかくのデートだったのに」


 なんて真理が言うものだから、操作をミスして本当に落下死するところだった。わたしは慌てて自分に回復魔法をかける。


『気をつけろよ』


 ランスに注意されながら、わたしたちは集合場所へと向かった。

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