第4話 合コンとデートの話

「ただいま」


 くせになってしまった言葉とともに、安アパートの自分の部屋へと入る。一人暮らしだから、もちろん返事はない。

 ベージュのカーディガンを脱いで、押入れクローゼットに仕舞う。肩のあたりに小さなほつれを見つけて、わたしは眉を寄せた。うーん、そろそろ買い換えようかなあ……。


 洗面所にだけ寄って、パソコンデスクに向かう。コンビニの袋を置くと、わたしは早速パソコンをつけた。おにぎりをかじりながら、起動画面をぼうっと眺める。非力なこの子は、起動も遅いしゲームが始まるのも遅い。


 メルヘンライフオンラインにログインすると、ルビアを家から出して森へと向かわせた。ここで果物を採るのが日課だ。

 果物はたくさん種類がある。リップル(リンゴそっくりだけど、青とか紫とかいろんな色がある)、ミレープ(ブドウそっくり。ただし形が四角)、メリン(これはそのままメロン)、その他いろいろ。


 果物は、主にお菓子の材料になる。お菓子を食べるとキャラが一時的に強くなるので、そこそこの値段で売れる。わたしもよく、家で作ってお店に出している。


「あ」


 ルビアの頭の上にレベルアップのエフェクトが出て、わたしは小さく声をあげた。久しぶりに見た。いつの間にか、経験値が溜まってたみたいだ。

 このゲームでは、モンスターを倒す以外にも、いろんな活動をすることで少しずつ経験値が溜まる。果物を採ったり、料理を作ったり。あ、ストーリーを進めても溜まる、らしい。


 全然モンスターと戦っていないわたしが、真理たちと同じぐらいのレベルでいられるのはそのためだ。最近は、だいぶ遅れてきてるけど……。


「んー」


 首を傾けながら、どのスキルを上げようかと悩んでいると。


 ピコン、という効果音と共に、ランスがログインしたというメッセージが画面に表示された。プレゼントのお礼を言おうと思って、チャット欄に文字を打つ。だが書き終えて送信しようとしたところで、手が止まった。

 ランスがわたしに気があるなんていう、昼間の真理の言葉を思い出してしまったのだ。ぶるぶると首を振って、頭の中から追い出す。


『飛竜の翼ありがとうございました。ちょうど探してたので助かりました』


 送ったあと、なんだか妙にそわそわとしてしまった。長々と返事が来たらどうしよう。内容は想像つかないけど……。

 なんて思っていたら、


『ああ』


 という二文字だけで返ってきて、気が抜けてしまった。素っ気ない返事だ。気があるなんて嘘だよね、やっぱり。


『どうして探してるって分かったんですか?』


 なんとなく聞いてみると、今度はなかなか返ってこない。わたしはリップルをもぎ取りながら、しばらく待った。


『イベント服の材料だし、お前のキャラじゃ取れないだろ』


 というのがランスの答えだった。ふうん、それだけで分かるものなのかな。


 その後も、わたしはひたすら果物を回収した。こういう単純作業は結構好きだ。真理は「何が楽しいのか分からない」って言うけど。

 森の中をうろうろしていると、珍しい花が咲いているのを見つけた。花びらの色が一枚ずつ違う、七色の花。虹霓花、なんて難しい名前が付いている(こうげいか、って読むんだって)。

 これも、今度のイベント服に必要なアイテムの一つ。自分の分はもうあるけど、真理にあげようと思って拾っておく。


『なあ、今暇だったら山付き合ってくれね?』


 荷物がいっぱいになってきた頃に、ランスからのチャットが届いた。わたしはルビアを操作する手を止めて、返事を打った。


『いいですよ』


 すると、すぐに行き先と待ち合わせ場所が送られてくる。ここからだと少し遠い。家に戻りながら、どうやって向かうべきかを考える。

 このゲームには、ワープみたいな便利な移動手段が無い。うーん、馬車(すごく速い)に乗っていくのがいいかな?


 荷物を整理しながら悩んでいると、ログインメッセージが立て続けに流れてきた。真理のキャラ、シンリーと、ゼンさんが来たみたいだ。

 活動の日でもないのに、登山部メンバーが全員揃うのは珍しい。それに、真理は今日来れないはずだけど……。


 ログインとほぼ同時に、ボイスチャットの呼び出し音が鳴る。OKのボタンを押した瞬間に、真理の声が耳元で響いた。


「聞いてよ茜ー!」

「合コンで何かあったの?」


 真理はだいぶ怒ってるみたいだ。本来ならまだ合コン途中のはずなんだけど、早く終わったんだろうか?


「男の方にねー、結婚してるのを隠してるやつがいたの! しかも二人も!」

「ええ……」


 わたしは困惑したように呟いた。合コンって、普通独身しかいない……よね?


「女子にそれ知ってる人がいてさ、示し合わせて全員で帰ってきたの」

「あー、それで早かったんだ」

「そう、もうやんなっちゃう。それだけじゃないのよ」


 と、真理は合コンの愚痴をずらずらと並べ立てた。幹事が仕切らないだとか、男が一人でずーっと話してただとか、店の雰囲気がいまいちだとか。

 やがて、愚痴も言い尽したのか、真理は妙にすっきりとした口調で言った。


「でも最初から変だと思ってたのよねー。あんなハイスペックなアラサー男子が売れ残ってるなんて」

「アラサー? そんなに年上だったの?」

「男の方はね。はー、渋くて格好かっこよかったのになあ」

「やめてよ、不倫なんて」

「しないって」


 と、笑って返された。真理は年上好きみたいだから、ちょっと心配……ううん、さすがにそれは無いか。


「そういうわけだから、残念会付き合ってよー。どこでもいいからとりあえずモンスター倒したい」

「あ、ごめん。ランスさんと約束してるから……一緒に来る?」


 わたしが言うと、真理は何故か黙り込んだ。首をかしげながら、装備を整えて家を出ると、


「ねえ、それって、ランスさんと二人で行くの?」

「そうだと思うけど?」

「じゃあ、あたしを誘っちゃ駄目じゃないの」

「なんで?」


 思わず逆側に首を傾けて問いかける。だがわたしの態度が、真理はお気に召さなかったようだ。深ーくため息をつくと、呆れたように言った。


「だって、デートでしょ? それ」

「デート??」


 驚いたわたしは、マウスで変なところをクリックしてしまった。ルビアの回復魔法が、しゅわわん、と無駄に発動する。


「ゲームの中だよ?」

「ま、そうだけど。向こうはどう思ってるのか知らないよー?」

「絶対なんとも思ってないって! 二人で遊ぶのだってよくあるし」

「うわ、もうそんな進んでるんだ?」


 完全に面白がっている口調で真理が言う。わたしは顔が熱くなるのを感じた。

 くすくすと笑う声をヘッドホンから聞きながら、言い返す言葉を思いつけないでいると、


『ついたぞ』


 タイミング良く(悪く?)、ランスからのチャットが飛んでくる。思わずびくりと背筋を伸ばす。


「ほら、早く行ってきなよー。そろそろ呼ばれてるんじゃないの?」


 なんて、見透かしたように真理が言う。わたしは努めて落ち着いた口調で言った。


「ちょっとボイスチャットボイチャ反応薄くなるから」

「はいはい、ごゆっくり-」


 からかうような真理の言葉。わたしは深呼吸しながら、馬車乗り場へと急いだ。

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