第3話 ゲームとリアル
真理と遅くまで遊んだ、次の日の(というか、同じ日の)朝。
「……あ!」
出窓に置いた目覚まし時計の表示を見て、わたしはベッドから飛び起きた。起きるつもりだった時間を、とっくに過ぎてしまっている。ちゃんと設定したはずなのに、無意識のうちに止めていたみたいだ。
ばたばたと慌ただしく身支度する。さすがにすっぴんというわけにもいかないので、目の周りと唇だけを何とか整える。あ、口紅はみ出した。
急いでるのにいと恨めしく思いながら、丁寧にふき取る。ゲームみたいに、簡単に変えられればいいのに。
家を出ると、駅までの下り坂を早足で進んだ。
混雑した電車の中に、いそいそと乗り込む。出社時間がちょっと遅いから、そこまでぎゅうぎゅう詰めってことはない。その代わり、女性専用車はもう終わっちゃってるけど。
運よく、逆側の扉のそばまで行くことができた。会社までの三十分、こっちは一度も開かないのだ。
扉にもたれかかり、胸の前でバッグを抱くように持つと、ほっと一息ついた。
オフィスに到着したのは、始業時間の五分前だった。席に着いて、胸をなでおろしていると、
「寝坊した?」
からかうような声に振り返る。かっちりメイクの真理が、コーヒー片手に通り過ぎていく。スタイルの良さを生かすおしゃれな服に身を包み、それでいてオフィスにも馴染んでいる。
仕事のできる女って感じで、とても新入社員には見えない。わたしと違って。
わたしはパソコンをつけると、野暮ったい眼鏡をかけて仕事を始めた。
◇
「合コンぐらいみんな行ってるよ」
「ほんとに?」
コンビニおにぎりの袋を開けながら、わたしは疑わしげに聞いた。そりゃあ、真理がしょっちゅう行ってるのは知ってるけど……。
「ほんとだってば」
「そうだとしても、わたしは行かないから」
先回りして拒否すると、真理はかわいらしく唇を尖らせた。
オフィスのあるビルの食堂は、お昼時にも関わらず半分以上空いている。いつもこんな感じだ。近くに食べもの屋さんが多いからだろう。
真理は自分で作ってきたお弁当をつまみながら(マメだなあ)、残念そうに言った。
「勿体ないなあ。茜かわいいし、絶対ちやほやされるのに」
「お世辞はいいって」
今度はわたしが唇を尖らせる番だった。美人の真理の隣にこんな地味子が座ってたら、空気になるに決まってる。
「でも茜、あたし以外と全然話してないでしょ?」
「え? ないけど……」
わたしは身を縮こまらせながら、おにぎりを小さくかじった。
真理の言う通り、この会社に入ってもう半年になるのに、同僚とはろくに会話してない。大学の時も友達はほとんどいなかったし、基本的に人見知りなのだ。
すると真理は、にんまりと笑ってこう言った。
「だからさ。話す練習だと思って行ってみたら?」
「練習に合コンって……ハードル高すぎない?」
「そう? 男が喋ってるのに相槌打てばいいだけだよ?」
「ええー?」
ほんとだろうか。それならなんとか……ううん、だめだめ。
「やっぱり合コンなんて無理だって。行かないから」
ふるふると首を振るわたしに、真理は目を細めて探るような視線を向ける。
「もしかして、好きな人いるの?」
「え、いないよ」
わたしは笑いながら答えた。
「男の人となんて、会話もしてないよ」
「でも、ランスさんは?」
「ランスさん?」
思いがけない名前が出て、きょとんとしてしまう。なんでランス?
「え、会ったことなんか無いじゃない」
「でもよく
「そりゃあ、ゲームの中ではしてるけど……」
と、困ったように返す。すると真理は、顎に手をやり、眉根をぎゅうっと寄せた。
「ふーむ、これは脈無しか」
「そりゃそうでしょー? 会ったことも無い人なんて」
「いやー、最近はそういうの多いみたいよ? あたしの友達も、
「ふうん?」
興味なさげに返すわたしに、真理はその友達について語り始めた。ゲームだけじゃなくてアニメも好きな隠れオタクなんだとか、彼氏と一緒にコスプレしてるだとか。
デザートのプリンを食べながら半分聞き流していると、真理は急に思い出したように言った。
「でもランスさんは茜に気があるよね」
「へ?」
わたしは思わず奇声を上げてしまった。また変なこと言い出す……。
「ないない」
「ほんと? でもいっつも茜のこと構うじゃない?」
「ないって。
「それが怪しいんじゃない。好きな子に意地悪するってやつでしょ?」
「えー、なにそれ。小学生じゃないんだから」
「男はいくつになってもそんなもんだよー?」
「ええー?」
真理の言葉を笑って受け流す。
ランスがわたしに気があるだなんて、ちょっと考えられない。もし本当にそうなんだったら、もうちょっと優しくしてくれても……。
「んー……」
スプーンをくわえながら、宙に目をやる。あれ? でも言われてみれば、プレゼントくれたりしたし……?
すると真理は、何かに気づいたように、にんまりと笑って言った。
「あ、心当たりあるんでしょ」
「ないない」
わたしはぶんぶんと首を振ると、残ったプリンを慌ててかき集めた。
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