第30話 無人島での登山

「わ」


 港に着いたわたしは、思わず声をあげてしまった。桟橋にとまっていたのは、想像よりも大きな船だ。前に乗った、小さな漁師の船とは全然違う。

 甲板はそれなりに広く、端から端まで走れるぐらいはある。帆も大きい。下に降りるハシゴが付いていて、ちょっと狭いけど船室もあった。


『へえ、これ中型船じゃん』


 奏人君が感心したように言った。船も色々あるみたい。


『じゃあ、行くよ』


 ゼンさんの掛け声で、船はゆっくりと進みだした。離れていく陸を、わたしはぼんやりと眺めた。

 少し沖に出ると、陸に沿う方向に進路を変えた。満帆に風を受け、滑るように海面を進む。目的の島は、ここから結構距離があるらしい。


 誰も、何も話さない。ゼンさんは操縦してるからかもしれないけど、他の二人はどうなんだろう。景色を見てるだけなのか、それとも……。


「……はあ」


 わたしは小さくため息をつく。身を引くべきなのかな。全然わからない。


 真理に相談したい。キーボードのそばに置いたスマホに、ちらりと目を向ける。

 連絡したら、相談にぐらい乗ってくれるかもしれない。もしかしたら、ログインしてきてくれるかも。


 駄目だ、真理に頼ってちゃ。でも、どうすれば……。


 ぐるぐると渦を巻くように、思考は同じ場所を回り続ける。きっと、正しい答えなんてない。自分で決めるしかないんだ。


「あっ」


 陸地の陰から、富士山のような大きな山が姿を現した。何度も見たあの山だ。目的の島が迫ってきていた。

 船はまた進路を変え、一直線に島へと向かう。近づいていくにつれて、山の頂上付近の方の斜面が、思ったより急だということが分かってくる。本物の富士山よりも、上に伸びてる感じ。


 島にさらに近づく。まるで海に建てられた要塞のように、周囲は断崖絶壁になっていた。中はジャングルのような深い森と、例の山があるだけだ。

 島の周りを、船はぐるりと回る。比較的崖が低くなっている所に船を寄せ、ゼンさんが言った。


『よし、じゃあみんなマストに登って』


 わたしは一瞬きょとんとしたあと、すぐにその意図を察した。滑空グライディングの魔法で飛び移るんだろう。高さはほとんど一緒ぐらいだけど、ぎりぎりいけるのかな。

 すると、ゼンさんはこう言った。


『グライディングをかけるから、崖の低いところを狙って飛んでね。少しでもずれると落ちちゃうから』


 結構シビアみたいだ。気を付けなきゃ。わたしたちは順番にマストに登った。

 マストの上から、少し緊張しながら崖を見る。うーん、ちゃんと飛べるかな。


『茜』


 と、チャット欄に急に自分の名前が現れて、わたしはびくりとした。奏人君だ。みんなの前なのに……と思ってよく見たら、個人チャットだった。


『はい』

『俺が先に行くから、茜はすぐ後ろを付いてくりゃいい』

『わかりました』


 思わず頬を緩ませながら返事した。嬉しい。わたしが不安になってるの、分かってくれてる。


 奏人君が先導してくれたおかげで、無事に島に飛び移ることができた。チームのみんなも一緒だ。深い森の端に、わたしたちは立っていた。


 森の中を進んでいくと、所々にアイテムが放置されていた。丸太とか石材とか、地面に置いてもなかなか消えない物ばかりだ(果物とかは結構すぐに無くなる)。ゼンさんによると、後の人が迷わないように、ユーザーが置いていくらしい。


 道は、徐々に上り坂になっていく。森が深すぎてよく分からないけど、もう山に入っているらしい。しばらくは、ピクニック気分の緩い山道だ。

 でも、坂はどんどん急になっていった。気をつけないと滑り落ちてしまう。わたしは、前を歩く奏人君の背中を見て歩き続けた。


『もうすぐ森を抜けるよ。敵が出るから注意してね』


 ゼンさんが言う。わたしは気を引き締めた。


 木々が途切れると、急に視界が開けた。まるで線を引いたかのように、周りが岩山に変わる。

 斜面がのっぺりとしているおかげで、頂上まで見渡すことができる。ここから眺めると、頂上付近はほとんど崖みたいに見える。あれ、登れるのかな。


 ゼンさんの言葉通り、岩山の周りには、たくさんの鳥型のモンスターが飛び交っていた。必ず何匹かの集団を作るはずだけど、数が多すぎて、どいつがどの集団なのかよく分からなくなっている。


『行くぞ』


 騎士ナイト奏人君ランスを先頭に、わたしたちは慎重に進んでいった。

 魔術師ウィザードのゼンさんがいるから、数匹なら近寄ってくる前に倒すことができる。奏人君と二人の時よりは、だいぶ効率がいい。

 でもとにかく敵が多くて、全部を倒しきるのは無理だった。残りは奏人君が引き付けてくれてるけど、他の三人にもぱらぱらと飛んでくる。


 そして、敵は鳥型モンスターだけじゃなかった。地下洞窟にいたダンゴムシが、地面からぽこぽこ飛び出てくる。こっちも数が多いし、しかもどこから来るのか分からない(洞窟のやつは穴からしか出てこなかったのに……)。

 結果として、どうしても全員が満遍なくダメージを受けることになってしまう。ヒーラーとしては嫌な展開。わたしはできる限り動かずに、ひたすら回復し続けた。


 こういう状況に慣れていないのか、ルージュさんは敵から逃げ回ろうとしていた。でも相手の動きが速くて、ほとんど意味をなしていない。

 しばらくすると、逃げても意味が無いことが分かったのか、立ち止まって回復に専念するようになった。負担が減って、わたしはほっとした。


 やがて、頂上前の最後の崖に辿り着いた。周囲の敵を退治してから、空中浮揚レビテーションを使って登る。

 登る途中で、新しく出てきた敵に攻撃されて、何度か失敗してしまった(この魔法、攻撃を受けると切れてしまう)。何度目かの挑戦の末、ようやく全員上まで登ることができた。わたしは深く息を吐いて、椅子に深くもたれかかる。


「あ……」


 周囲に広がる雄大な景色に、不意に気が付いた。

 どっちを向いても、一面の海だ。点在する島に向かっているのか、思ったよりもたくさんの船が浮かんでいる。視界の果てで、空と海とが溶け合っている。

 山の平たい頂上部分の端に行き、足元を覗き込む。麓に広がる森には、宝石のように輝く鳥が飛び交っていた。


『いやー、ルビアさんのおかげで助かりました』


 唐突にルージュさんが言った。わたしはきょとんとしてしまう。何のことだろう。


『あ、ルビアさんの真似して、動かず回復しろって先輩に言われたんす。さっき戦ってる時に』

『ルビアさん、戦闘上手くなったよね』


 ゼンさんに褒められて、わたしはくすぐったいような気分になった。

 上手くなったのは、奏人君のおかげだ。下手くそなわたしを見捨てずに、親身になって教えてくれた。二人で山に登った時も、ストーリーのボスを倒した時も、それから……。


『じゃあ、写真を撮ろうか』


 ゼンさんが言った。わたしは上の空で従う。頭の中では、別のことを考えていた。


『では、これで解散』


 その発言が見えた直後に、わたしは奏人君に個人チャットを送った。


『今度また、デートしませんか? もちろん、リアルで』


 帰ろうとしていた奏人君の動きが、ぴたりと止まる。わたしは、画面を睨み付けるように見た。


『ああ』


 返事が来るまでに、ほとんど時間はかからなかった。わたしは危うく、歓声をあげるところだった。


『グライディングするけど、一緒に来るかい?』

『行く』


 ゼンさんの質問に、奏人君は何事も無かったかのように答える。今更のようにどきどきするのを感じながら、わたしも彼の後に続いた。

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