第12話 歓談

 乾杯が終わった直後。


「で、なんでゼンさんはノンアルコールビールノンアルなのよお」

「ごめんね。今日車で来てて……」

「ええー」


 真理は早速、正面のゼンさんに絡んでいた。このオフ会の話(店が分かりにくいとか)やメルヘンライフオンラインの話に、ころころ飛んでいる。


 その間、残りの二人(つまり、わたしとランス)はと言うと……。


「……」


 話すきっかけを掴めなくて、なんとなく黙り込んでしまっていた。わたしは仕方なく、料理に手を付ける。

 最初に出てきたのは、細長いお皿の上に小鉢が並んだ前菜セットだった。色鮮やかで、どれも綺麗に形が整えられている。わたしはちょっと迷ったあと、魚の煮付けをそっと口元に運ぶ。


美味おいし……」


 わたしは思わず呟いて、口元をほころばせた。淡泊な白身魚に、味がしっかり染み込んでいる。それでいて、魚本来の味もちゃんと感じられた。


 次は何を食べようかなと、小鉢を眺める。これだけ美味しいと、すぐに食べてしまうのはもったいない。それに、見ているだけでも楽しい。あ、スマホで撮っとけばよかったかも……。


 なんて思っていると、突然、くすりと笑う声が聞こえてきた。わたしがはっとして顔をあげると、口角を上げたランスがこう言った。


「リアルでもぼーっとするんだな」

「迷ってただけです」


 わたしが唇を尖らせると、ランスはちょっと焦ったように言った。


「いや、悪い意味じゃなく……かわいいなと思って」


 後半はぼそぼそと消え入るような声だったけど、わたしの耳にはしっかり届いた。心臓が、大きく跳ねる。頬が熱くなるのを感じる。

 抵抗するかのように、わたしは言った。


「……ランスさんって、意外とチャラいんですね」

「チャラくねえよ」


 怒ったような、照れたような声が返ってくる。わたしはなんだか余計にどきどきしてしまって、黙々と料理を食べ始めた。


「ランスもおかわり頼む?」


 真理は、早速一杯目を空にしたようだった。ランスもいつの間にか飲み終わっている。

 わたしはと言うと、乾杯の時以外はまだ口を付けていない。お酒が駄目ってわけじゃないけど、ビールはちょっと苦手。でも、飲まないわけにもいかないし……。


「いや、俺はこれ飲むからいい」


 わたしが見つめていたジョッキを、ランスがひょいと取り上げた。ぽかんとするわたしに、素っ気なく言う。


「好きなの頼めば?」

「あ、ありがとうございます……」


 受け取ったメニューを、顔を伏せるようにして読む。隣の真理が、意味ありげな口調で言った。


「ふうん、優しいんだ」

「早く飲みたいんだよ」


 ランスがぶっきらぼうに返す。なんか、やっといつものランスに戻ったみたい。


 それからは、四人でいろんなことを話した。私生活リアルの話も、ちょこちょこ出た。例えば、


「えっ、ランスさんって大学生なんですか?」

けてるって言いたいのかよ」


 わたしの言葉に、ランスは若干じゃっかん傷ついたように言った。大人っぽく見えると思っただけなんだけど……地雷だったのかな。年上だと思ってましたなんて言ったら、怒られそう。


「あー、やっぱりね。言動がお子様だもんね」

「いや、それはそれで腹立つな……」


 真理の言葉に、ランスは妙に考え込んでしまっていた。


 それから、ゼンさんがこんなことを言うと、


「へえ、二人は同じ会社に勤めてるんだね」

「そうそう。ずーっと一緒なのよねー」


 なんて、真理が突然抱き着いてくるものだから、びっくりしてお箸を落としそうになった。


「ひゃあ!」

「うわ、今の声エロい。ね、ランスもそう思わない?」

「なに言ってるの!」


 わたしは慌てて押し返す。男性陣二人は、困ったように顔を見合わせていた。


 他にも、


「このメンバーってさ、みんなネットと性格全然ぜんぜん変わらないよねえ」

「そうだねえ」


 ゼンさんが深く頷いた。わたしは目を瞬かせ、真理に尋ねた。


「普通は違うの?」

「そうねえ。よく知らないけど、結構違うみたいよ」


 すると、ランスがこう付け加えた。


「ネットとリアルで別人みたいなやついるぞ。ネットではよく喋るのにリアルではずっと黙ってるとか」

「へえ、そうなんですね」

「ああ。だからルビアがいつも通りぼーっとしてて安心した」


 馬鹿にしたような、それでいて優しげな笑みを浮かべるものだから、わたしはまたどきっとしてしまった。

 それを横で見ていた真理が、にやりとしながら言った。


「思わず抱きしめたくなっちゃうでしょ?」

「まあそうだな」


 平然と答えるランス。うう、なんでそんなことさらっと答えられるの……年下のくせに!

 すると真理が、急に真顔になって言った。


「ごめん、さっきの撤回する。ランスがチャラ男だとは思ってなかった」

「……やっぱ俺ってそういう風に見えるの?」


 情けなさそうに顔を歪めるランス。わたしはちょっと笑ってしまった。


 もちろん、やっぱりメインはメルヘンライフオンラインの話だった。白灰登山部チームのこととか、ハロウィンイベントのこととか、どのスキルを上げるかとか。

 イベントを手伝ってくれたのを丁寧にお礼したら、ランスはなんだか照れてしまったようだった。真理に茶化されているのを見て、わたしはくすくすと笑う。


 それから、みんなのキャラの名前の話も出た。きっかけは、ランスが言い出したこんなことだった。


「もしかしてシンリーって」

「んー?」


 お酒で少し口調が怪しくなってきた真理が、視線を向ける。


「なに?」

「キャラ名は本名から取ってるの?」

「そうよー。分かりやすいでしょ?」


 何故か自慢げに答える真理。真理まりじゃなくて真理しんりと読んで、シンリー。わたしは言われるまで気づかなかったけど……。


「分かりやすいというか、安易だな」

「そお? 茜も本名からよ」

「ん?」


 不思議そうな目を向けられて、わたしはグラスをテーブルに置きながら答えた。


「植物の茜を英語で言うと、ルビアなんです」

「ああ、そういうこと」

「て言うかゼンさんも名前からじゃない」

「そうだねえ」


 明さん、なんだっけ。すごく分かりやすい。


「あたしはランスもだと思ってたんだけどなー。槍なんとかって名前」

「違うし」

「じゃあ何なの? あ、あれか。最初はランスロットだったけど、さすがに中二病すぎて省略したとか?」


 真理の言葉に、ランスはぴしりと固まった。え、もしかして……。


「……悪いかよ」


 ランスが絞り出すように言う。それがあんまり面白くて、わたしと真理は爆笑してしまった。


 オフ会は、思っていたよりもずっと楽しかった。ついついお酒も進む。

 酔いが回ってきて、笑い出すと止まらなくなっちゃう。「茜、笑い上戸だったのね」なんて、真理に呆れたように言われてしまった。


 そして、そろそろ終わりも近くなってきた頃のことだった。

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