第28話 ドラゴン

『げ、ヒーラーいないじゃん』

『わあお』


 周りの景色がちゃんと表示される前に、奏人君と真理のチャットが見えた。てことは、わたしは二人とは違う方に出たのかな?

 画面が表示されて、状況が分かってくる。がりがり音を立てていたパソコンが、ようやく静かになってきた。


『こっちなんてヒーラーオンリーっすよー。敵倒せるんすか?』


 今度はルージュさんが言った。目の前の画面には、ルビアとルージュさんの二人しか映っていない。あ、そう分かれたんだ……。


「……うーん」


 わたしは思わず唸った。ルージュさんと二人きりかあ。ちょっと気まずい。


「あらら」


 真理も困ったように言った。でもそのあと、こう付け加えた。


「余裕があったら探ってみたら?」

「奏人君のこと?」

「そそ」


 できたら聞き出したい。そんな余裕ある分からないけど、頭の隅に置いておこう。


『ああ、この景色はハズレの方だねえ』

『モンスタールートか』

『うわキモイの来てる!』


 向こうの三人は、チームのチャットで騒ぎ出した。「うえー」と真理が嫌そうな声をあげている。……何が来たのか、あとで聞いてみよう。


『こっち個人チャットにします?』

『はい』


 ルージュさんの提案に、わたしは即座に頷いた。思わず姿勢を正す。


『こっちは敵少ない簡単なルートらしいっすねー』


 それなら、奏人君のことを探るいいチャンスかもしれない。ルージュさんの後ろについて歩きながら、どうやって話を持って行くかを考える。


 石造りの通路は、何度も直角に折れ曲がりながら延びている。壁に備え付けられたたいまつは、赤々と燃え続けていた。


 うーん、いいアイデアが出ない。いきなりリアルの話をするなんて、絶対変に思われるよね。何かきっかけがあればいいんだけど……。


「……もしかして」


 頭の中に、唐突にひらめいたことがあった。

 相手も今、わたしと同じことを考えてるんじゃ?

 その考えに、わたしはどきりとした。


「なんか言った?」

「ううん」


 わたしは慌てて首を振る。

 ルージュさんに、聞かれたらどうしよう。私の奏人君と、どういう関係なの? って。


 悶々としているうちに、ルージュさんはどんどん先に進んでいく。途中、何度か分かれ道にぶつかったけど、迷わずに道を選ぶ。敵には全く出会わない。

 チャット欄には、相変わらず残りの三人が騒ぐ声が流れてくる。ヒーラーがいないので、ダメージを受けないように苦労してるみたいだ。


 しばらく進むと、遺跡に入る時に使った祭壇と同じようなものが、行き止まりにぽつんと置かれていた。その直前で、ルージュさんが立ち止まって言った。


『あ、ちょっと待ってください。先輩がまだ乗るなって言ってるんで』


 それを聞いて、わたしはぎくりとした。

 言ってるって、どこで? チャットで……?


『なんか向こう大変みたいっすねー。さっきから愚痴ばっかっすよ』


 ルージュさんが言う。わたしはきゅっと下唇を噛むと、キーボードをカタカタと叩く。


『もしかして、ボイスチャットですか?』

『あ、はい。そうっす。先輩とボイチャしてるんすよ』


 わたしは息を飲んだ。二人でボイスチャットって、それって……。


『もういいみたいです。行きましょう』


 呆然としながら、祭壇の上に乗る。画面が暗転したあと、小さな部屋に出た。奥にある階段を降りる。


 渦を巻くように降りていく階段の先は、また洞窟に繋がっていた。遺跡があった場所の縮小版のような、ドーム状の空間に出る。ルージュさん以外の三人も、ちょうど反対側の階段から降りてくるところだった。


『あ、やっと合流できた』

『回復頼む』


 奏人君が言った。アイテムをケチったのか、三人のHPヒットポイントはかなり減っていた。


『すぐボスが来るよ』


 ゼンさんが警告する。わたしがのろのろと操作している間に、ルージュさんが素早く近づいて回復していた。


『助かる』

『お礼に今度おごってくださいよ、先輩』

『なんでだよ』


 ルージュさんの冗談に、奏人君が呆れたように返した。


 広間の真ん中あたりで、土が盛り上がり始める。チームのみんなの姿が、土の向こうに隠れて見えなくなる。ルビアもあっちに行かなきゃ、と他人事のように考える。


『ルビア?』

「茜?」


 奏人君と真理の二人が、心配そうに声をかけてきた。わたしは何も答えなかった。


 土の中から、ドラゴンが飛び出してくる。高い天井ぎりぎりに浮かぶと、威嚇いかくするように咆哮ほうこうをあげる。

 すぐに、チャットしている暇はなくなった。もぐらドラゴン、なんて間抜けなあだ名にも関わらず、ボスは強かった。


 ボスの基本的な攻撃は、口から火の玉を吐くこと。シンプルだけど、結構厄介だ。火の玉は速すぎて、見てからじゃ避けられない。ずっと走り回る必要があった。

 あとはもちろん、地面に潜る攻撃。深く潜って見えなくなったあと、最初に出てきた時みたいに、床のどこかが盛り上がる。その状態のまま高速で突進してきて、かなり大きく動かないと当たってしまう。


 どちらの攻撃も避けづらくて、みんなのHPがどんどん減っていく。ヒーラーのわたしたちが回復しないと駄目なんだけど、自分も避けながらだから難しい。そもそもわたしが一番当たってるし……。

 でもそんな中、ルージュさんはほとんど攻撃を受けないまま、みんなを回復していた。レベルも高くてプレイ時間も何倍も多いわたしより、ずっと避けるのが上手い。


 長い戦いの末に、ようやくボスを倒すことができた。ドラゴンの巨体が、ずしんと地面に倒れる。


『やった!』

『おつ』

『終わりっすか?』

『お疲れ様』


 みんなが口々に喋り出す。わたしは深くため息をついた。


『回復助かったよ。ルビア、ルージュ』


 奏人君の優しい言葉に、わたしはむしろ、胸が痛むのを感じた。絶対、ルージュさんの方が役に立ったって思ってる。

 ボイスチャットでは、今なにを話してるんだろう。わたしが下手だなんて、ルージュさんと笑ってるんだろうか。そんなことを考えてしまって、目に涙が浮かんだ。


『ゼンさん翼出た?』

『うん。ありがとう、助かったよ』

『あ、あたしもある』


 みんなは楽しそうに話してたけど、わたしはとても参加する気にはなれなかった。


「わたし、寝るね」

「え、もう?」

「うん」


 真理に短く告げると、チャットでおざなりのあいさつをして、パソコンの電源を切った。

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