第12話 あげませんからね②

 わたしはそういわれて、カチンときた。なにいっとるんじゃ。お前よりかはまーくんのことを知っとるわい。馴染みのマッサージ屋がえらそうなこといいやがって。

 わたしのなかのおっさん(イメージ松方弘樹)がぶつくさいいだしているのを抑えた。

「誰、ハヤサカって」

 自分を立て直すのに時間がかかった。落ち着いて、訊いたつもりだ。

「いいですか、早坂長太郎は危険です」

「だから誰よハヤサカって」

 こいつ、人の話を聞きゃあしない。とにかくさっさと追い出さなくては。

「悪いけれど、帰っ……」

 ドアが開く音がした。

「あと、あげませんからね」

 アリサカは目を細め、いった。

「お客さん?」

 のんきにまーくんが帰ってきた。

 助かった。台所から包丁持ってくるところだった。

「こんにちは」

 そういってアリサカは椅子から立ち上がった。

「え、え、なんで?」

 まーくんは明らかに狼狽していた。顔がひきつっている。そしてわたしたちの顔を交互に見た。

「昨日忘れ物されたんで、持ってきました」

 アリサカはなんでもないようにいう。さっきの顔とはうってかわって好感度満点の笑顔だ。

 なんだこいつ。

 テレビドラマにだっていまどきこんなに態度を変えるやつもいないぞ。

「そうなんだ」

 まーくんはわたしの顔を見た。

「腕時計、忘れたんでしょマッサージ屋さんに」

 わたしは腕時計をつまんで、まーくんに渡した。

「じゃあ、僕はこれで」

 そういってアリサカはカバンを持ち上げた。

「送っていくよ」

 そういってまーくんはいそいそとアリサカと一緒に出て行った。

 わたしは一人、取り残されたみたいな気分だった。なんなんだよあいつ。何様だよ。わたしは麦茶を二杯飲んで、椅子に座った。パソコンの上に、名刺サイズのカードがあった。

「なにこれ」

 QRコードがついている。ほかにはなにも書かれていない。アリサカが置いていったにちがいない。わたしはそのカードを握りしめ、家をでた。突っ返してやる。カードは手のなかでくしゃくしゃになっていたが、そんなの構うものか。

 駅に向かっているにちがいない。

 商店街をわたしは早足で歩いた。陽の落ちるのが遅くなっている。道は賑わっていて、向こうからやってく人々はわたしをよけることなく進んでくる。わたしはよけるたび腹ただしさが増していった。

「さかえちゃん!」

 声のほうを振り向くと、ビニール袋をぶら下げたミッちゃんがいた。

「どうしたの、そんな急いで」

 のらりくらりとしたいいかただった。こっちは急いでるんだよ、わかるならてきぱきとしゃべんなよ、とわたしはいらついた。

「ちょっといま忙しいんで、またね」

 わたしは駅に向かって走る。

「え、なんかあったの? 大丈夫?」

 ミッちゃんがわたしを追いかけてきた。

「お店じゃないの?」

「ああ、氷足りなくなっちゃって、コンビニに」

「そう」

 わたしはミッちゃんを切り捨て、進む。わたしの優しい彼氏は、なに、どうしたの、といいながらついてきてくれる。そういうのいまいいから、と思いながら無視して進むと、馴染みの背中といまいましい男が連れ立って歩いているのが見えた。

 わたしは立ち止まった。

「わ、いきなり止まらないでよ」

 わたしの背中にどん、とミッちゃんがつんのめった。

 まーくんとアリサカが楽しそうに笑っていた。そして、アリサカはまーくんの手を握り、ぶんぶんと振って歩いた。

 アリサカが一瞬振り向き、わたしと目があった。そして、舌を出した。すぐ、向き直った。

「さかえちゃん?」

 固まっているわたしにミッちゃんが声をかけている。

「ねえ」

「なに」

「あの二人、どう見える?」

 客観的意見を聞きたい。

「どれ」

「あの男二人」

 わたしが指さしたほうをミッちゃんは見ていった。

「なにって、男二人」

 わたしはこの趣味のあわない天然なにいちゃんを、なんで気に入っているのかがわかった。

 アリサカがまーくんに顔を寄せてなにかしゃべっている。二人は立ち止まり、振り向く。

「さかえ?」

 まーくんが近づいてきた。

「どうしたんだよ」

 アリサカがまーくんのあとをついてきた。わたしはアリサカの顔を見ないように、まーくんを見つめた。

「あのね、まーくんご飯食べた?」

「まだだけど」

「せっかくなんだし、みんなでご飯食べない?」

 まったく思ってもみないことがすらすらと口からでた。

「いいですね」

 アリサカがいった。

 このなに考えてるんだかわからんやつめ。ちょいちょいわたしに見せたあの好戦的態度などおくびにも出さない。

「あ、でもごめん、わたしお財布忘れちゃった」

 わたしは鍵とアリサカの置いていったカードしか持っていなかった。

「じゃあうちの店においでよ」

 ミッちゃんがいった。

「どちらさま?」

 まーくんがミッちゃんを不思議そうに眺めた。

「……彼氏」

 わたしはいった。

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