第14話 生きているようで死んでいるもの②
さかえさんも誘えばよかったなあ、とクニヒロは帰りの電車でいった。僕たちは座ることができた。
さかえのことを口にするとは思わなかった。そもそも、クニヒロとさかえは一度会ったきりだ。
クニヒロが僕の忘れ物を届けた日、さかえは一緒にご飯でも、といい、さかえの彼氏の店に三人で入った。
誘ったくせにさかえはたいして話しもせず、ただ焼き鳥とビールを摂取し続け、クニヒロもとくに話すことなく、僕がやたらと気を使う羽目になった。
自分自身に備わっていない社交性を呼び寄せ、場をなんとか盛り上げようとした。苦痛な時間を終えると、ぐったりして風呂に入らず寝てしまった。
さかえはそれ以来クニヒロのことを話題にすることはなかったし、クニヒロもとくになにもいわなかった。会うまでは、メンヘラ女とバカにしていたというのにだ。
「終わった、夏」
クニヒロは目を瞑ったままいった。
「いや、まだ八月になったばかりだから」
「今日が終わったらもうあとはただあちーだけのいつもの毎日ですから」
夏というのは行事かなにかなのか。僕は笑った。
「そんなことないよ、いろいろあるでしょ」
「ほー」
「ほーってなんだよ」
「いろいろあるんですか、そりゃうらやましい。どこの誰といろいろあるんすかねえ」
「どこの誰もないよ」
来週には、店の看板が変わる。だからといっていきなり変動するわけでもないらしい、盆明けに徐々に中身がかわっていき、夏の終わりには勤めていた店の棚はがらりと変わるという。
店長の送別会、をするらしい。店長のことを気に入っていて、長年勤めていた女子アルバイトが仕切るそうだ。その子は店長が店を去るのと同時に辞めるそうである。
「ぜってえ店長となんかあったよあいつ」
シフト表の横に貼られていた送別会のお知らせなるメモを指で弾き、神山はいっていた。
「店長の横に張り付いてくっちゃべってんだろうな、いつものように」
想像がつく。というよりいつものことだった。さほど面白くもない話題をさも楽しそうに語ることだろう。バイトの恋話を聞きたがり、自分の趣味を語りたがる、よくいるタイプでしかない。
「この店に愛着があったんじゃないの?」
これまで僕たちはエプロン姿で接客していたが、来週から白シャツとスラックスで店に出るよう指示を受けていた。
「そもそもあいつ、たいして働いてなかったし、とくにかぶりもしなかったけどな」
なのに一番の古株でやたらと飲み会でウザがらみしてきやがった。店長とアフターしたかっただけだろ。
神山の嫌いな奴にたいしての毒舌はたいへん聞きごたえがある。僕は笑った。
「なに思い出し笑してんすか」
クニヒロがいった。横を見ると、目を瞑っている。
「見もしないで」
「ぐふふ、って声が聞こえた」
「そんないいかたしてない」
「した」
まもなく電車は新宿に到着する。僕はアクエリアスを一口飲んだ。
「ところで、松田さん」
クニヒロは大きく伸びをする。周りの乗客が僕たちを見て、そして無視した。
「なんだよ」
これからうちにこないかと誘われるのかな、と思った。性欲はあったけれど、さっさと寝たかった。肌がひりひりしている。
「生きているようで死んでいるやつってなーんだ」
「なに?」
「なぞなぞ」
生きているようで死んでいるやつ。
「幽霊?」
素直に僕は答えた。
「正解」
「簡単だな」
なぞなぞでもなんでもない。
「ただ問題なのは、僕たちは幽霊のようであり、幽霊は生きているかのように振る舞うということです」
クニヒロは目を瞑ったままだ。こいつは意味ありげなことをよくいう。
「たしかに」
「でも、幽霊を相手にしているわけにはいかない。いいですか、幽霊よりも、生きてるやつのほうがやっかいです。なぜなら、幽霊は謎を謎のままであることを許される。でも、生きているやつはそうはいかない。謎を解明しようと努力せずにはいられない。死ぬまではね。それが、ニンゲンカンケーでありジンセーというものです」
「わかんないな。幽霊の謎だって解明しなくちゃいかんだろ。貞子の呪いを解くためにはさ」
「そういうのは専門家にまかせる、それが生きてる人間の正しい対処の仕方ですよ」
「なんでそんな話してんの?」
海での話を思い出す。
「僕がわかることは、お前がオカルト好きでスピリチュアルだってことだ」
お前について知っていることの、ひとつだ。
「正解」
クニヒロはいった。
「寝るな」
僕はいった。
「寝てない」
クニヒロはいった。
「一瞬死ぬだけ」
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