第二十九幕「アクセラレイト」


「よかった。今度は間に合った」


 胸に手を当て、目を閉じるドロシーを前に

 アルカードは鼻白んだ表情を浮かべた。


「何を終わったような顔をしている、アヴァロンのクイーン。

 貴様の敵は目の前にいるではないか。

 よもや吾輩の眷属があれで終わりだと思っているのではあるまいな。

 しかも吾輩の飛行能力は貴様以上。

 地に伏して許しを乞うならこれが最後の機会である」


「……やれやれ自分で言ってて疑問に思わないのかな?」


「なんだと……?」

 

「まぁいいや。ここから先、

 あなたはわたしに触れることすらできない」


 ドロシーは銀のつま先をとんとん、と二度地に打ち付け、そして――

 

「《十三階段ガロウズ》」


 銃声と烈風を残し、その姿はかき消えた。


「くっ……!?」


 アルカードが視界の端に感じた銀光は、

 陽光に煌めくダイヤモンドダスト。

 そして振り抜かれる刃の輝き。


 片翼を両断されたアルカードは錐揉みに落下し、

 上昇するドロシーと空中で交錯する。

 

 極薄の生体素子皮膜で構成されるアルカードの翼は、

 ルーク級のタフネスを背景にすぐさま再生するが――

 

 再びの銃声。

 みぞおちに食い込む脚甲が、アルカードを激しく吹き飛ばす。


「がはっ……!?」


 剣による刺突であれば、コアを貫いていたかもしれない

 真芯を捉えた一撃。しかしドロシーはあえて、

 オートマタにとって致命傷たり得ない打撃を選んでいた。


「貴様……この吾輩を、侮るか……っ!!」


「侮ってなんかいないよ。ただ、教育が必要だと思っただけ」


 銃声。離れた間合いは再びゼロに漸近する。


「くっ……眷属よ、吾輩を護れ!!」


 ドロシーの剣から必死に逃れながら

 ドローンを呼び寄せるアルカードだったが、


「……!? 眷属……!?」

 

 そう、彼女は気づいていなかった。

 グランギニョールの空の覇者を争う両雄が最高速度で交わるその死線に、

 ドローン風情がついてこられるはずもないのだということに。


 銃声。空中で片翼を掴まれたアルカードは、

 強引に地面に叩き落される。


「ぐぁああああっ!!」


「あなたの飛行能力の方が上? そうかもね。

 旋回性能、トップスピード、ペイロード。

 どれをとってもあなたの方が上かもしれない。

 だけどあなたの翼には、決定的なものが欠けている」


 銀の靴シルヴァーシューズがアルカードの肩を踏みつけ、地に縫い付ける。


「その翼、トップスピードに乗るまで何秒かかるの?

 グランギニョールの決闘は数歩の間合いから始まる。

 舞台の上で戦えば、0.1秒後に君はもう、死んでるよ。

 教訓を次に活かしたければ大人しく降伏することね。

 あなたはわたしの大事な人を傷つけたけど、アヴァロンは正義の味方だから」


「ふっ……くく、はははははっ!!

 誰が……誰が赦しなど乞うものか……っ!!

 痴れ者め、マスターの言葉なくして、グランギニョールのオートマタに

 『降伏』の文字などありはしないわッ!!」


「そう……残念だよ。じゃあ最期に一言。

 『あまりクイーンをなめるなよ、一年生ルーキー』」


 ドロシーが中指を立てたので、ロゼは驚きに目を見開いた。


「この吾輩が、こんな、ところでぇえええええッ!!」

 

 最後の悪あがきだろうか。

 激しい羽ばたきが、土煙を巻き起こす。


「くっ!?」


 視界を塞がれたドロシーの足元からアルカードが逃れた。

 

「役に立たぬ眷属どもめ、よこせっ!!」


 煙幕を抜け出したアルカードは、翼についた鉤爪をドローンに突き立てた。

 雷光とともに、ドローンが蓄えていた電力は鉤爪の主へと流れ込む。


「くははは……完全回復だ。

 惜しかったなアヴァロンのクイーン。

 ここは一旦退くが、次こそは貴様の首……お?」


 銃声。気づいた時にはもう、アルカードの胸に深々と

 ドロシーの剣が突き立っていた。

 風が土煙をさらえば、ドロシー自身は地に立ったまま。

 片腕に開いたインジェクターから、銀の水蒸気がたなびいていた。


「本当はイザナミまでとっておくつもりだったけど、あがきに免じてサービスだ」


 空気圧による腕部の超加速。またそれを用いた超音速の投擲。

 空力特性に優れたドロシーの剣は、弾丸よりも疾く相手を貫く。


「コアが傷ついてる。自分でも分かっているでしょう?

 これ以上動けば本当にただでは――」


「ぐぅ……っ。畜生、畜生。こんなところで潰えてなるものか。

 吾輩は不死者にして夜と空を統べる者。

 こんなに遠いはずがない。

 いかなクイーンとはいえ、これほど圧倒的なはずが……。

 退くのだ。退きさえすれば勝機はまた、いずれ……っ」


 人工浮島を囲む壁面に沿い、

 ふらふらと上昇していくアルカードから、

 ドロシーは目をそらした。

 相手はもはや、恐れのあまり自分がどこへ向かっているかも分かっていない。


 上演中、人工浮島グランギニョールには何人も入ること能わず、

 また出ることも叶わない。

 島を護る防壁を越えようとするものあらば、必ずや――


「あ――」


 爆音とともに、モンストロの甲板にわずかに人の形を残した残骸の雨が降り注ぐ。

 壁面に備えられた防衛設備が起動したのだ。


「終わったよ、ロゼ」


 微笑みかけるドロシーに、それまで辛うじて自分を支えていたロゼは

 へなへなとその場にへたりこんだ。

 

 フリークショウ所属ルーク級 《アルカード》、機能停止リタイア――


 ◆◆◆


「睦殿、これを!!」


 投げかけられたマントの使い方は、もう知っている。

 架橋を通じて意のままに硬化する黒布は、

 スズリめがけて発射されるドローンの弾丸を火花を上げて防いだ。


 睦はこのマントを纏うと、安心する。

 スズリが護ってくれているのだと、肌身に感じる。

 きっと誰にも負けないと、信じることができる。


「へぇ……マスターさんも、結構やるんだ」


「当然であります。自分の主でありますから」


 閃くスズリの剣撃を、束ねられた夜闇のマニピュレータが正面から受ける。


「なるほど、ただの触腕ではない様子。凄まじい強度と膂力であります。

 それで非戦闘型を名乗るとは実に笑止でありますな」


「よるちゃんの仕事には時々必要なことだから。

 相手の気が変わってどんなに嫌がって暴れても、

 最初の契約通り逝かせてあげるのが」


「ドローンを改造し、意のままに操ることも

 その安楽死稼業に必要なこと――で、ありますかな?」


「……へぇ、気づいてたんだ。

 これがよるちゃんの力だって」


「さる確かな情報筋から。貴様の能力が『改造』であり、

 『操作』でないことも知っているでありますよ」


 同じくドローンを支配しうるであろう2つの能力の違いがもたらすものを、

 睦は即座に理解した。

 それが『操作』であるなら、夜闇を倒せばこの惨禍は止まる。

 だが『改造』であるなら、彼女の手を離れてもドローンたちは狂ったままだ。


「そう。よるちゃんと戦っても無駄なの。

 だけどあなたたちには、無駄だと分かっても戦ってもらう。

 ここで無駄になってもらうわ」


「……奇遇でありますな。

 こちらにも貴様の手足をバラしてでも問いたださねばならないことがある。

 貴様のその能力をもってすれば、拠点船を離れずして

 《くるみ割り人形》たることができたのではないか?」


 その問いに対する夜闇の反応は、思いがけないものだった。


が!? ファラを……っ!?」


 可憐な顔立ちが歪むほどの、怒りの表情。

 人間であれば奥歯が砕けるほどに食いしばり、

 夜闇はスズリと睦を睨みつけた。


「許さない。絶対に許さない。あなたたちだけは、絶対に……っ!!」


 足元の地面が揺らぐ感覚に、睦の膝が崩れる。

 轟音とともに地中から現れたマニピュレータ群が、

 鳥かごのように睦を取り囲んでいた。

 その内側に生えた無数の棘の目的は、想像だに難くない。


「……しまった、睦殿……っ!!」


 夜闇の怒気に気圧されている間、

 彼女はマニピュレータを地中に潜らせていたのだ。

 すべての触腕を一度に断てば、睦の身体も同時に斬らざるをえない。

 この状況において、スズリが睦を護るためには――


 スズリの剣に、火焔の紋様が奔った。




 




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