第五幕「●REC」

「やれやれ、ようやく肩の荷が降りた。

 これでやっと、私の筆頭騎士としての仕事も終わりだね」


 遊離はため息とともに手近な椅子に腰を下ろした。


「え。遊離さん特異点の守護者SG辞めるんですか」


「そだよ〜。ま、あくまで書類上だけどね。

 アヴァロンと関係深い特異点の守護者SGのトップが、

 そのままグランギニョールの総支配人を引き受けるわけにはいかないから」


「…………」


 部屋の隅でスズリがもぞっと身じろぎする。

 きっとこの情報も初耳だったのだろう。


 グランギニョール総支配人。

 劇場で行われる正式な決闘を取り仕切る、いわばレフェリーのような存在だ。

 いくら筆頭騎士を辞すとはいえ、遊離の立場は中立とは言いがたい。


「違和感あるでしょ。でもこれが、四大PMCの総意なの。

 今回のグランギニョールには、支配人の中立性よりも優先されるべき事項がある」


「それって……」


「このリストを見て頂戴」


 睦のコンタクトレンズに、MRディスプレイが投影される。

 もちろん遊離による操作など許可していない。

 いつの間にか権限を奪われていたのだ。


 ディスプレイに表示されたのは四体のオートマタ。


 R.U.R.所属クイーン級 《アイゼンハート》

 並びにナイト級 《ファーレンハイト》。

 フリークショウ所属ビショップ級 《夜闇》。

 そしてセイクリッドサイン所属ルーク級 《アルテミス》。


 いずれもグランギニョール出場経験者として、広く人気を博する機体だ。


「彼女たちは、とある事件の “容疑者”。

 《くるみ割り人形事件》は、知ってるよね。

 キミがあの時、鬼火ウィスプとして会場にいたことは、調べがついてる」


 前グランギニョール公演中、複数のオートマタとマスターが何者かによって惨殺された事件。

 頭部と心臓コア、人間とオートマタ共通の弱点であるその部位を押し砕かれ殺されたその様子から、犯人は《くるみ割り人形》のコードネームを与えられた。


「……でも、あれはグランギニョールの演出だって。

 アヴァロンを悲劇のヒロインにするための」


 遊離はぎり、と歯噛みする。


「演出なものか。あの事件でアヴァロンの前マスター、ターニャは殺された。

 演出なんかで、あの子の命を奪われてたまるか……。

 だけど四大PMCがいくら躍起になっても、くるみ割り人形の正体は掴めない。

 あれだけの惨劇を起こしながら、煙のように消えてしまった。

 だから彼らは、あの事件がことにしたの。

 グランギニョールの威信を守り、次の公演を中止にしないためにね。

 そして《くるみ割り人形》を、後付けで用意することにした」


「後付けで、用意……?

 それってつまり、アヴァロンに偽物を捕まえさせて、事件が解決したことにするってこと……?」


「有り体に言えば、そうだね。

 そして白羽の矢が立てられたのが、リーサリィライムだ。

 前回のグランギニョールで最下位となった彼らは昇格戦でフリークショウに敗れ、親会社のソノラは四大PMCの座を明け渡した。

 そこそこ強い犯人役オートマタを作るには、うってつけってのブランドでしょ?

 だけどリーサリィライムは四大PMCからのオファーをつっぱねた。

 お断りの文句は、こうだ。『我々が作らずとも、本物がまた、相手をするぞ』。

 そしてブラー以下幹部たちは、忽然と姿を消した」


 気づけば睦の隣にはスズリが立っていた。


「グランギニョールはあらゆる部外者の侵入を拒む絶海の孤島。

 本物のくるみ割り人形が再び現れるとするなら、

 その正体は前回のグランギニョールに出演し、今回また舞台に立とうとする者。

 睦殿に渡されたリストは、そういうことでありますか。

 ……なるほど確かに、自分向けの仕事でありますな、これは」


「話が早くて助かるよ。四大PMCはシナリオを変えるつもりはないし、

 相手が本物なら我々にとって是非もない。くるみ割り人形はアヴァロンが倒す。

 疑わしきを全て罰して、ターニャたちの復讐を果たして。それがキミたちに課せられる使命だよ」


「じゃ、ボクらは試合には勝たなくていいってこと?」


「ンなわけないでしょ。敗退したらその時点で活動できなくなるんだから。

 目的を果たすまで、勝って、勝って、勝ち続けるの。

 ついでに優勝できたら、儲けものね。

 まあ新人の睦ちゃんにはそこまで期待してないけど」


「ふぅん……なら遊離さん。どれだけ勝ったら、イザナミは相手してくれるかな?」


 睦の問いかけに、遊離の顔に笑みが広がる。


「なるほど? それがキミのお望みってワケ。

 ン億円を蹴ったキミが見返りに何を欲しがるか気になってたけど、

 それは確かに、お金じゃ買えないね。

 ……スズリ、明日から早速睦ちゃんを鍛えてあげて。

 イザナミは弱者を、歯牙にもかけない」


「承知であります」


「睦ちゃんちには、私から連絡入れておくから」


 さらりと口にされた言葉は、睦がもう、家には帰れないことを意味していた。

 かつて海凪とともに死にものぐるいで手に入れた日常は、あまりにも容易たやすく過去のものになった。


「さ、じゃあ行こっか睦ちゃん」


「えと、どこへ……」


「二人のイメージビデオ、撮らないと」


「イメージビデオ!?」


 抜き足差し足で逃げ出そうとするスズリの襟首を、天井のマシンアームが捕まえた。




 ◆◆◆




「スズリ!」


「睦の!!」


「「昼食・ばんざい!!」」


「はーい、それでは今日は、これから暑くなるこの時季にピッタリ、

 特製トマトカレーの作り方をご紹介するでありますよ〜」


「わぁ!! 旬のトマトが瑞々みずみずしくって美味しそう!!

 ボク、なんだかお腹減って来ちゃった。スズリ、早く作って作って〜」


「待つであります。料理は下ごしらえが肝心――

 ――って、なんっでありますかこれは!!」


 びたーん。と音を立てて、スズリは調理台にコック帽を叩きつける。

 腕組みした遊離がその様子を渋い顔で眺めていた。


「うーん。やっぱ違うかぁ」


「やらせる前に気づいて欲しかったであります……」


「ボクは結構、楽しかったけどなぁ……」


「っていうかそもそも、自分のようなヒョロガリ隻腕のイメージビデオなど、どこに需要があるのでありますか。

 自分が影に留まっていた理由は、なにもパートナーがいないということだけではないと思うのですが」


 スズリの問いかけに、遊離の顔に悪い笑みが広がった。


「需要はどこにでもあるものだよ。

 人間はキミの見積もりよりよっぽど醜くおぞましいんだ。

 ふふっ、ダルマにされたキミの模造品コピーのハメ撮り動画、ネットで見つけて睦ちゃんに見せびらかすのが楽しみだよ」

 

「ほぅ、どうしてそこに睦殿が出てくるのでありますかな?

 自分にだけお見せになればよろしいでしょう。

 あまり血迷ったことをおっしゃると、遊離殿といえど刀の錆にするでありますよ」


「へぇ、やってみなよ。キミ程度に殺されて死ねるくらいなら、

 私も伊達に魔女なんて言われてないよ」


「っ……く、ふふっ」


「あはっ、ははは、あはははっ」


 ……パパ、ママ。こわいよう。おうち帰りたいよう。


 さっそく決意の鈍る睦だったが、ふと、思い当たることがあった。


「イメージビデオなら、ボクがとったアレ、そのまま使えばいいんじゃないかな?」


「……どういうこと?」


 遊離は眉をひそめる。


「《くるみ割り人形事件》の時と、同じことしたらどうかなって。

 カスパールとの戦いを、アヴァロンの新人のPR

 ライブ映像のコピーは無数に出回ってるかもしれないけど、ストリーミング配信だったから、画質が低い。

 だけどボクのPDAには、アップコンバートじゃどうにもならないレベルで高画質の録画データが入ってる。

 これって『公式』の証に、他ならないでしょ?」


「ならいっそ、大々的にうたってしまえばよろしいのであります。

 『不敗の死神・アヴァロンの影、ついにグランギニョール参戦!!』とでも。

 そこまで派手に広告されると、かえって胡散臭くなるものであります。

 後ろ暗い噂を封じる役にも立ちましょう」


「考えたじゃん……うーむ……使える……緒丘睦おおか むつみ、思ったより使えるぞ……」


 遊離はスタジオをウロウロとしながら考え込み、そして、


「よし、それ採用!! 二人とも、エプロン脱いでよし!!」


 睦とスズリのエプロンが宙を舞い、二人は左手同士のハイタッチを交わした。


 と、その時だった。


「……何、やってるんですか」


 静かだが、怒りに打ち震えた声にはどこか聞き覚えがあった。


「スズリ先輩。その子誰ですか?」


 睦が振り返ると、射すくめるような青い瞳と目が合う。

 スポーティな衣装がよく似合う、凛々しさとあどけなさを兼ね備えた少女。

 睦の同級生たちからも圧倒的支持を誇る、アヴァロンの最新型。

 オートマタとしての活動より、バーチャルアイドルとして知られる彼女の名は、

 

「ブルーメロゥ、本物だ……」


 彼女の歌には、睦も心を動かされたことがあった。


「一方的に名前を知られてるのって、不愉快です」


「失礼はよすのであります、ブルーメロゥ。

 彼女は睦殿。アヴァロンのマスターを務めることになったお人。

 そうそう、自分もルークとして、チームに加わることになったのであります」


「……そう。今度はスズリ先輩がその人と死ぬんだね。

 エルゼ、死んじゃったんですよ。

 マスター候補の人殺して、自分まで。

 エルゼもあなたの教え子でしょう……?

 なのにあなたは、エプロンなんかつけてヘラヘラして。

 パートナーが見つかったのが、そんなに嬉しい?」


 ブルーメロゥの詰問に、スズリは肩をすくめる。


「むしろ、エルゼが羨ましいくらいでありますな。

 互いのために、死んでもいいと思えるほどのつがいを見つけた。

 自分には望むべくもない、幸せな死に方でありましょう」


「……先輩は、いつもそうだ。

 いつもそうやってフワフワ笑って、私の本気には応えてくれない。

 先輩、私はそんな人、マスターとは認めませんから」


 叩きつけるように言うとブルーメロゥは踵を返し、足早にスタジオを出ていった。


「……ボク、もしかして悪いことしちゃったかな」


「気にすることないよ」


 遊離が苦笑交じりに睦の肩に手を置く。


「くるみ割り人形事件のとき、あの子にはまだボディが無かったから。

 もしあの時自分に戦う力があったなら、たちを

 みすみす死なせはしなかったのに、って、いつも悔いてるの。

 ……落胆した? 動画の中の彼女とは、かなりイメージ違ったでしょ」


 睦は首を横に振った。


「動画のブルーメロゥは、いつもにこやかでフレンドリーで……

 だけど唄ってる時だけは、彼女の焼けつくような気持ちが溢れてましたから。

 今は、ああ、やっぱりが本当の彼女だったんだな、って、思ってます」


「仲良くなれそうかしら」


「彼女の友達だって、演じてみせますよ。

 たとえどんなに嫌われたって、ボクは女優ですから」



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