第二十一幕「愛されたい」



「017、生体素子培養急いで!

 006は右腕断面の整形を手伝って!!

 給電足りない……モンストロ、武装関連の電力を一部ラボに回して!」


 ロゼはポーンたちやコンソールに矢継ぎ早に指示を出し、

 自らも天井から伸びるアームを操って作業台の上に横たわるブルーメロゥに

 無数のケーブルを接続してゆく。


 睦が一度も目にしたことのない、鬼気迫る様子のロゼだった。


「バカ、バカよ。本当にバカ。

 世界中に強いとこみせつけて、欲しかった仕事のオファーも来て、

 もう勝ち負けなんてどうだってよかったのに、こんなボロボロになるまで戦って……」


「どうでもいいなんて、言わないでください……。

 私にとっては、大事なことだったんです」


「ブルーメロゥ……っ!! 目が覚めたのね!!」


 ロゼの表情に安堵が浮かぶが、

 睦に見られていることに気がつくとすぐに頬を染めて

 ブルーメロゥの頭をぽかりと打った。


「いたい」


「怪我人が生意気言わないの。今はあたしがあなたのお医者様なんだから、

 あたしの言うことは絶対よ?」


「お医者様が怪我人を殴らないでくださいよぅ……」


「ブルーメロゥ、無事……じゃ、ないけど、生きててよかった。

 調子はどう? ボクの顔ちゃんと見える?」


「しんどいですけど、多分、見た目ほどじゃありません。

 でも……ごめんなさい、睦さん。私、負けちゃいました」


 右腕を失いケーブルに繋がれたその姿は痛々しく、

 気丈に見えるブルーメロゥはしかし、左腕で目元を覆い隠していた。


「……ううん。謝ることないよ。

 ボクらは一緒に戦ったんだ。この負けはボクらの負けだ。

 それにキミが自分の正義を貫いたことを、ボクはちゃんと知ってる。

 これで容疑者リストから一人消えたわけだし、

 ボクも自分の甘さを痛感した。この負けは意味のない負けじゃない」


「ありがとうございます。

 私なんだか、睦さんのことが好きになってきたかもしれません」


「えっ、今更!? 今までは!?」


「えへへ、冗談ですよ」


「ブルーメロゥ、おつかれさま。

 ひとつふたつの負けなんて、取り返してみせるのがわたしクイーンの役目だから。

 後はわたしに任せて、ゆっくり休んで」


「ふぅん、そんな大口叩いていいんですか、ドロシー」


「う……やっぱちょっと後悔したかも……。

 で、でも1勝は! 可愛い後輩の分だけは絶対取り返すからね!!」


 気合で胸を反らすドロシーだったが、

 睦には彼女の額から流れ落ちる冷や汗が見えるようだった。


「うぐ……なんだかお腹痛くなってきた。あっ、すごく痛い。

 ねぇロゼ……わたしも治して……うぅ……」


「はいはい、後でね。

 021、003、ドロシーを自室にお連れして。いつもの悪い癖が出たわ。

 ゴネたら頭から毛布かければ静かになるから」


「はいです」


 うなずいたポーンたちはドロシーを羽交い締めにすると、

 ずるずるとドアの方へと引きずっていった。


「う、うなぁ、そんな殺生な。

 ロゼぇ……わたし絶対どっか調子悪いよ。

 メンテしてくれなきゃ死んじゃうかも……」


「大丈夫、オートマタは胃痛じゃ死なないわ。

 ブルーメロゥが安定したら見に行ってあげるから、

 大人しくしてなさいね〜」


 ロゼはふぅ、とため息をつくと、ブルーメロゥの処置に戻る。

 それからふと、思い出したように、


「……ドロシーのこと、ダメな奴だと思わないであげてね。

 第四世代あたしたち第一世代メルツェルの関係、覚えてるかしら」


 座学を受けた際に、ロゼの口から聞いたことがある。


「全てのオートマタは、第一世代の複製品。

 肉体うつわがオリジナルからかけ離れれば離れるほど、

 精神こころの在り方は不確かになる……だっけ」


「ドロシーの《銀の靴シルヴァーシューズ》は強力な兵装よ。

 他の追随を許さない機動力、組み込み型ならではの自己修復能。

 だけどそれゆえに、彼女の両脚にくたいは第一世代のそれからかけ離れた。

 ドロシーは、強いから、弱いの。理解してあげて」


「うん。彼女が本当は強いこと、ボクは知ってる。

 だからこそ、普段はあのくらい構ってちゃんな方が、

 お高く止まった女王様より可愛げがあっていいよね」


 睦が微笑むと、ロゼはむっとしたような表情を浮かべる。


「……あれ? 不正解だった?」


「生意気だわ。ドロシーの可愛げに気づいていいのはあたしだけだったのに」


「なんだヤキモチか」


「違う!」


「だけどドロシーがああやって立場のこと忘れて甘えるのって、

 ロゼの前だけですよね?」


 思わぬ伏兵ブルーメロゥに背中から刺され、

 ロゼはその名の通り薔薇のように真っ赤になる。


「ち、ちが……違うわよ、ねぇ、スズリ!?」


 ロゼは壁際で押し黙っていたスズリに水を向けるが、

 顔を上げた彼女の表情に、睦は背筋に寒いものを感じた。


 初めて出会ったとき、スズリがその目に帯びていた殺意。

 この世界の全てを敵と見做すような冷たい眼差し。


 そのまま黙って歩み寄るスズリに、睦は一瞬たじろぐが、


「むぐ……っ」


 背中に腕を回され、強引に唇を奪われる。

 噛みつくような乱暴なキスだった。

 

「……失礼したであります。

 では、自分これより野暮用がありますれば」


 呆然とする睦を前にマントの裾を翻し、スズリはラボを後にした。


「スズリ、怒ってましたね」


「違うよ、ブルーメロゥ。

 多分スズリは怒ってたんじゃなく……」


「焦ってる、のよね」


 睦の言葉を先取るように、ロゼがぽつりと呟いた。


「どうして分かったの? ロゼは架橋クロスリンクしてるわけじゃないのに」


「見てれば、なんとなくね。理由だってわかるわ。

 睦ちゃんがブルーメロゥを褒めたから」


「そうなの? あっちもヤキモチ?」


 おそらくの扉の向こうに閉じこもってしまったスズリの感情は、

 架橋クロスリンクを通じてもその理由まではつまびらかにならない。

 スズリの焦燥のわけは、睦にも推測することしかできなかった。


「うーん……。少しはあるかもしれないけど、微妙に違う、かしら。

 スズリならあの最後の場面、自分が死んでもファーレンハイトを殺しても、

 あなたに勝利を届けていた。必ず、間違いなくそうしたわ。

 あの子はそれが絶対的に正しいことだと信じてる。

 それを当のあなたに真逆のことを言われて、穏やかでいられるはずない。

 あなたの関心を一身に受けるイザナミに、あんな風に膝をつかされれば、なおさらね」


「……ボク、追いかけてくる」


「やめときなさい。

 あなたが近くにいるとスズリは余計自分を見失う。

 一人ならきっと無茶はしないわ。あの子は賢いから」


「……ロゼはさ、皆のことすごく良く見てるんだね」


「そういう趣味なだけよ」


「皆のお姉さんみたい」


 ロゼは恥ずかしげに顔をそむけると、ふん、と小さく鼻を鳴らした。


「さあ、ブルーメロゥ。悪いけどもっかいシャットダウンしてちょうだい。

 腕を継ぐのは、起きてるとすごく痛いわよ? ちぎった時と同じくらい」


「うへぇ……それは勘弁ですね。

 すみません、ロゼ、睦さん。後は任せました。

 ……おやすみなさい」


「おやすみ、ブルーメロゥ」


「睦ちゃんも休んできていいのよ?

 ずっとブルーメロゥにつきっきりだったから」


「ロゼは?」


「あたしは……いいのよ。

 戦いに参加する気なんてないから、こういう時くらい役に立たないと。

 せっかく居心地いいのに、タダ飯喰らいだって追い出されたくないもの。

 その代わりもしモンストロが攻められたら、いの一番に逃げ出すからね」


「はいはい、そういうことにしておくよ。

 ブルーメロゥのこと、よろしくね」


 片手を上げて応じるロゼを残して、睦は甲板に出た。


 ◆◆◆


 夜のグランギニョールは島全体がほんのりと燐光を帯び、

 どこかこの世のものでないような幻想的な趣がある。


 島の中央部は特に明るい。

 ファラが破壊した劇場の建物や、ブルーメロゥがぶち抜いた床面が、

 生体素子の自動修復機能によって補修されているのだ。


 初めてのグランギニョール。初めての戦い。

 ブルーメロゥの腕を船内設備で簡単に継ぐことができるのは、

 引きちぎられた右腕が綺麗な形で残っていたからだ。

 ファラの能力ならその場で灰にしてしまうことも簡単だったのに。


「完敗だなぁ……」


 ファラは自らの美学を貫いてなお、

 睦たちから勝ちをもぎ取るだけの強さを持っていた。

 おそらくそれが、イザナミの前に立つための最低条件だ。

 

 今夜は風が強く、昨夜は感じなかった寒さが二の腕を刺す。


「上掛けをお持ちしましたです。冷えますので」


 声に振り返ると、一体のポーンがケープを手に佇んでいた。


「ありがとう、アリス」


「覚えていてくださいましたですか」


「ブルーメロゥの治療も、手伝ってくれてたよね」


 睦はケープを羽織りながら問いかける。


「恐縮です」


 アリスはペコリと頭を下げるが、

 いつものようにすぐその場を去ろうとはしなかった。


「……お話する?」


 アリスは小さく頷いた。


「実はお尋ねしたいことがあるです。

 アリスたちは頭が悪いので理解が及ばないですが、

 どうしてあなた方は戦われるのでしょう。

 互いを憎み合っているわけでもないのに。

 アリスたちはロゼの意見に共感します」


「そうだなぁ……ボクもまだ、はっきりしたことを掴んだわけじゃないんだけど、

 スズリやブルーメロゥを見てると、なんとなく、こうなんじゃないかな、って

 思うことはあるんだ」


「お聞かせ願えるですか?」


「必要とされたいから。

 もうちょっと湿っぽい言い方をするなら、

 “愛されたいから”なんじゃないかって、思うんだ。

 スズリがボクのために一生懸命になってくれるのは、

 多分ボクが、あの子にとってただ一人のパートナーだから。

 アヴァロンの影じゃなくなったスズリの価値を

 一番肯定してあげられるのが、今はボクだから。

 ブルーメロゥが戦う理由も同じ。

 彼女の歌を必要だと言ってくれる人に報いたいから。

 ドロシーがロゼに甘えるのも、自分が一番大事だっていうロゼが皆に優しいのも。

 皆、愛されたいからだよ」


「睦さんも、そうですか?」


「……そうかもね。

 ボクのこと、愛してくれてると思ってる人がいた。

 だけどその人はボクのことを連れて行ってはくれなかった。

 怒ってるつもり、だけど、多分ボクは今でも、

 海凪に愛されたいんだと思う」


「……よく、わからないです。

 愛されるのはそんなに欲求をくすぐりますか。

 心地よいことですか」


「あはは、ごめんね、変な話して。

 いきなりこんな話されても、わかんないよね。

 でも、キミがくれたこのケープはあったかい。

 ほら、こうするとキミもあったかいでしょ」


 睦は頭一つ小さいアリスの肩を抱き寄せる。


「あったかいです」


「うむうむ」


「でも、アリスたちの納得は得られませんでした。

 もう少し、考えてみます」


「答えが出たら教えてよ。ボクも、知りたいから」


 アリスは睦の腕をすり抜けると、

 黙ってもう一度一礼した。


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