グランギニョール〜少女人形絢爛演武〜

雪丸仟

第一幕「がらんどう」




 ねぇ、教えてよ。『わたし』が今、どこにいるのか。




~~~~~~~~~~~~~~~~~




 開演のブザーが鳴り響き、天鵞絨びろうどの幕は上がる。


「ようこそお越しくださいました、劇場テアトル《グランギニョール》へ」

 

 スポットライトが照らし出すのは、チャイナドレスに身を包んだ黒髪の美女。


「本公演より総支配人を務めさせていただく、水城遊離みずしろ ゆうりと申します。

 皆様どうぞ、お見知りおきを」


 仰々しくお辞儀をする客席に人影はなく、

 ただ暗闇に無数の鬼火ウィスプまたたくばかり。


「二年に一度のこの催し、本日のオープニングにお越しいただいた皆様方に心よりの謝辞を。

 これよりここに、第六回公演の開演を宣言いたします!!」


 万雷の拍手は、電子の海を超えいずこより響くか。

 重低音とともにバロック様式の天井は空と開き、

 薄闇の劇場は一瞬にして太陽の光に満たされる。

 展開した壁面の間から流れ落ちる海水が、赤絨毯の階段を滝へと変えた。


「まずは本公演を演じる、人ならざる戦女神たちをご紹介しましょう。

 まずは劇団セイクリッドサインより前公演 《グランドマスター》、リディル・ファーブニル。

 そしてその女王クイーン・イザナミを!!」


 鳴り響くヒールの靴音。煌めく金色こんじきのショートボブ。

 凛々しいブラックスーツに身を包んだその女性は、

 舞台袖より現れ客席へと優雅に手を振った。


「セイクリッドサイン、マスター・リディルが心より感謝を。

 そして謝罪を、皆様に。

 イザナミの到着が遅れてる。あれほど言ったのに、困った子だ……」


 ステージを見つめる鬼火たちのゆらめきに、ざわめきが走る。


「すまない。彼女はもっと自覚するべきなんだ。

 誉れある序列第一位は、皆様の愛により成り立っているのだから」


「――愛? 愛って?」


 心臓を流れる血液すら凍てつかせるような声が響き、

 次の瞬間、つんざくような金属音とともにステージ中央に何かが突き立つ。


 ――グランギニョール前公演 “優勝旗” 。


 その鋼鉄のシャフトが震える残響が不意に、絶ち消えた。

 鬼火たちのざわめきも、風のうなりも、海鳴りさえもが消え果てた。

 流れ落ちる滝は瞬時に凍てつき、劇場は闇にとざされた。

 

「そんなものが欲しいだなんて私、一度でも言ったかしら」 


 宇宙を思わせる極寒の暗黒と静寂の中に、彼女の声だけがよく響く。


「いらない。いらない。いらない。

 私が必要と言わないものは、何一ついらない。

 この旗だって、もう、いらない」


 白銀の矛が振るわれ、世界は音と光と温度とを取り戻す。

 羽衣透き通る天女のような少女が、優勝旗の石突きの上に立っていた。

 細い高下駄はゆらぎもせず、冷徹な目が鬼火たちを、

 そして彼女の共演者たちを高みから見下ろしていた。


「価値をつけなさい。もう一度勝ち取るに値する価値をこの旗に。

 凪のような勝利なんて、退屈なだけだわ。

 思い出させて。私が今、どこにいるのか」


 セイクリッドサイン、クイーン級オートマタ 《イザナミ》。

 敵対3ブランド全てのクイーン級と戦い、打ち破った劇場グランギニョール最強にして絶対の存在。


 誰もが畏怖と憧憬をもって見つめるそのオートマタに、

 ただ一人、舞台袖から焼けつくような視線を送る者がいた。


「イザナミ。ようやくお前に、たどり着いた……!!」


 少女の名は、緒丘睦おおか むつみ

 この物語の、主人公である。




~~~~~~~~~~~~~~~~~



 一ヶ月前。篠月市内、某所。

 監視カメラの絞り環ダイアフラムが、大通りを走る一台の護送車に焦点を合わせた。


「……見られてる」


 碧眼が車窓から外を窺い、金髪の少女はその美しい眉をひそめた。


「不安か? ドロシー」


 手錠をはめられた男は、ドロシーの横で不敵な笑みを浮かべる。


女王クイーンの器じゃないな」


「うるさい。そんなこと、わたしが一番よく知ってる。

 どうせ口を開くなら、わたしの質問に答えなさい、ブラー。

 お前は一昨年のグランギニョールで起きた、あの事件の重要参考人。

 口を割るまで、絶対に逃さない」


「相変わらず正義の味方気取りか。学者どもの犬め。

 それともこれは……個人的な仇討あだうちかな」


「うるさい……。

 お前は同盟相手に売られたんだ。

 味方はもういない。観念しなさい!!」


「……ターニャはお前に教えなかったのか。

 女王たるもの、いかなるときもあやまつべきではない。

 特に怒りの矛先を向ける相手は」


「黙れ……お前がターニャを語るな……。

 矛先が違うというなら、早く吐けばいい。《くるみ割り人形》の居場所を!!

 ターニャを殺したあいつは今、どこにいるの!!?」


 ドロシーに激しく胸ぐらを掴まれ、ブラーのオールバックがほつれる。


「くく……ははは! そう憤るな。クイーン。

 奴は再び姿を現す。《グランギニョール》の舞台の上にな」

 

「なんですって……」


 手を放したドロシーと倒れ込むブラーの間を、緑色の閃光が横切った。

 金属が悲鳴をあげる斬撃音は、遅れてやってくる。


 走りながら両断された護送車が、開くように左右に倒れ路面に火花を上げた。

 

 襲撃者は宙を舞い、路面に膝をついて着地する。


「ヒヒッ。まっぷたつだ。ブラー死んだかな?」


 不気味に笑う黒いバトルスーツのオートマタの手には、まばゆいレーザーブレードが握られている。

 犬歯を剥き出す凶暴な表情が、本来可憐な彼女の顔立ちを好戦的に歪めていた。


 銃声。しかし射出されたのは弾体ではなく、両断された車両から跳躍する一体のオートマタだった。

 銀の軌跡を残す音速の蹴りが襲撃者をとらえ、弾き飛ばす。


「やっぱり現れたね、ソノラのオートマタ。

 悪いけどこの男は渡さない。

 どうしてもと言うのなら――」


 額から血を流すブラーは、大破した車から這いずり出ようとしていた。


「ミドルアース社アヴァロン、クイーン級 《ドロシー》がお相手します」


 ◆◆◆



 同時刻、篠月学園、2階――

 

 昼休みの教室で、数人の女子グループが談笑していた。


「昨日配信されたブルーメロゥの動画見た!?」


「見た見た。グランギニョール前最後の新曲だって。

 メロちゃんだから凛々しい決意っぽい感じだと思ったら、

 なんかめっちゃ切ないバラードなの……あたしちょっと泣いちゃったし」


「『人魚の姫にさよならを』って唄ってたし、もしかしてもう動画撮らないのかな……。

 グランギニョールを境に活動場所変えるのって、わりとあるみたいだし」


「ねぇ、むっちゃん。むっちゃんはどう思うよ」


 グループの中でもひときわ目鼻立ちの整った少女、「むっちゃん」こと睦は、級友ハルの問いかけに曖昧な微笑みを浮かべる。


「だとしたらもったいないよね。

 彼女はやっぱり、唄ってる時が一番輝いてる」


「だしょだしょ〜!?」


 前のめりにうなずくハル。だが睦の瞳はコンタクトレンズ型のMRディスプレイを通して、ハルの頭越しに街頭カメラのハッキング映像を見つめていた。


 二体のオートマタが閃光を瞬かせ、衝突と離脱を繰り返している。

 超高速戦闘。最新第四世代ジェネレーション・フォース機のみに許される、戦闘型の機動。


 非常事態のアラートが鳴り響く。周囲のビルの入り口に次々とシャッターが降ろされ、路上を歩いていた人々は誘導ドローンに従って退避を始めた。


 睦は脳波入力装置BMI越しに個人情報端末PDAに問いかける。

 

 『QP、護送車を襲撃したオートマタを画像から特定できる?

  ボクは見たこと無いタイプだ』


 『了解コピー


 秘書セクレタリエージェント《QP》がデータベースを参照し、骨伝導で応答した。


 『ソノラ社リーサリィライム、ナイト級試験機 《サードキィ》。

  固有兵装はレーザーブレード《翡翠太刀かわせみのたち》。

  登録後、ソノラが四大PMCより陥落したため、グランギニョール内外での公的活動記録なし。

  性能等、委細不明』


 『そう、つまり私的活動テロリズムが専門ってワケね。

  目的は助手席の男か』


 カルヴァドール・ブラー。

 かつて民間軍事会社PMCソノラの大幹部として、筆頭ブランド 《リーサリィライム》のプロデュースを担った男。

 

 『相手はドロシーのオリジナル機で間違いない?』


 『肯定ポジティヴ


 睦の唇が興奮に歪む。

 ドロシー。四大PMCミドルアース社が誇る看板オートマタ。

 あの日、鬼火ウィスプ越しに見た彼女が、今この街にいる。

 海凪かいなの手がかりがようやく、手の届くところまでやってきた。


「ねぇ見て見て、私のセクレタリ、ブルーメロゥにしたんだよ〜」


 のんきに見せびらかすハルは、思いもよらないだろう。

 眼の前の同級生が街頭カメラをハッキングし、

 PMCの非公開データベースにアクセスしているなどとは。


「ハル、こないだまでセイクリッドサイン推しじゃなかったっけ」


「今でも推しだよ? 

 でもイザナミ様は私のPDA《でんわ》なんかには収まらないっていうか!

 コピーを持ってるだけでも不敬っていうか!!

 その点メロちゃんは身近で親しみやすくて――」


 睦の視界を緑色の火花が満たす。


 『ヒヒッ。レーザーブレードと鍔迫りなんて、クイーンはもしかしておバカのヒト?』


 ドロシーはドロドロに溶解した双剣の片方を投げ捨てる。


 『そうだね、でも、おかげでキミの間合いは見切れたよ。

  ……月までぶっ飛べ』


 空気が膨張し、炸裂する。

 突如巻き起こる烈風に、サードキィの機体は木の葉のように空中を舞った。


 『Nooooooooooo!!!? ぎゃぼっ!?』


 サードキィはビルの壁面に叩きつけられ、路面にガラスの雨が降り注ぐ。

 

「ハハッ。アヴァロン好きだなんてハルはおこちゃまだな。

 男は黙ってR.U.R.だろ。アイゼンハートの硬派な魅力にはイザナミだって敵わないね」


 ハルの話に割って入ったのは、同じくクラスメイトの雪光だ。


「へぇ〜〜〜? でも私知ってるんだからね。

 硬派とか言ってるけど、雪光がフリークショウの夜闇ちゃんのフィギュア部屋に飾ってるの。すけべ」


「なっ、なんでお前がそれを……」


「ねぇ、むっちゃん。むっちゃんは誰推し?

 セクレタリは変な二頭身キャラだし、むっちゃんの好み正直よく分かんないんだよね」


「ボク? ボクは今……ドロシーから目が離せないかな」


 ビル壁面に穿たれたクレーターから緑の閃光が奔(はし)り、迎え撃つドロシーと空中で斬り結んだ。

 

 あのサードキィとかいうオートマタ、ドロシーのスピードに食らいついてる……!?


 ミドルアース社筆頭ブランド、アヴァロンのクイーン級 《ドロシー》。

 両脚にリボルバーを模した空圧装置を備え、グランギニョールの歴史上、最大の加速力を持つと言われるオートマタ。

 クイーン級らしい大掛かりな仕様により、全身が高速戦闘に特化した機体。


 その速度についていくために、サードキィは大きな代償を支払っていた。

 全身から立ち昇る白い蒸気が、オートマタの自動修復機構がフル稼働していることを示している。


 睦は身震いした。

 ボディの耐用限界を超えて、修復しながら無理やり動いてるんだ。

 こんな戦い方、きっと長続きしない……。


 それは睦にとっても由々しき事態だった。

 このまま戦闘が終わってしまえば、ドロシーはその場を離れてしまうだろう。

 睦は次々とハッキングするカメラを乗り換え、二人の戦いを追いかけるが――


 くっ……速すぎて切り替えが追いつかない!!

 肉眼じゃなきゃ……追えない!!


「ほらー、やっぱりむっちゃんもアヴァロンファンなんじゃん」


「嘘だろ緒丘〜っ。お前は男心の分かるボクっ子だと思ってたのにっ」


「ごめん二人とも……。ボク、行かなきゃ!!」


「行かなきゃって、どこに……午後の授業、始まっちゃうよ!!?」


 困惑するクラスメイトたちをよそに、睦は教室を飛び出した。


 手加減はいらない。今だけは、全速力で……っ!!


「はやっ!? 運動苦手って言ってなかったけ……?」


 ハルの言葉を背中に置き去りにして、睦は廊下を駆け抜けた。

 

 ◆◆◆


 サイレンの音が聴こえる。頬にぽつりと雨粒が当たる。

 護送車が炎上する煙をめがけ、睦は自転車を駆っていた。


 戦いが終われば、勝った方はブラーのもとへ戻るはず……。


 周辺の道路は無数の自動走行車両で塞がれ、警察や消防の到着を妨げている。

 おそらく襲撃したソノラ側の工作だろう。 


 だが睦なら、自転車を乗り捨て車両の上を乗り越えて進むことができる。


「よかった、まだ生きてた!!」

 

 男は燃え盛る車から這いずり出て、中央分離帯にぐったりと寄りかかっている。

 睦の姿を見つけたブラーは、怪訝に眉をひそめた。


「なんだお前は。知らない顔だが、お前もソノラの――」


 ブラーの言葉が途切れ、瞳がぐりん、と裏返る。

 男の額には、焦げた丸い穴が後頭部まで貫通していた。

 サルでも分かる即死ぶりだ。


「狙撃……ッ!!?」


 とっさに身を伏せるが、第二射は襲ってこない。

 振り返った背後のビルに狙撃手の姿はなかった。


 だが睦が掌握した無数の “目” が、本当のルートを捉えていた。

 弾丸はビルの間を縫い、複雑に屈曲したレーザー。狙撃点は―― 


「R.U.R.旧社屋ビル……」


 完成したばかりの新社屋についで、いまだ街で二番目に高いビル。

 見失いようのないその建物めがけ、睦は再び走り出した。


 ブラーはもう動かない。見失う心配はない。

 だけどドロシーはこの狙撃に、気づいてない……!!

 

 狙撃手の正体を掴めるのは今、ボクだけだ。

 アヴァロンに……グランギニョールに近づける千載一遇のチャンス。

 絶対モノにしてみせる……!!


 老舗オートマタブランド、R.U.R.の本社移転に伴い、つい昨年無人となったばかりの旧社屋。

 睦はビルの周囲を巡って、屋上へ侵入するルートを探った。

 目をつけたのは、メンテナンス用の外階段だ。


「……やっぱりこっちは電子錠、アップデートしてないね。

 このバージョンには今、必勝法があるのさ」


 ゲートにPDAをかざすと、扉はあっさりと睦を迎え入れる。


 鉄製の外階段を一気に駆け上っていると、真向かいのビルの壁面を足場に、サードキィが跳躍するのが見えた。

 既に満身創痍。決着はそう遠くないだろう。


 サードキィは囮。本命はブラーの暗殺……。

 いや、サードキィがドロシーを破るならプランは救出だった。

 狙撃手に見限られたんだ。サードキィとブラーは。


 だとすれば、狙撃手が第二射で狙うのはドロシーだろう。

 戦いに決着がつき、脚を止めた瞬間が、危ない。

 

「QP、録画機能をオン。情報迷彩キャンセラー強度最大。

 ボクのチャンネルからストリーミング配信を開始して」


了解コピー。撮影を開始する」


 回りくどい射撃ルートを使ったということは、狙撃手は知られたくないのだ、己の姿を。

 

 PMCの機密に関わる情報をリアルタイムでウェブ上から隠匿する情報迷彩。

 だけどボクが組み上げたキャンセラーを前に、いかなる迷彩も太刀打ちできないことは検証済みだ。

 全世界に配信してやるよ。殺人者の正体を……!!


 雨は次第に激しさを増す。

 緊張と興奮を胸に、屋上へと飛び出した睦を待っていたものは。


「……おやおや、これは意外。飛び入りでありますか?」


 酷薄に微笑む、ひとりの軍服の少女だった。


 艷やかな黒髪も、物憂げな瞳も、どこまでも美しく――そして死を思わせる不吉を帯びていた。

 これまで出会ったことのない種類の美しさに、睦は目を奪われた。

 息を呑むその喉元に、少女が左手に提げた抜き身の刀がゆっくりと向けられる。

 樋(ひ)に血を通したような、赤みさす不気味な長刀。

 

「死をもって早々にご退場いただく無粋を、詫びるとしましょう」


 嵐の始まり。吹きすさぶ風に、外套の下で少女のがらんどうの右袖が揺れていた。

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