第十七幕「イクテュエス」


「けほっ、けほっ、もぅ……ファラったら最初から飛ばしすぎだよぅ」


 立ち昇り、劇場の中を満たす黒煙にジュリエットは咳き込んだ。


「にゃはは、わりーわりー。だけどやっぱ、期待には答えねーとな。

 祭の始まりには派手な花火が相応しい。

 つっても屋内で焚くにはちょいと強火が過ぎたかな?」


 ファラは目を細め、獰猛なネコ科のように煙の向こうを睨む。

 ナイト級同士、機体のジャマーとセンサーのレベルは拮抗している。

 互いに有視界戦闘に頼るほかない。


「まぁ構いやしねぇ。どーせ向こうからも見えやしな――」


 聴覚に鋭い耳鳴りを感じたファラは、とっさにジュリエットを突き飛ばす。

 一瞬前にファラが足をかけていた手すりが、砂のように粉々に砕け散った。


「けほ……っ。いきなり酷いよファラぁ。

 突き飛ばすなら言ってよ」


「『すみませんがおつきとばしさしあげてもよろしいでしょうか』ってか?

 言ってたらお前の頭が弾けてたっての!!

 それこそあいつの言う通り柘榴ザクロみてーにな。

 弾体無し……。それにさっきの耳鳴り……」


 ファラの脳裏に浮かんだのは、

 ボーグ・キューブで見せられたアヴァロンの資料映像だった。

 退屈なブリーフィングを普段は毛嫌いしているファラだったが、

 このときばかりは戦闘データの全く存在しない最新型に

 興味を惹かれ、食い入るように映像を見つめた。

 

 経験値によるハンディキャップを埋めるため、

 初参加のオートマタは公演終了まで固有兵装の外観と名称の登録を猶予される。

 固有兵装の能力を知ることは、グランギニョールでの戦いにおいて

 最も重要な情報戦略のひとつだ。

 いわゆる“初見殺し”を避け、なおかつ自分が有利に戦い続けるためには、

 なんとかして相手の能力を知り、自分の能力を知られないことが重要となる。


 アヴァロンの新型は迂闊うかつだ。

 フリークショウとの鞘当てで、

 能力を推測する上で重要な情報をいくつもこぼした。


 フリークショウのドローンが散布した海中機雷を、

 一瞬にして処理せしめた破壊力。

 そして二丁拳銃のようなあの形状。


「ねぇファラ……さっきの耳鳴り、まだ聴こえてない?」


「チッ……掴まれ、ジュリエット。足を止めたらマズい。

 ヤロー……あのアイドル崩れ、やっぱり、“音” か。厄介だな。

 最新型にその兵装たぁ、アヴァロンも味な真似しやがる」


 ファラはジュリエットを抱えあげるとボックス席から跳んだ。


 最強のオートマタ、イザナミは、グランギニョールに多くの変化をもたらした。

 そのひとつが、固有兵装の多様性の減少だ。


 いかなる理屈か、イザナミの固有兵装 《天魔反戈あまのまがえしのほこ》は

 数多くの攻撃を無力化する。


 それまで遠隔攻撃の主流であった光学兵器をはじめ、

 華美なヴィジュアルと攻撃力を兼ね備え人気の高かった

 炎熱系や電撃系の兵装も、イザナミの前では効力を失った。

 かつてはリーサリィライムのお家芸だった音響系の兵装も、

 イザナミの登場を期に新造されることはなくなっていた。


 グランギニョールでの優勝は、今やイザナミの打倒を意味する。

 下位ブランドが戦うマイナー劇場でならまだしも、

 このグランギニョールでイザナミに届き得ないことが分かりきった固有兵装など、

 はじめから造るに値しない。

 それが現在のオートマタブランドにおける主流な考えだった。


 しかし、それゆえに、無視された兵装に対し

 有効な対抗手段を講じる敵対ブランドもまた、いない。

 イザナミによって殺されたはずの音響兵装が、

 徹底的に殺されたがゆえに、メタゲーム的有利をもたらす。


「理屈の上じゃ道理だけど、フツーはやんないよねぇ……」


「ふふふ、ははは、にゃははははは」


 煙や鬼火ウィスプの光に紛れ、

 ブルーメロゥのソナーをかいくぐりながらファラは笑う。

 

「わ、なに〜? 

 ファラってば、耳が良すぎて高周波で頭おかしくなっちゃったの」


「さすが “おもちゃ屋” アヴァロン。

 普通やんなくても客が喜ぶならやるってこったろ?

 頭にキたから始めた喧嘩だけどよ、オレ、なんか楽しくなってきたかも」


「いいねぇ。私知ってるんだ。

 ファラは怒ってる時より、楽しんでるときのが強いって」


 ジュリエットはファラの首元に腕を回し、耳に唇を近づける。


「だからそろそろ、強いところもみせてほしいなぁ、って思うんだよねぇ」


「ぽやーっとした顔して、まったく悪い女だぜジュリエット。

 んじゃそろそろ、こっちも反撃と行きますか。作戦は?」


「適当なトコに下ろして。ファラは“音”を叩いて」


「それじゃお前が柘榴ザクロじゃねーか」


「撃たれないよー。正義感の強いマジメちゃんだもん。

 離れてれば必ず、ファラの方を狙うと思うんだよねー。

 さっきもそうだったし、私は突き飛ばされ損。

 自分だけが狙われれ続ければ、ファラも相手の位置が分かるでしょ?」


「ほんとひど……。

 だけど知ってるぜ、お前は絶対

 我らが鉄仮面のクイーンは、半端な奴にゃ膝折らねぇからな。

 いいか、下ろすぞ?」


「ちゃお〜。頑張ってね〜」


 二階席のカーペットにジュリエットを下ろした瞬間、

 ファラの姿が掻き消える。機動力に優れた彼女本来の速度だ。


 二人を追いかけ続けていたソナーが、

 別れた人影と急激な音響の変化に一瞬、惑う。

 ファラはそのゆらぎの幅の中心に、ブルーメロゥを見つけた。


「今度は直接、ブン殴る」


 二階席の欄干を蹴り、跳ぶファラは、

 煙の中で信じがたいものとすれ違った。


「やっ」


 それは法外な加速度の中で強がりな笑みを見せる、

 青ざめたアヴァロンのマスターの姿だった。

 緒丘睦は空を飛んでいた。


 見間違いに違いない。

 オートマタにはありえないこととは分かっていながら、

 ファラはそう思わずにはいられなかった。

 これでも破天荒さにかけては、そこそこ自信のある方だったのだが。

 

 浮かぶ疑問符を振り払い、ファラはブルーメロゥに向ける爪牙を構えた。


 ◆◆◆


「……しゃくだよね」


 ソナーでファラを追跡し、狙撃するブルーメロゥを見守りながら、

 睦はぽつりと呟いた。


 ブルーメロゥの固有兵装は、正式名称を

 超音波発振器 《イクテュエス》と言う。


 二丁一対の発振器から放たれる音波は単体でも強力なものだが、

 二丁分の音波が交差する焦点でこそ、その真価を発揮する。

 距離による減衰を最小限に抑えれば、いかなる装甲も貫通しうるナイト級らしい兵装だった。

 

「何がしゃくなんですか?」


「この後の動き、向こうもこっちも読んでると思うんだけど、

 このままじゃこっちばかりが向こうのシナリオに付き合わされる。

 マスターを安全なトコに置いてファラがこっちに向かってくるのが相手の最適解だよね。

 イクテュエスじゃ人間を撃てないし、ブルーメロゥはボクをかばいながら

 戦うことになる。……かばってくれるよね?」


「そこは自信持ってくださいよ」


「人殺しはしたくないけどさ、そういう気持ちにつけこまれると、

 逆にブチ殺したい気持ちになってこない? ボクって優しいからさ」


「同意を求めないで……」


「ブルーメロゥきびしい……」


「雑談したいなら後にしてください。ソナーって結構集中力使うんで!!

 それで結局、睦さんはどうしたいんですか。効率的に結論から言ってください」


 ブルーメロゥが見ていないのをいいことに、

 睦は満面に子供っぽい笑みを浮かべた。

 海凪と一緒になって、冒険やいたずらの計画を練っていたときの顔だ。


「空が飛びたいんだ」


「はぁ!?」


「ボクをふっとばしてよ。相手が分かれたら、ジュリエットのとこまでさ。

 2 on 2のゲームでよくやるんだよね。疑似タイマンってやつ?

 ジュリエットは食わせ者だ。

 ファラの火力と一緒にしとくと

 初見殺しはもうないし、直線的に攻めてくる相手の方が

 ブルーメロゥもやりやすいでしょ?」


「それは……そうですが……。

 ああ、もう!! 仕方ない。

 言い出したら聞かないんですよね!!」


「分かってんじゃん」


「やります。やりますけど必ず無事でいてくださいよ?

 あなたにかすり傷ひとつでもつけたら、

 スズリ先輩に怒られるの私なんですから」


「まぁ、頑張ってみるよ」


「……気配、分かれました。ファラ、来ます!!」


「おっけーブルーメロゥ、やっちゃって!!」


 号令して初めて、睦はどう “やる” のかを、

 打ち合わせていなかったことを思い出した。


 戦闘型オートマタの全力の踏み込みがファラの攻撃で割れた舞台の床板を踏み、

 板の反対側に立っていた睦はテコの原理で弾き飛ばされる。


 そんな、ギャグマンガみたいな。全然華麗じゃない。


 もはや抗議の声を上げる余裕もなく、せめて強がりの笑みを浮かべた瞬間に、

 驚きに見開かれたファラの瞳とすれ違った。


 偶然に等しいハッタリの成功は睦に自信を回復させ――


 閃く剣戟は火花を散らして弾かれたものの、

 睦はジュリエットの前に見事なスーパーヒーロー着地を決めることに成功したのだった。


「終わりよければ全て良し、ってね」


「とんでもないことするのね、あなた」


 じん、と痺れる手で剣の柄を握り直し、ジュリエットは苦笑する。

 不意打ちを防いだ安堵より、先読みの上をいかれた危機感の勝る表情だった。


「賢さ対決ではボクの勝ち。剣の腕では、さあ、いかがかな?」


「あれを賢さと呼んでほしくはないかなぁ。

 どんな物語でも、持たざる者は必ず『勇気』をもてはやすわ。

 だけどご存知でしょ? 敗者の勇気がなんと呼ばれるか」


「ボクが『無謀』なワケないでしょ?

 頭の中はいつもはかりごとでいっぱいさ。

 どんな風にキミを料理してやろうかってね」


 二人の剣先同士が触れた。

 身体を横に開き、片手で剣を差し伸べるジュリエットの構えは、


「フェンシングか」


「ふぅん、知ってるんだ」


「ボクの相棒で師匠は、あらゆる剣術の達人だからね」


 睦は左足を引き、踏み込みの機会を探る。

 ジュリエットもゆらゆらと剣先を揺らしながら、

 睦の喉笛を突く隙を窺っていた。


 稽古のとき、スズリが言っていた。

 一見動きづらそうな袴の利点は、運足を隠すことにもあると。

 ジュリエットのロングスカートも今、

 踏み込みのタイミングを隠す覆いの役割を果たしていた。


「ごめんねブルーメロゥ。かすり傷の分は怒られて」


 読めないタイミング、知らない剣術を読みきる方法が、ただひとつだけある。

 それは――


「はぁああっ!!」


 こちらが先に、しかけることだ。


 来ると分かっているカウンターは浅く頬を裂き、

 睦の剣はジュリエットの美しい金髪を一房散らす。


 二人は今や運足の読み合いが無意味な距離、

 刃同士を削り合う鍔迫りの中にあった。


「やりづらいなぁ……」

 

 気だるげな言葉とは裏腹に、ジュリエットの目には戦いの高揚が滾っていた。


「お互いにね」


 そしてジュリエットの瞳に映る睦自身もまた、あわせ鏡のように同じ狂奔の中にいた。


 ◆◆◆


「やりすぎたかな」


 派手に吹っ飛ぶ睦を見送るブルーメロゥは、

 不意に寒気を感じてその場を飛び退く。


「ッラァッッ!!」


 飛来するファラ。舞台に突き立つ拳、そして――


 遅れてくる爆炎を、ブルーメロゥは銃を盾にしていなした。


「まだまだァ!!」


 チリチリと空気を焼き焦がす拳を、ブルーメロゥは紙一重で躱してゆく。

 怒涛の連撃は、ブルーメロゥに銃を構えなおす隙を与えなかった。


「……バカの一つ覚えみたいで、気に食わないですが」


 ブルーメロゥは再び強く踏み込み、ファラの目の前に割れた床板を跳ね上げる。

 一瞬ひるんだファラだったが、その拳はたやすく厚い板を打ち砕き、

 ブルーメロゥはわずかに距離をとる。すぐさまイクテュエスの照準を合わせるが――


 クラスター爆弾のような連続爆発に、ブルーメロゥは思わずよろめいた。

 

 爆発した!? 何が……。


 ファラが爆発物を散布した気配は感じ取れなかった。

 ブルーメロゥはファラの攻撃の正体を求めて視線を彷徨わせる。


 ……なるほど、厄介ですね。

 睦さんいわく、あの手に触れてはいけない。

 その理由が分かってきました。

 開戦直後も、着地の瞬間も、さっきも、爆発したのはファラが触れた床板。

 原理は未だ不明。しかし相手は殴りつけたものを爆破する能力を持っている。

 それは確定で良いでしょう。


 問題は爆破できる対象。過去の戦闘データを参照するなら、

 相手はオートマタの固有兵装を爆破できる可能性がある。

 あるいはブルーメロゥ自身のボディでさえ。


 このパンチを、受けるのは危険だ。

 ガードすることさえ避けねばならない。 

 しかし、


「速い……ッ!!」


 息切れのない連続攻撃。絶え間ない前進。

 どれだけ後退しても、拳の届かない距離を保つのがやっとだった。

 しかし、逆を言えばブルーメロゥはいくらでもこの距離を保てる。

 回避に専念すれば、どこまでも躱すことができる。


 ――勝てる。


 光明を見た瞬間、鋭い痛みとともに、視界がかしぐ。

 拳ばかりを警戒する死角から放たれたハイキックは、

 ブルーメロゥの肩をとらえていた。


 蹴り……そうか、そういうのもありましたね。

 だけど脚にあの火焔のタトゥーはない。

 固有兵装なし、ただの蹴りなら、いくら受けたところで―― 


「平気と思ったか?」


 ずくん。

 肩口を襲う痛覚とは異なる感覚に違和感を覚え、

 自分の身体を見下ろした瞬間。


 ブルーメロゥは爆炎に包まれた。 







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