第二十五幕「播種」


 ジュリエットとリディル、そして二体のオートマタが舞台の中央でスポットライトを浴びる。

 昨日はあの場所に立っていた睦が、今日は客席から見つめていた。


 既に決闘開始の合図はなされていたが、

 演技者たちは互いに相手の出方をうかがい、カウンターを狙っているようだった。


『アブソリュート社セイクリッドサイン、ナイト級 《ネフェルトゥム》。

 固有兵装は寄生種子 《ロータスシード》。

 グランギニョール前大会出演。戦績は一勝一敗。

 戦闘データ閲覧済み』


 耳の中でQPが告げる。

 薄いヴェールを纏い、大型の銃を携えた彼女の戦いを、

 睦は確かに鬼火ウィスプ越しに見ていた。

 

 固有兵装は銃ではなく装填された弾体。

 相手の身体に撃ち込まれたそれは電力を奪いながら成長を続け、

 やがて対象を機能停止させる。

 遠距離用の狙撃弾と近距離用の散弾を撃ち分ける厄介な能力だ。


 対するジュリエットのパートナーは―― 


『タイレル社R.U.R.、ルーク級 《エマニュエル》。

 固有兵装は内燃機関 《トゥーミニッツヘイト》」


 大型の篭手を装備しての登場。

 相手と同じく、見かけの武器が固有兵装ではないタイプか。


「グランギニョール出演経験無し。

 公的活動記録再生の是非を問う」


 タイレル社での戦闘従事記録。

 気にはなったが、膠着は既に破れようとしていた。


 銃声――。


 先に動いたのはネフェルトゥムだ。

 当然、ジュリエットとエマも前大会の映像は研究済みだろう。

 エマはジュリエットから射線をずらすように大きく距離を取り、

 散弾の有効射程から逃れる。

 

 折り畳まれた銃身が展開され、狙撃型に切り替わる。

 超音速の弾丸を、エマは固有兵装も使わずに紙一重で躱し続けた。


 身軽な動きをサポートするタイトなボディースーツに、近接武器。

 似たタイプのオートマタを睦はつい最近見たことがある。


「あのエマって子、サードキィに似てる……」


 隣の席に座るドロシーも、睦の目配せにうなずく。

 

 篠月市でカルヴァドール・ブラーを襲った二人組の片割れ。

 ドロシーに敗れた試作型オートマタ。

 であるならば内燃機関 《トゥーミニッツヘイト》とは、

 ボディのスペックを底上げする固有兵装である可能性が高い。


「多分睦ちゃんの考えてる通りで正解だよ。

 固有兵装として洗練された強化内燃機関で、

 自傷無しでサードキィ並の機動力を実現する。

 それがわたしが知ってるエマって子の能力。

 ここからはただの推測だけど、名前から察するに――」


「時間制限つきってこと?」


「わたしはそう思う。スズリの判断は?」


「……まぁ、そうでありましょうな。

 搦手を使うタイプにはとうてい見えない。

 片や長期戦狙いのデバフ型、片や瞬間火力特化のバフ型。

 相性は火を見るより明らかであります」


 いつもどおりの受け答えに睦は安堵する。

 昨夜から様子がおかしいと感じていたのは、思いすごしだったのかもしれない。

 しかしドロシーは顎に手を当てて思案気な様子だった。


「明らか、かなぁ。わたしは結構微妙なトコだと思うけど。

 ちなみにスズリは、どっち勝つと思うの?」


「せっかくだから賭けるでありますか?

 自分はエマニュエルに」


「うーん、わたしはネフェルトゥムかな。

 そうしなきゃ賭けが成立しないからじゃなくて、なんとなく、だけど」


「睦殿は」

「睦ちゃんは」


 両側からステレオで問われ、睦は苦笑する。


「そうだなぁ、心の中ではジュリエットを応援しちゃうけど、

 冷静なボクはネフェルトゥムが勝つかもって言ってる。

 理由は多分、ドロシーと同じ」


「ふっふっふ。二人ともまだまだ兵法が分かっていない様子でありますな。

 エマニュエルが遠隔武装を持たない以上、

 決着のためにはいずれ散弾の有効射程に踏み込まねばならないのは必定。

 完全回避は不可能なれば、一気に勝負を決める他ないのであります。

 片やネフェルトゥムの武装は、長期戦に持ち込めば必勝、さもなくば

 ただの物理銃であります。

 ビショップ級向けの搦手をあえてナイト級で運用するは、

 フットワークで相手を弄しいたずらに時間を稼ぐのを目的にしてのこと。

 しかしそのフットワークで相手が完全に勝るとなれば、

 短期決戦を狙う連打を躱す術は無いのであります。

 たとえ弾を受けても、身体が崩壊し尽くす前に相手を破壊できる。

 あのエマニュエルというオートマタが固有兵装を起動したら、

 勝負は一瞬で決まることでありましょうな」


 スズリが自信満々に語る間にも、勝負は彼女の言葉通りに進行しつつあった。


「行かせてよジュリエット。避けてばっかりじゃお客さんだって飽きちゃう」


 華麗なステップで銃撃を躱しながら、エマは彼女のマスターに固有兵装の使用許可を求める。


「でも……」


「エマちゃんなら大丈夫。

 ジュリエットの肩を持つって決めた時から、とっくに覚悟はできてるからさ」


「ならせめて架橋キスを」


「ダメだよ。痛覚共有したらジュリエットが保たない。

 ……お願い」


 おどけた口調の中に交じる思いつめた響きに、ジュリエットは頷いた。


二分間憎悪トゥーミニッツヘイト起動、蹂躙してエマニュエル!!」


 ジュリエットの叫びとともに、エマの身体の各部に隠された排気口が開く。

 冷却液クーラントが一気に蒸発する白煙を引きずりながら、

 エマはネフェルトゥムの銃口めがけ突進した。


「ようやく覚悟を決められましたね」


 ネフェルトゥムは秀麗な顔を凶悪な愉悦に歪め、

 排莢とともに銃身を畳んだショットガンタイプに切り替える。


「食い荒らしなさい、《ロータスシード》!!」


 銃口から弾ける、無数の黒い弾体。

 その大部分は強固な篭手に弾かれるが、残りは否応なくエマの身体に食い込む。

 ここまではネフェルトゥムの見込み通り。


 ただひとつ見込み違いだったのは――


 金属が悲鳴をあげる音。

 生体素子製ではない銃がエマの拳を前に一撃でへし折れる。


 顔面にも数発の弾を受けながらも、

 充血したように真っ赤に染まった目はまっすぐにネフェルトゥムを見据えていた。


「怯まない……!?」


「こんな豆鉄砲で誰が怯むかよ。

 さぁ〜、エマちゃんの番だ。歯ァ食いしばりな」


「ひっ!?」


 ヴェールの向こうで恐れおののいた顔面が、拳の形に歪む。


「うぶぅ!?」


 のけぞり、吹き飛んだネフェルトゥムを襲う乱打。

 それはさながら拳の嵐だった。


「ぐぅ……がふっ!? こ、こんな……っ、っぐ、いやあぁああっ!?」


 避けることも防ぐこともままならず、猛攻からようやく逃れでたのは

 客席へと千切れ飛んだ片腕のみ。


 ネフェルトゥムが悲鳴を上げながらボロ布のように蹂躙されていく様を、

 リディル・ファーブニルは構えもせずただ涼しげに見つめていた。

 

「り、リディルさま……っ。助けて……っ。あぐぅ……っ。

 お願い、降伏……降伏を……っ!! うぁあああっ」


「だめだ、ネフェルトゥム。

 君が請けた喧嘩だろう?

 には最後まで責任を持ちたまえよ」


 その言葉を言い放つ時もリディルは王子様然とした微笑みを崩さず、

 客席から見ていた睦は恐怖を覚えた。


 《トゥーミニッツヘイト》を起動して一分弱。

 制限時間がその名の通りであるなら、残り一分あまりもこの殴打は続くことになる。

 ネフェルトゥムには既に修復限界が見え始め、

 エマの勝利は確定的であるかに見えた。だが――


「支配人、R.U.R.はこの決闘を棄権します。

 エマ、今すぐに攻撃をやめて。これは命令よ」


 ジュリエットの宣言にエマの拳がぴたりと止まり、

 ネフェルトゥムはその場に崩れ落ちる。


「な、なんでだよジュリエット……っ!!

 あと少しじゃん!! あとちょっとで勝ちだったじゃん!!

 どうして……っ!!」


 降伏リザインの権利は、マスターが全面的にこれを持つ。

 ゆえにグランギニョールでは、マスターを即死させるような攻撃は基本的に行われない。

 もしマスターが死亡すれば、双方ともに消耗し、

 どちらか一方のオートマタが完全に破壊されるまで戦闘を停止するすべを失うからだ。 


「ふふ、架橋してなくたって、私に隠し事は通じないよぅ、エマ。

 最初の散弾から、私のこと庇ってたでしょ」


 動きを止めてみれば、エマの全身には樹状の文様が走っている。

 ロータスシードの侵食の証。これを無視して動き続けることには、

 相当の苦痛が伴ったはずだ。


「だからって……!! このまま殴り続けてれば勝てた!!

 R.U.R.の……ジュリエットの2連勝がかかってたんだよ!?

 新人が連勝すれば、R.U.R.でのジュリエットの発言力も上がる。

 そしたらファラのことだって……っ!!」


 エマの悲痛な訴えに、ジュリエットは自らの目を指さした。

 そこにはコンタクトレンズ型のMRディスプレイが装着されている。


「コアの損傷アラートが届いてる。

 友達を喪うなんて、私嫌だから」


「う、うぅ……。ジュリエットぉ……。

 ごめん、ごめんよぉ……」


 エマはがくりと膝をつき、二体のオートマタは互いに寄りかかり合うように動かなくなった。

 会場はしん、と静まり返り、支配人の遊離でさえ決着を告げることを忘れていた。


 投影機だけが静かに結末を告げる。


 R.U.R.対セイクリッドサイン、マスター・ジュリエットの降伏により、

 セイクリッドサインの勝利。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る