第二十七幕「レイド・レイド・レイド」
「スズリがファラを殺したの?」
「無論、自分は《くるみ割り人形》でも、
その模倣犯などでも無いのであります」
睦は、もっと盲目でありたかったと思わずにいられなかった。
自らの問いかけとスズリの答えの間にある噛み合わなさに
気がつかずにいられるほど、愚かであれたなら。
「…………ッ!!」
睦に胸ぐらを掴まれても、
スズリはその薄笑みを崩そうとしなかった。
「スズリ、舌を差し出しなさい」
睦は初めて、本当の意味で“スズリに命令”を下した。
それは友にかける言葉ではなく――
触れなば己の指でさえ断ち落としかねない名刀に、
人斬りの血糊、刃こぼれのあるや否やを問うように。
「あぁ……なんという悦び。
自分はずっと、こんなふうに求められたかった」
恍惚の表情を浮かべるスズリの唇に、
食らいつくようにしてキスをする。
心の掛け違いが軋みとなって現れるように。
流れ込む感情はしかし、スズリの言葉とは裏腹だった。
たしかにそこにはわずかな悦びがある。
だがスズリの心の大部分を埋め尽くす、その感情は――
睦が目を逸らした先には、扉がひとつだけ。
その黒い扉を封じていた鎖は、今は朽ちて散らばっていた。
手を伸ばせば開けられるであろうそれに、睦は触れることができなかった。
怖い。
知ってしまうことがどうしようもなく恐ろしい。
たとえスズリが何を斬っていようとも、それは必ず睦のためだから。
行使された殺意の所有者は、いつだって剣ではなく遣い手だ。
睦が意識を
《くるみ割り人形》の疑いをかけられたこのオートマタの心から、
唯一間違いのない真実を引き出すことのできる睦の言葉を。
冷たい汗が背筋を伝い落ちる。
「……スズリは《くるみ割り人形》じゃない。
ボクはスズリを信じるよ」
「痛み入るであります」
睦の胸を刺した罪悪感も、
きっとスズリは感じ取っていることだろう。
「うそつき」
睦とスズリ、どちらに向けられたものか、夜闇は冷たく言い放った。
「残念だわ。あなたとは友達になれそうだと思ってたのに」
ジュリエットがすらりと細剣を抜き放つと、
アイゼンハートが一歩軍靴のつま先を進める。
「悪く思わないでくれたまえよ、緒丘睦。
疑わしい君の相棒を見逃して、我々の得になることは
何一つとして無いんだ」
リディルもまた剣を抜くが、しかし、
「どうして勘違いしちゃったのかなぁ」
夜闇のか細いつぶやきに、その場を静寂が包んだ。
「今この場にいる人たちで、咎人でない人なんていないのに」
夜闇の言葉を聞こうとそばだてられた耳を、
四方から放たれた爆音がつんざいた。
「みんな、しんじゃえ」
「な、何……っ!?」
睦は揺るぐ地面によろめきながら周囲を見渡す。
森の向こうで黒煙が上がるその方向には――
「エマ……っ!! く……っ」
ジュリエットは口惜しそうにスズリを一瞥すると、
剣を納める間も惜しんで森の中へと駆け出した。
アイゼンハートもすぐにその後を追う。
《ボーグ・キューブ》。
人工島南方に停泊する《R.U.R.》の
「やれやれだぜ。
タイミングはお前に任せるとは言ったが、
ちょっと早すぎやしないか夜闇ちゃんよぉ〜。
もうちょっと疑心暗鬼させてからのが良かったんじゃないか? ンー?」
《くるみ割り人形》が遺した血文字を踏み荒らし、
夜闇に歩み寄ったのは、それまで沈黙を保っていたミシェルだった。
爆音に麻痺した聴覚が次第に解像度を取り戻すと、
睦は蜂の羽音のようなノイズに取り囲まれていることに気づく。
ドローン……!!
睦の理解と、周囲の森から一斉に武装ドローンが
姿を現すのはほとんど同時だった。
身構えるマスターたちを前に、ミシェルは不敵に
「揃いも揃って度肝を抜かれた顔してやがるな。最高だぜ。
お前らに分かるか? この島で今、何が起こっているのか!!
この公演の主人公が、誰なのか!!」
◆◆◆
同時刻、拠点船 《ボーグ・キューブ》船内――
「ハァーーーッハッハァ!!
脆い、クソ脆いぞ雑魚共がァ!!」
鉤爪を備えた巨大なマニピュレータが振るわれる度、
金属の壁は銀紙のように裂けブラックスーツのポーンたちがバラバラにちぎり飛ばされる。
フリークショウ所属ナイト級 《クルーガー》は、視界に映るもの全てを引き裂きながら機関室へと邁進した。そして――
「こっちらクルーガーッ ! !
ミシェル!? 聴こえてるかミシェーーールッ!!!!
俺様ってばボーグキューブ機関部の破壊に
成! 功! したずぇああああああああッッッ!!!!
ほめろオラほめろ!!!!」
彼女のほか立つものがいなくなった機関室で、
クルーガーは通信機の向こうにいるミシェルにむかって声を張り上げた。
『るっせぇカス!! いちいち声がでけぇんだよテメーは!!
全員に丸聞こえじゃねーか!! あたしの耳まで爆破する気か!!』
「(船内の残敵を皆殺しにしたほうがいいか)」
『今度は何言ってっか聴こえねぇよ、極端なんだよ万事!!
ったく、残ってんのは修復中とポーンだけだろ?
給電設備を破壊すりゃそれでいい、手薄なとこへ転戦しろ』
「すまん!! 俺様バカなので手薄なのがどこか皆目わからん!!」
『あぁ、その素直なとこがお前の使えるトコだぜクルーガー。
お前が向かうのは《
なぜなら今、あそこにいるのは――』
◆◆◆
セイクリッドサイン拠点船 《万神殿》船上――
立ち並ぶコリント式の柱の上、神々しいこの船のもっとも高い場所で、
そこに相応しい人形の女王は全てを眼下に見下ろしていた。
「《万神殿》が燃えているわ。それに、羽虫もたくさん飛んでいる。
グランギニョールには似つかわしくない、無粋な景色」
イザナミに近づき銃口を向けたドローンは、
たちどころにローターが霜で覆われ墜落してゆく。
羽虫を叩き落とすのに、彼女は指一本動かす必要がなかった。
「では、同じ女王同士の決闘であれば受けてもらえるのかのぉ?」
イザナミの隣の柱に、もうひとりの人影が立っていた。
フリークショウ所属、クイーン級 《清姫》。
彼女の足元の柱には、大蛇のごとき蛇腹剣が巻きついている。
「もう一度言ってもらえないかしら。
もしかして、聞き間違えたのかもしれない」
イザナミは涼やかに小首をかしげる。
「羽虫の分際で……誰と誰が、同じだなんて思えたの?」
「《
縦長の瞳孔に怒りをたたえ、清姫は彼女の剣の名を呼んだ。
◆◆◆
アヴァロン拠点船 《モンストロ》船外――
「ドローンが変な飛び方してるから、
念のため追いかけてみれば案の定……っ!!
どっから湧いて出たのよ、こいつらは」
劇場を出た後、ドローンの動きに違和感を覚えたロゼはひとり騒動に背を向け船へともどっていた。
そこで彼女が見たのは武装ドローンの群れに囲まれるモンストロの姿。
無数の光条が、装甲を溶断し船内に侵入すべく放たれる。
「ビショップ級ロゼよりモンストロに防衛システムとの接続を要求。……認証。
対光学スモークを散布し、対空機銃掃射開始!!」
モンストロの防衛システムと連携したロゼは、
レーザーを無効化するとともに次々とドローンを撃墜するが――
「ドローンに命ずる、ただちに兵装を実弾に切り替えよ!!
全機、照準地点に粘着榴弾全弾集中投射!!」
指揮の声とともに放たれた大量の炸薬は、
モンストロの熱い装甲を貫徹する。
「な……っ!?」
「くっくっく、実に甘いのである。アヴァロンの」
ロゼの頭上に落ちる黒い影。
一対の黒い翼を備えた少女が、空中に静止していた。
フリークショウ所属ルーク級 《アルカード》。
赤と黒で彩られたゴシックロリータに身を包む彼女は――
「エロ下着見えてるわよ」
「なっ……!? どこを見ているこの変態……っ!!」
「勝手に人の頭の上飛んでるくせに」
「フン。せいぜいほざけ。
貴様の船がくず鉄になる様を、せいぜい指をくわえて見ているがいいわ!」
アルカードはドローンが穿った穴に飛び込もうとするが、
「うきゃん!?」
目に見えない壁に阻まれたように弾き落とされる。
「くっ……おのれアヴァロン。何をしたぁっ!!」
「たかが鉄板に穴を空けたくらいで調子に乗らないで。
このロゼがいる限り、あたしこそがモンストロの装甲よ」
「言うではないか、戦闘型ですらないビショップ風情が。
我輩に勝てる気でいるのか?」
「あたしは我儘な赤い薔薇。
今まで欲しいものはなんだって手に入れてきたの。
あんたみたいな小悪党、現金一括払いで勝ってやるわ」
「思い上がるな小娘が。
秒でスクラップにしてやろう、地獄にツケを持ってゆけ!!」
「囲いなさい、《
「見よ、偉大なる我が 《ノスフェラトゥ》!!」
ふたつの固有兵装に、雷光が奔った。
◆◆◆
「さぁ、これでカードは出揃った。
刮目して見やがれ。愉しい
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