第二十八幕「薔薇と剣」


「夜闇……やってくれたね。

 いつの間に劇場の警備ドローンを。

 ……057号から061号、私と来なさい!!」


 支配人水城遊離が呼ばわると、フレンチメイドに身を包んだ

 アヴァロンのポーンたちの中から5体がすぐさま遊離の元へと駆けつける。


「これが夜闇の固有兵装の仕業なら、あの子を止めてもドローンは止まらない。

 これ以上制御を奪われる前になんとかしなきゃ。

 私は中央管制室へ向かうから、睦ちゃん、ここは任せた。できるでしょ?」


「えぇ!?」


「できるって言え!!」


「で、できます!!」


 気迫に押された睦が破れかぶれで返すと、

 遊離は「よし!」と頷いてポーンたちとともに駆け出す。


「さぁ、これでカードは出揃った。

 刮目して見やがれ。愉しい強襲レイドの始まりだ!!」


 吠えるとともにミシェルが右手を掲げると、

 空を滑るように現れた大型のドローンがフックを投下する。

 空いた左手の中指をブチ上げながら、ミシェル・マイヤーズは空へと逃れていった。

 そのまま《フライング・ダッチマン》へと真っ直ぐに。


「逃がすか……っ。追って、ドロシー!!」


 睦は叫ぶが、しかし、アヴァロンのクイーンは震える瞳で虚空を見つめたまま

 飛び立とうとはしなかった。


「ドロシー……?」


「どうしよう睦ちゃん、わ、私――」


「……射落とせ、アルテミス」


 代わるリディルの冷たい声とともに、銀の閃光がドローンの中央を射抜く。

 マルチプルボウガン《シルヴァームーン》。

 アルテミスの生体素子そのものを弾体として射出する固有兵装だ。


「うおぉおお!? キマらねぇええええ」


 傾いだドローンはミシェルを吊り下げたまま森の奥へと墜落してゆく。


「アルテミス、なぜミシェルを撃たなかった。

 君なら奴の心臓を射抜けたはずだ」


 リディルの問いかけに、アルテミスは彼女の肩に手を置き答えた。


「大丈夫よ、リディル。

 君までイザナミみたいにならなくていいの。

 ……ネフェルトゥムには、後でちゃんと謝っておくのよ?」


 一見、自然体に見えたリディルの肩から、ふっと力が抜ける。

 

「……ああ、今となっては君だけだ。

 私をそうやって対等にたしなめてくれるのは」


「それがルークのお仕事だもの。

 《万神殿》に残ってたイナンナと連絡が取れない。

 イザナミが負けることは無いでしょうけれど――」


「他の二人を護ってやってるとは思えないな。

 ……一度船に戻ろう。緒丘睦!!」


「ひゃいっ!?」


「スズリと夜闇から目を離すな。

 託したからな、君に」


「どどど、どうしよう睦ちゃん」


 走り去るリディルらの姿を遮るように、ドロシーがすがりついてくる。

 

 どうしよう、吐きそう。

 どいつもこいつも勝手にボクに押しつけていきやがって。

 

 知り合いが無残にもころされて、

 大切な相棒が犯人かもしれなくて、

 大事な友だちが身動きもできないまま襲われていて、

 皆がみんな、行くべき場所へ行っているのに、

 どうしてボクだけが何もできずに立ちすくんでいるんだろう。

 『初めてのグランギニョール』は言い訳にならない。

 ジュリエットも、そしてあのミシェルでさえ、

 自分がすべきことを明確に遂行しているのだから。


 のしかかる重圧と混沌とした感情に冷や汗が伝い、目眩が襲う。

 

 ……演じなきゃ、まとわなきゃ。

 求められるボクを、今この場に必要な自分を。

 なぜならボクは女優なんだから。


 大きく深呼吸して顔を上げた時、

 睦はドロシーの瞳の中に一瞬前の自分を見つけた。


「ロゼがいないの。きっと《モンストロ》へ向かったんだ。

 今度もまた、私がそこに居ないせいで誰かが死んじゃうのかな」


 ドロシーは《くるみ割り人形事件》唯一の生き残りだ。

 事件の報を受け、彼女が船に戻った時には全てが終わっていた。


 放置すれば必ず次の犠牲者を生むミシェル・マイヤーズ。

 動けないブルーメロゥと非戦闘型のロゼ。

 惨禍の中心たる夜闇と、不安定さを見せるスズリ。

 最速のオートマタたるドロシーならば、どこへ向かうことだってできる。

 だがどこかひとつへ向かうなら、他のどれが失われてもおかしくはない。

 だから彼女は動けないでいるのだ。失うことが恐ろしいのだ。


 「幸せなんだな」と、睦は感じた。 


 ドロシーの煩悶は、持てる者の悩みだ。

 世界が失いたくないもので満ちている誰かの葛藤だ。睦とは違う。

 最後に霧島海凪にたどり着くためなら、

 他の何を犠牲にしても構わないと思っている睦とは。


「……大丈夫だよ、ドロシー。君は今一番行きたいところへ行って。

 ボクは死なないし、スズリのこともころさせたりしない。

 君が取りこぼしたものは、全部ボクが拾ってみせる」


「どうしてそれを、信じろって……?」


「信じられないのなら命令してあげようか。

 どんなに頼りなくてもアヴァロンのリーダーは君じゃなくてボクだ。

 全ての結果は、ボクに帰結する。

 メンバーの死も、敵の死も、全部ぜんぶボクのもので、

 君のものであるものはひとつとして無い。

 だから飛んで、ドロシー。何も持たずに。今すぐに、飛べ!!」


 圧縮空気が解き放たれる烈風に吹かれ、

 睦はようやく、願いの本質を理解した。

 だからスズリは、誰かの剣になりたかったのだ。

 銀色の軌跡を描いて飛翔するドロシーを、睦は目を細めて見上げた。

 

「ずいぶん強がりを言うのでありますな、睦殿は」


「そうだよ。強がりを言ったんだ、ボクは。

 スズリは? ボクのこと待っていてくれたの?」


「待っていたのであります」


「ええ、待っていたの」


 スズリの言葉に夜闇が重ねる。


「ようやく外野がいなくなった。

 よるちゃんの戦い方、あんまり人に見せていいものじゃないから」


 豊かなアッシュゴールドの髪の間を割って、

 禍々しいケーブルがぞろりと持ち上がる。


「奇遇でありますな、自分もであります」


 八相に構えるスズリの剣もまた、陽光を不吉に赤く照り返していた。


 ◆◆◆


 大型のドローンから放たれたヘルファイアミサイルが、ぴたりと静止した。

 ロゼの眼前には、まるで武器弾薬の標本のように

 種々のミサイルや弾丸が空中にはりつけにされていた。


「実に面白い手品である」


 ヘルファイアを放ったドローンの上であぐらをかきながら、

 フリークショウのルーク級 《アルカード》はつぶやく。


「《ボーグ・キューブ》の動力の亜流か、それは」


「心外ね。こっちが本家だわ」


 世界最大最強の量子コンピュータ《大偽典図書館》、通称 《偽典》は、

 人類に対してあらゆる既知のみを提供する。

 これは偽典を常に人類の制御化に置くための制限だった。

 

 しかしその偽典をたばかり、

 制限を解除することなく引き出された『未知』が二つだけ存在する。

 そしてそのどちらもが、ロゼの製作者、水城遊離によるものだった。


 遊離は幼少のみぎり、偽典との対話実験で

 オートマタの主材料となる生体素子の基本構造を創出した。

 

 そして成人した彼女は再び偽典との対話に臨み、

 引き出された『未知』こそ、それまで物語の中で

 まことしやかに扱われるも、不可能と言われてきた技術――


「斥力、存外に厄介なものであるな」


 R.U.R.の拠点船 《ボーグ・キューブ》。

 約100メートル四方の巨大な立方体を浮遊させるその強力な反発力を、

 もし仮に装甲に転じたとするならば。


 『私は我が子をえこひいきするタイプなの。

  ロゼは戦闘型じゃないけど、戦闘型の最強の矛でさえ

  へし折る超めっちゃ最強の盾をあなたにあげた。

  理論上、あのイザナミでさえも《薔薇の高慢セルフィッシュローズ》を

  起動したあなたに触れることさえできない』


 生みの親がそんな風に語っていたことをロゼは思い出す。

 その時はどうせいつものホラ吹きだと軽く流していたものの、

 初めて実戦で使ってみれば中々どうして、頼もしい固有兵装ではないか。


 だけど、詰めが甘いのよあの自称天才美少女(笑)!


 ロゼはちらりと背後をうかがい、心の中で悪態をつく。


 もともと《薔薇の高慢》はロゼ一人――

 多くともマスターを含めた二人を護るために造られた固有兵装だ。

 巨大な拠点船全体を包み込むことなど想定されていない。


 モンストロに向けて放たれた弾体を受け止める度、

 ロゼの体内に残された電力が目に見えて削れていった。


「くぅ……っ!!」

 

「フフム……貴様、その固有兵装あまり燃費が良くないようであるな。

 どぉれ、ならば一度に削りきってやろう。

 ドローン全機、斉射よーい!!」


「ちぇっ、思いのほか早く見抜かれちゃったわね」


 ロゼは懐から副兵装の拳銃を抜き放つ。

 生体素子製ですらない、人間が用いるのと同じ小口径の銃だ。


「クハハハハハ、笑止!!

 高耐久で鳴らすルーク級、ドロシーに次ぐ高機動を誇るこの《ノスフェラトゥ》を前に、そんな豆鉄砲で何ができると――」


「誰があんたなんか狙うもんですか、ばーか」


 発砲。

 放たれた弾丸はまっすぐに、空中で止まったヘルファイアミサイルの信管をめがけて。


「ぬぉおおおおおおっ!?」


 連鎖する誘爆が激しい爆風を巻き起こし、

 空中のアルカードを錐揉みに吹き飛ばす。

 同時に《薔薇の高慢》も飽和を迎え、ロゼを爆風の余波が包んだ。

 数機のドローンが空中で衝突して墜落するも、

 秩序はすぐに取り戻される。 


「フン。こ、小賢しい真似をっ!!

 この程度で吾輩を倒せると思ったか!!」


「いや、全然? だけど目くらましには十分だったわ。

 とくとご覧あそばせ? 後ろに見えますのが――」


 固有兵装が光を失うとともに、

 ロゼは傷つきながらも優雅に一礼。


「我がアヴァロンの女王、ドロシーですわ」


 振り向くアルカードが目にしたものは銀の残光。

 そして彼女が従えていた武装ドローンは、一斉に爆ぜた。


「ごめん、ロゼ。遅くなった」


「ホントに遅いわ。速さだけが取り柄のくせに」


 憎まれ口を叩くロゼの口元に、笑みがこぼれた。










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