第二十四章 いざ、決戦の地へ

 葵と美咲と薫は、篠原との待ち合わせ場所である自衛隊の駐屯地の前に着いた。

「よう、待ってたぜ!」

 陽気に言う篠原の背に、恥ずかしそうに背負われている茜を見て、

「あんた、茜に変な事しなかったでしょうね? 私が許しても、大原君が許さないわよ!」

 葵がいきなり予想通りの反応を示したので、篠原は苦笑いした。

「する訳ないだろ。俺だって、大原を怒らせたらどうなるか、心配だからな」

 篠原の言い分に薫が、

「そうか、お前はやはり葵が好きなのだな? 胸が大きい女は嫌いか?」

 急にそんな事を質問したので、葵と篠原ばかりではなく、美咲と茜もびっくりして薫を見た。

「何を言い出すのよ、薫!」

 葵がムッとして薫に詰め寄った。しかし、薫は、

「冗談だ。お前達が似合いなのはよくわかった」

「似合いじゃないわよ!」

 葵は顔を赤らめながら反論した。美咲と茜は顔を見合わせた。

「篠原さん、恥ずかしいから、もう下ろしてくださいよ」

 茜は篠原の背中をポンと叩いて、飛び降りてしまった。葵が篠原に文句を言ったのは、自分が背負われているからだと何となく察したのだ。篠原は茜を見て、

「何だよ、遠慮しなくていいんだぜ、茜ちゃん」

 そう言いながら、薫を見て、

「俺は胸がでっかい女も大好きだよ、薫ちゃん。おんぶしてあげようか?」

「遠慮しておく。葵に背中から串刺しにされそうだからな」

 薫はフッと笑って葵を見た。

「そんな事しないわよ!」

 葵は更にヒートアップして言い返してから、

「それより、ヘリの手配はしてくれたんでしょうね?」

 次に篠原を睨みつけた。篠原はニヤリとして、

「ああ、バッチリだぜ。目的地まで、二時間もあれば着けるさ」

 葵は半目になって、

「なら、早く案内して。薫の妹達の命が懸かっているんだから」

「わかったよ、相変わらず、機嫌悪いな」

 篠原は肩を竦めて応じた。

「うっさいわね! 後で覚えてなさいよ!」 

「へいへい」

 葵と篠原の言い合いは痴話喧嘩にしか見えないと美咲は思い、また茜と顔を見合わせた。


 五人は基地の中に入り、大型ヘリが待機しているポートへと向かった。

「操縦は?」

 葵が尋ねると、

「私ができる。心配するな」

 事も無げに薫が言う。篠原はピュウッと口笛を吹き、

「すっごいなあ、薫ちゃん。やっぱり俺、星一族に婿養子に入ろうかなあ」

「本当か? それならこの一件が片づいたら、すぐにでも四国に来てくれ。毎日三人程こなしてもらう事になる」

 薫のとんでも発言に葵と美咲と茜は呆気に取られた。

「え? 毎日三人? 全部で何人、お相手すればいいのかな?」

「百人程だ。お前は精力絶倫だと葵から聞いているから、多分大丈夫だろう」

 また何でもないように凄い事を言ってのける薫に葵は慌てて、

「そんな事言った事ないでしょ! 確かにこいつはそうかも知れないけど、私は知らないわよ」

「何だ、お前達は一度もした事がないのか?」

 薫が真顔で尋ねたので、美咲と茜は限界が来てしまったらしく、俯いた。

「どうしてこんな奴とそんな事をしなくちゃならないのよ!」

 葵は顔を真っ赤にしながらも、反論した。

「残念ながらまだ清い交際なんだよね」

 篠原が戯けて言ったので、薫は、

「なるほど。それなら、尚の事、期待ができるな」

「で、薫ちゃんとはいつお手合わせ願えるのかな?」

 篠原がニヤニヤして言うと、その背後で葵が鬼のような形相になるのを美咲と茜は見逃さなかった。

「何を言っているんだ? 私はお前とは手合わせはしないぞ」

 薫の衝撃のオチに篠原は呆然とした。

「私には夫がいる。言わなかったか?」

「は?」

 それは初耳だと葵も思った。篠原は衝撃が強過ぎたのか、反応がない。

「そんな話はもうどうでもいいな。急ごうか」

 薫が話を切り上げ、スタスタと大型ヘリに向かって歩き出す。

「ほら、ボウッとしないで!」

 葵は固まってしまった篠原の頭を叩いた。

「え、あ、あれ?」

 我に返った篠原は、走り去る葵達を慌てて追いかける。美咲が茜を見て、

「茜ちゃんは、ここで待機していてね。ここが一番安全だろうから」

「そうなんですか」

 残念そうに茜が言うと、美咲は、

「残っている相手は、多分、所長と薫さんでなければ太刀打ちできないような存在だと思う。私も足手まといになるかも知れないけど、力のいる作業なら役に立てるだろうから」

「そうですか」

 茜はあまり納得できなかったが、ミカエルの強さは何となく想像がついたので、何も反論しなかった。

「気をつけて、美咲さん」

「ありがとう、茜ちゃん」

 美咲は葵達の方へと走り出した。茜はフウッと溜息を吐き、近くにある建物へと歩き出した。


「連中、自衛隊のヘリでここに来るつもりのようですよ。迎撃用の戦闘機をスタンバイしますか、ミカエル?」

 デスクトップパソコンのモニターのバックライトの明かりしかない部屋で、キーボードを叩きながら、ラファエルが尋ねた。しかし、ミカエルは、

「その必要はない。彼女達にはここまで来てもらう。私が知りたいのは、彼女達の強さなのだから。余計な手出しはするな、ラファエル」

 それだけ告げると、部屋を出て行ってしまった。

(お前の言う通りにするのはこれで終わりだ、ミカエル)

 ラファエルはミカエルに見えないところでニヤリとした。

(最後に立っているのはこの俺だ。お前ではない)

 ラファエルは更に叩くスピードを上げ、目を血走らせた。


 葵達は、篠原が防衛省のコネクションを最大限に使って融通した催促のヘリに乗り、ミカエルが指定した無人島へと向かっている。薫は自分で言った通り、難なくそのヘリの操縦をこなしていた。

「どこで習ったのさ、薫ちゃん?」

 副操縦席に座った篠原が愛想笑いをして尋ねた。すると薫は前方を向いたままで、

「十代の時、別の人間になりすまして自衛隊に入隊し、一通りの技術は会得した」

 その答えに篠原の顔が引きつった。後部座席の葵と美咲も呆気の取られている。

(薫さん、今までに一体どれだけの経歴詐称をして来ているの?)

 医師の免許も別の人間になりすまして取得しているのを聞いている美咲は、薫の人生の「深さ」を知り、身震いした。

(真実の星条旗なんかより、やっぱり星一族かおるたちの方が日本にとって脅威ね)

 葵は大きく溜息を吐き、薫を見た。

(日本の危機管理、大丈夫なのか?)

 篠原は、防衛省情報本部の一員として、あっさり薫にしてやられている状況を憂えた。

「最高速度で航行すれば、確かに二時間程で到達可能のようだが、それはあくまで理論上であるので、実際にはもう少し時間がかかりそうだな」

 薫は計器をチェエックしながら篠原に言った。篠原はハッとして薫を見ると、

「そ、そうか」

 苦笑いして応じた。薫はチラッと葵達の方を見て、

「少し休んでおけ。到着次第、戦闘に突入する可能性が高いからな」

「え、ええ」

 葵は美咲と目配せし合い、薫の進言に従って、目を閉じた。只、ヘリの爆音が鳴り響いているので、眠る事はできそうになかった。

(気の巡りをしておけば、いざという時、素早く対応できるか)

 葵はそう考え、気を高め、循環させ始めた。それに気づいた美咲も、気を巡らせた。

「俺が操縦するから、薫ちゃんも休め」

 篠原が言うと、薫は篠原を一瞥して、

「油断がならないから、遠慮しておく」

「おいおい、俺は野獣かよ? 心配しなくても、襲ったりしないよ」

 篠原はフッと笑って薫を見た。薫は前を見て、

「何を勘違いしている。油断がならないのは敵の事だ。米軍基地と付近の自衛隊基地から何機かの戦闘機や対潜哨戒機、巡洋艦、イージス艦、ヘリ等が消息不明になっているそうじゃないか」

「な、何でそんな事を知っているんだ?」

 篠原がギクッとして薫の顔を覗き込む。すると薫は、

「我が一族は、自衛隊にも米軍にも潜伏している。そこから入手した情報だ」

「ああ、そうか」

 篠原は合点がいったので大きく頷いた。

(本当に危機管理について上申しないといけないな)

 篠原は真剣にそう考えた。薫は時刻と太陽の位置を確認して、

「ぎりぎり日没前に着けるか。まあ、暗くなったところで、何も支障はないがな」

「そうだな」

 篠原は薫の落ち着きぶりに驚嘆していた。

(妹達を人質に取られて、多少は動揺しているかと思ったけど、強がりでも何でもなく、全くそんな様子はないのはさすがと言うべきか)

 篠原も、以前の薫達との死闘を思い出していた。

(彼女は妹達を犠牲にしても構わない戦い方をした。もしかして、すでに見限っているのか?)

 そんな憶測をしたのがまるでわかったかのように、

「私は妹達の生存を諦めた訳ではないぞ、篠原。私が心を乱しても、何の得もない。只それだけの事だ」

 薫の言葉に篠原は目を見開いた。薫はフッと笑って、

「心配するな。お前の心が読める訳ではない。お前と私の関わりと経験則から、お前が考えていそうな事を推理したまでだ」

「ああ、そうなんだ……」

 うっかりした事はできない。篠原はそれを胆に命じた。

(油断がならないのは貴女の方よ、薫)

 目を瞑って二人の会話を聞いていた葵は思った。

「では、お言葉に甘えて、少しだけ休ませてもらうぞ」

 薫はそう告げると、目を閉じた。篠原が慌てて操縦系を確認すると、すでにヘリは敵が潜伏している無人島に自動操縦で向かっていた。篠原は肩を竦めて、薫を見た。

(やっぱり、綺麗だよなあ、薫ちゃん)

 にんまりして薫の寝顔を見ていると、背後から凄まじい闘気を感じ、ハッとしてそちらを見た。しかし、葵は目を閉じて眠っている。篠原は操縦桿を握り、

(葵の奴、眠ったまま闘気を操れるのかよ。相変わらず、凄いな)

 前方を見据えた。

「む?」

 その時、レーダーが敵影を捕捉し、警報を鳴らした。

「早速お出迎えか?」

 薫が目を開けて席に座り直した。葵と美咲も目を開き、前を見た。

「レーダーの解析によると、戦闘機が二機、こちらに向かっている。識別信号を出していないため、敵と看做したようだ」

 篠原が説明した。葵は席から立って篠原に近づいた。

「で、こちらは迎撃できるの?」

「できる訳ねえだろ? 相手は戦闘機だぜ? 太刀打ちできないよ」

 篠原は葵を見上げて応じた。

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