第十八章 国際的な動き
水無月葵と篠原護が乗る車は、与党である進歩党の本部があるビルの地下駐車場に到着した。篠原が車をビルの入口前に進めると、そこには紋付羽織袴を着た白髪頭で小柄な岩戸老人がSPらしきマッチョな二人の黒スーツ二人と立っていた。
「遅くなりました、先生」
葵は黒スーツに軽く会釈をしてから、岩戸老人に挨拶した。岩戸老人はニヤリとして、
「ほお、デート中だったのか、葵ちゃん?」
「違います!」
葵は耳まで赤くなって否定した。篠原はそれを聞きつけて、ムッとしている。岩戸老人は笑ったままで、
「では、私の車で行こうか」
そう告げると、くるりと踵を返して、スタスタとその向こうに停められた黒塗りのリムジンへと歩き出した。葵は篠原をチラッと見てから、それを追いかけるように歩き出す。黒スーツの二人は、岩戸老人を守るように動き、葵を警戒しているのか、遮るように前に立った。葵は苦笑いして、一歩退いた。
「葵、気をつけろよ。俺は立場上、これ以上はついて行けないからな」
篠原が窓から顔を出して大声で言った。葵は振り返らず、右手を上げて応じた。
「詳しい話は着いてからにしようか」
岩戸老人は真顔で言い、後部座席に乗り込む。葵もそれに続き、その後から黒スーツの一人が乗り込んだ。もう一人は運転席に座ると、安全確認をして、車を発進させた。
「どうやら、まだ煮え切らんようだな、葵ちゃんと篠原は」
岩戸老人が前を向いたままでいきなりそんな話題を振って来たので、葵はビクッとしてしまった。
「いつまでもお預けにしておくと、男と言う生き物は、すぐに他所に乗り換えるぞ」
岩戸老人はまた嬉しそうな顔で葵を見た。葵はまた顔を紅潮させて、
「乗り換えてもらって結構です! あいつは只の幼馴染みで、そういう関係ではありませんから!」
「まあ、そういう事にしとこうか。葵ちゃんのオヤジさんは、そうは思ってはいないようだがね」
岩戸老人が自分の父親の事を言い出したので、葵は更にビクッとしてしまった。
「父が何を言ったんですか?」
彼女は身を乗り出して尋ねた。老人はクククと低い声で笑い、
「篠原とは昔からの許婚であるのに、葵ちゃんが曖昧な態度を取るので、困っていると言っておったぞ」
葵は一瞬唖然としてしまったが、
「そんな取り決めはありません! 父が先生に嘘を吐いているんです! 今度連絡した時、よく言って聞かせます」
興奮気味に否定した。岩戸老人は色めき立った黒スーツの一人を手で制して、
「まあまあ。葵ちゃんは懸命に否定するが、外から見ると、葵ちゃんと篠原はお似合いだぞ」
いくら否定しても、岩戸老人が面白がるだけだとわかった葵は大きな溜息を吐いてから、
「わかりました、お好きなようにお考えください」
すると、岩戸老人は大声で笑い、
「悪かったよ、葵ちゃん。年寄りのヤキモチだ、あまり本気で怒らないでおくれ」
「はあ……」
葵はやるせなさでもう一度溜息を吐いた。
そんな話をしているうちに、車は外務省の正面玄関に到着し、停止した。車寄せには、片森首相が外務省の事務次官と共に待っているのが見えた。
「お待ちしておりました」
黒スーツが先に降り、葵の手を取ってエスコートしてくれた先には、片森が強張った顔で立っていた。
「片森、約束通り、葵ちゃんを連れて来たぞ。あとはお前次第だ」
葵の後ろから降車した岩戸老人はニッと笑って告げた。片森は更に顔を強張らせて、
「恐縮です、岩戸先生」
深々と一礼すると、もう一度葵を見た。
「水無月さん、先程は失礼しました。あの後、岩谷の事を調べさせましたので、全てお話し致します」
片森は一探偵事務所の所長に直立不動で言った。葵は片森の狼狽ぶりに苦笑して、
「わかりました。お聞かせ願います」
そう応じ、岩戸老人と共に片森の先導で外務省に入っていった。
同じ頃、神無月美咲は、星一族の星薫と共に彼女が松本早苗名義で住んでいる個人医院にいた。警視庁所轄署の刑事である皆村秀一も、美咲からのメールでそこに向かっている。
「すごい設備ですね。個人の診療所で、ここまで機器類が揃っているところは珍しいですよ」
美咲は手術室に案内されて、驚いていた。白衣を着た薫は無表情なままで、
「そうか? それ程でもないと思うが」
「これだけの設備を購入するには、相当なお金が必要でしたよね?」
美咲が探るような目で見ると、薫は、
「この設備は、トリプルスターとして稼いだ金で買ったのだ。盗んで来た訳ではないぞ」
美咲は苦笑いして、
「いえ、別にそんな風には思いませんでしたけど……」
慌てて否定した。薫は手術台を右手で触りながら、
「只、一度も使っていないがな」
「そうなんですか」
更に美咲は苦笑いして応じた。その時、医院の建物の隣にある駐車場に皆村達が乗った護送車が到着した。皆村には、狙撃犯と遺体はそのまま護送するように言い、ガブリエルだけを連れて来るように頼んであるので、少し時間がかかったようだ。美咲と薫は建物の外に出て、皆村を出迎えた。皆村は機動隊員二人と共に拘束具を着せたガブリエルを護送車から降ろしていた。ガブリエルは筋肉増強剤等の薬が切れているので、美咲と戦った時のような勇猛さは微塵もなく、やや怯えているようにすら見えた。
「お前を怖がっているのではないか?」
薫に小声で言われ、美咲はギクッとしてしまった。
「美咲さん、遅くなりました!」
皆村は美咲一人だと思っていたので、満面の笑顔で敬礼したが、その隣に見知らぬ女医が立っていたので、顔を強張らせた。美咲は苦笑いして、
「こちらが知り合いの医師の松本早苗さんです」
無表情に皆村を観察している薫を紹介した。皆村は薫を見て、
「よ、よろしくお願いします」
一言だけ言うと、俯いてしまった。
(い、いかん。この人も結構タイプだ)
皆村は星一族の人間だとは夢にも思っていないため、ロングヘアに変装してる薫にドキドキしている。惚れっぽい男である。だが、すぐに思い直し、
(いや、俺は美咲さん一筋だ。他の女に目移りしてどうする!)
ある意味ノリ突っ込み的な事を心の中でしていた。
(気がついていないみたいね)
美咲は皆村の様子を見てホッとした。まさか、皆村が薫をタイプだと思ったなどとは気づきもせずに。
「では、こちらへどうぞ」
薫は皆村の心の葛藤などどうでもいいというような口調で歩き出し、観音開きの扉を引き開けた。皆村は機動隊員達と一緒にふらついているガブリエルを追い立てるようにして、薫に続いた。美咲はガブリエルの意気消沈している姿を見てクスッと笑い、その後を進んだ。
葵達は外務省の事務次官室に案内された。部屋の奥には大きな木製の机があり、その向こうには事務次官が座っていたが、葵達が入っていくと、スッと立ち上がり、回り込んで近づいて来た。
「どうぞ、ソファにおかけください」
事務次官が指し示した黒革張りのソファの一方には、見た目は五十代くらいの二人の白人男性がすでに腰掛けていた。二人共黒のスーツを着ており、目つきが異常に鋭い。一人は茶色い髪で青い目、もう一人は黒髪で鳶色の目をしている。
(刑事ではない。この鋭さは……)
葵は眉をひそめて二人を観察しながら、向かいのソファに岩戸老人と共に座った。片森は白人の隣に腰を下ろすと、
「紹介しましょう。私の隣にいるのが、
二人の男は軽く会釈して応じた。葵と岩戸老人もそれに合わせて会釈を返した。
「このたびは、我が方の不手際で、皆さんにご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした」
支部長のブライアンが詫びた。葵はブライアンを見て、
「どういう事ですか?」
すると、ブライアンは隣のロバートを見た。ロバートはそれに頷いて、葵に視線を移すと、
「あなた方を襲撃し、進歩党の岩谷幹事長を殺害したのは、真実の星条旗と言う組織のメンバーです」
「それはすでに承知しています。そいつらと貴方達はどういう繋がりなのですか?」
葵は若干語気を強めて尋ねた。ロバートは額の汗をハンカチで拭い、
「連中は、元々CIAの所属でした」
葵は思わず岩戸老人と顔を見合わせた。そして、もう一度ロバートを見て、
「ますますわかりません。それが何故、私達を襲撃したんですか? もちろん、岩谷幹事長の依頼があったらしい事は聞いていますが?」
本当の事を話さないと承知しないわよ。葵は目でそう語り、ロバートとブライアンを交互に睨んだ。
「連中は我々を裏切り、独自に動き出したのです。どこかに出資者を見つけたようなのです」
「裏切った? 出資者?」
葵は更に困惑した。するとそれを察したのか、ブライアンが、
「以前から、連中は上層部に不満があったようです。そして、ある時、突然、連中は行方を晦ませたのです。どうやら、膨大な情報を手土産にして、どこかの国に売り込んだようなのです」
「どこの国ですか?」
国によっては、その尻尾を掴めるかも知れないと思った葵はブライアンに詰め寄った。しかしブライアンは、
「そこまではまだ把握していません。連中は暗殺のプロですから、痕跡を残さずに姿を消すのはお手の物ですので」
葵はがっかりしてソファに戻った。そして、
「では、連中がどうやって岩谷幹事長に接触したのかはわからないのですね?」
「いや、その辺りは、岩谷の隠し金庫に残されていたメモである程度わかっています」
片森が口を挟み、スーツの内ポケットから、A5サイズのメモ帳を取り出して、葵に渡した。葵はそれを順次広げ、内容を速読術で確認した。
(突然党本部に現れた? 随分積極的ね)
疑問点はあったが、それは後で解決しようと考え、先を促すために頷いてみせた。片森は葵があまりにも早くメモ帳を返してくれたので、少し呆気に取られながら、
「岩谷は前首相の橋沢の側近でした。ですから、あなた方と橋沢がどう関わったのかもよく知っています。そのため、自分達にとってあなた方が危険だと考えていました」
「なるほどねえ」
葵は腕と脚を同時に組み、片森を半目で見た。片森はまた顔を強張らせて、
「そこへまるで申し合わせたかのように現れた真実の星条旗のメンバーの誘いに乗り、月一族と星一族への襲撃を依頼した、という事のようです」
だが、葵はその説明に全く納得していなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます